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女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
=== 001 ===

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第4話 魔力酔いの森

 王都の門を抜け、四人は近郊の森へと続く街道を歩いていた。チーム『アベレージ・ワン』の記念すべき初ギルド依頼(クエスト)である。


 先頭を行くのはエルザ。背中の大剣を揺らしながらも、足取りはどこか重い。


「ちぇっ。薬草採取なんて、退屈で死にそうだぜ。もっとこう、ゴブリン退治とか、人狼(ワーウルフ)の討伐とか、ねえのかよ」

「文句言わないの、エルザ。ギルドの依頼書(クエストボード)にも書いてあったでしょう。私たちはまだ学生なの。地道な信頼稼ぎも授業のうちよ」


 アリアナが、地図を広げながら冷静に窘める。その後ろを、リリィとシノンが並んで歩いていた。


「まぁまぁ。ギルドの報告書によれば、この依頼、最近の『魔力酔い』のせいで成功率が下がってるみたいですから。成功すれば、学生にしては結構なボーナスが期待できますよ?」

「へえ、そうなんだ!」


 リリィが金勘定の算段を立てる横で、シノンは初めての仲間との仕事という響きに、内心ワクワクが止まらなかった。


▶(シノン)◇


(これが……チーム……!)


 嬉しい。祖父との『基礎訓練』では、いつも一人だった。

 森を歩く時も、獲物を狩る時も、崖の薬草を採る時も。でも、今は違う。隣にはリリィさんがいて、前にはアリアナさんとエルザさんがいる。他愛のない話をして、時には叱られて、一緒に目的地へ向かう。これこそが、私の求めていた日常そのものだ。


▶◇◇◇


「なぁ、シノン!」


 不意に、エルザが振り返った。


「昨日のゴーレムパンチ! あれ、どうやったんだ? 魔力強化か? にしたって、あの威力はおかしいだろ!」


 エルザは目を輝かせている。昨日あれだけ叫んでいた師匠という呼び方は、さすがにアリアナに「対等なチームメイトに失礼よ」と(たしな)められたのか、今朝からは封印していた。


「え? あ、あれは……その、なんていうか……『基礎』?」

「『基礎』でゴーレムの腕が砕け散るか! この脳筋!」

「あ!? なんだとアリアナ!」

「ふふふ。相変わらず、皆さん元気ですねぇ」


 リリィがくすくす笑う。シノンは(どう答えれば正解だったんだろう……)と悩みつつも、この賑やかさが心地よかった。



 街道を外れ、森に入って数十分。エルザが、不意に鼻をひくつかせた。


「……ん? なんかこの森、変な《《におい》》がしねえか?」 「におい?」


 アリアナが立ち止まり、懐から小さな魔力計(マナ・コンパス)を取り出した。針が、狂ったようにグルグルと回っている。


「……妙ね。ギルドの依頼通り、危険な魔物の気配はないわ。でも、空気が淀んでる。魔力が……乱れている」


 アリアナの言う通りだった。森の奥に進むにつれ、空気がねっとりと肌にまとわりつくような、不快な圧力を感じる。これが、リリィの言っていた『魔力酔い』。魔王復活の影響が、こんな場所にも現れているのだ。


「あ、ありました! 依頼の薬草、『月影草』です!」


 リリィが、開けた場所で群生地を指差した。


 だが、四人はその光景に絶句する。本来、青白く清廉(せいれん)な光を放つはずの『月影草』が、すべて毒々しい紫と黒の斑模様に変色し、悪臭を放つトゲまで生やしていた。


「うわ……。こりゃひでえな」

「完全に変異してるわ……。これじゃ薬草どころか猛毒よ」


 アリアナが、魔導書を片手に前に出る。


「教科書通りなら、軽度の『魔力酔い』は、対象に浄化(ピュリファイ)の術式をかければ正常化できるはず……」


 彼女は集中し、詠唱を開始する。


「清き流れよ、淀みを払い、その本来の姿を取り戻せ……! 『浄化』!」


 アリアナの手から放たれた清浄な魔力の光が、薬草の一株に触れた。


 だが。


 バチッ! 光は、まるで硬い壁に阻まれたかのように弾かれ、霧散した。薬草は、変異したままだ。


「……え?」


 アリアナが目を見開く。


「……おかしいわね。もう一度。『浄化』!」


 今度は魔力を強め、再度放つ。しかし、結果は同じだった。


「……なぜ!? 術式は完璧なはず……! 二重詠唱(ダブル・キャスト)……『浄化』!」


 アリアナは焦っていた。名門エインズワース家の魔術師として、学園でもトップクラスの成績を収めてきたプライドがある。こんな『ひよっこ』レベルの任務で、教科書通りの魔術が通じないなど、ありえないはずだった。


