第36話 宴
数日後。王都の一角にある、高級レストランの貸し切りテラス。そこには、チーム『アベレージ・ワン』の四人と、彼女たちの『師匠』、そしてシノンとディアブロが一堂に会していた。
それぞれの『決戦』――アリアナの婚約破棄、エルザの道場防衛、リリィの商会立て直し――が、全て完璧な勝利で終わったことを祝う、『合同祝勝パーティー』である。
「では、乾杯しましょうか」
リリィが、音頭を取る。彼女は今日、この店を『コレット商会』の経費で貸し切っていた。
「私たちの勝利と、素晴らしい『師匠』たちとの出会いに……乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
グラスが触れ合う音が、夜空に響く。
会場は、三つのグループに分かれて盛り上がっていた。
「師匠! この肉、すっげー美味いぞ!」
エルザが、骨付き肉を豪快にかじりつく。その横では、真紅のスーツを窮屈そうに着たゼストが、同じく肉を食らっていた。
「ふん。人間界の食事にしては、悪くない。……だがエルザ、食う時も隙を作るなと言ったはずだ」
「むー! 食べてる時くらい休ませてくれ!」
「甘えるな。戦場では食事中こそが最大の隙になる」
ゼストはそう言いながらも、エルザの皿に新しい肉を乗せてやる。傍から見れば、態度のデカい兄と、ワンパクな妹のような、微笑ましい光景だった。
一方、テラスの静かな席では。
「……先生。先日の『魔術決闘』のデータ、まとめておきました」
アリアナが、頬を染めながら、分厚いレポートをグレイに渡す。グレイは、純白のタキシードを完璧に着こなし、月明かりの下で氷の彫刻のように美しかった。
「……ほう。あの状況で、ここまで詳細な記録を?」
グレイが、眼鏡の位置を直しながらレポートに目を通す