「はぁ……はぁ……。なんで、弾かれるの……!」

「お、おいアリアナ。少し休めよ。顔色悪いぜ」

「うるさいわね! 私ならできる……! 魔力が足りないなら、もっと強く……!」


 アリアナが、自分の許容量を超えた魔力を練り上げようとした、その時。


「あの、アリアナさん」


 ずっと黙って様子を見ていたシノンが、おずおずと声をかけた。


「もしかして、魔力を《《力》》で押さえつけようとしてませんか?」

「……! 当たり前でしょう!」


 アリアナは、苛立ちを隠さずに振り返った。


「乱れた魔力は、より強い清浄な魔力で制圧するのが、浄化魔術の基礎よ! あなた、昨日ゴーレムを殴り壊した脳筋(エルザ)と同じで、魔術の理論は分からないの!?」

「脳筋は余計だ!」

「う……。理論は、よく分からないんですけど……」


 シノンは、目の前の変異した薬草をじっと見つめる。


▶(シノン)◇


(森が、すごく『嫌がって』るみたいだ)


 私には分かる。森の奥で育ったから。じいちゃんとの『基礎訓練』でも、こういう日はよくあった。魔力の嵐が来た日の後は、森の機嫌が最悪になる。


 そういう時、じいちゃんはいつも言ってた。 「シノンよ。魔力と喧嘩するな。流れを読め。こういう時は、力ずくで押さえつけようとするヤツが一番の素人じゃ。『撫でて』あげろ。そうすりゃ落ち着く」、と。


▶◇◇◇


「……あの、アリアナさん」


 シノンは、アリアナのプライドを傷つけないよう、必死に言葉を選んだ。


「その、薬草も森も、アリアナさんの魔力を『敵だ』って勘違いして、怒ってるみたいに見えて……。だから、お友達になるみたいに……撫でてあげたら、どうでしょう?」

「……は?」


 アリアナは、宇宙語でも聞かされたかのように固まった。


「……『撫でる』? 『お友達』? ……シノンさん、魔術は科学よ。理論なの。そんな非論理的で、オカルトみたいなこと……」

「まぁまぁ、アリアナさん。物は試しですよ」


 リリィが、困り果てたアリアナの背中をポンと叩く。


「このままじゃ依頼失敗、報酬ゼロですよ? シノンさんのアドバイス、試してみる価値はあるんじゃないですか?」

「エルザもそう思うぜ! 『撫でる』で薬草が治るなら、儲けもんだ!」

「う……。あなたたちまで……!」


 アリアナは、顔を真っ赤にして俯いた。プライドが、ズタズタだった。だが、このまま失敗して帰るわけにはいかない。彼女は、意を決したように顔を上げた。


「……分かったわよ! やればいいんでしょう、やれば! でも、どうやって『撫でる』のよ!」


 シノンは、ほっとしたように笑顔になった。


「ええと……魔力を『ドン!』ってぶつけるんじゃなくて、『そー……っ』て……なんていうか、寄り添うみたいに……」

「『ドン!』とか『そーっ』とか! 全部、擬音じゃないの!」

「うう……」


 しかし、アリアナは天才だった。シノンの滅茶苦茶なアドバイスから、何かを掴み取ろうと目を閉じる。


(『撫でる』……『寄り添う』……。力による制圧ではなく、『調和』……『誘導』……? そんな術式、教科書には載ってないわよ……!)


 だが、他に手はない。アリアナは、今までの術式を捨て、シノンのアドバイスだけを頼りに、即興で魔力の流れを組み替えた。それは、彼女の知識体系にはない、まったく新しい感覚だった。


「清き流れよ、その声を聞き、淀みと共に、在るべき場所へ……!」


 アリアナの手から放たれた光は、今までとは違った。強く鋭い光ではなく、柔らかく、温かい光だ。

 光は、薬草に触れても弾かれない。まるで、疲れた子供をあやすかのように、ゆっくりと、変異した薬草を包み込んでいく。


 時間はかかった。アリアナの額からは、玉のような汗が流れ落ちる。制圧よりも、調和の方が、遥かに高度な魔力制御を要求された。


 そして。ふっ、と。薬草から、黒い霧のようなものが抜け、空気に溶けていった。毒々しい紫と黒の斑点が消え、トゲが萎み、本来の美しい青白い光が戻ってくる。


「……できた」


 アリアナは、魔力が尽きかけ、その場にへたり込んだ。


「……本当に、『撫でる』で……治ったわ……」

「おおっ! すげえじゃんアリアナ!」


 エルザが、自分のことのように喜んでアリアナの背中を叩く。


「やりましたね、アリアナさん! さすがです!」


 リリィも笑顔で駆け寄る。


「……シノンさん」


 アリアナが、呆然とした顔でシノンを見上げた。


「……あなた、一体何者なの……。今の、『調和魔術』よ。それも、古代魔法の領域……。どこの国の魔術体系を学べば、あれを『基礎』なんて呼ぶの……?」


「え? 『基礎』は『基礎』ですよ?」


 シノンは、きょとんとした顔で、悪気なく、そう答えた。


「……はぁ」


 アリアナは、もう何度目か分からない深いため息をついた。底が知れない。だが、今は素直に礼を言うしかなかった。


「……ありがとう、シノンさん。あなたのお陰よ。……助かったわ」

「いえ! アリアナさんが成功したんですよ! 私、あんな難しい魔術、使えませんから!」


 シノンが、心からの尊敬の顔で言う。アリアナは、その笑顔を見て、毒気を抜かれたように、小さく笑った。


「……あなたって、本当に、訳が分からないわね」


 チーム『アベレージ・ワン』の初任務は、こうして無事に成功を収めたのだった。

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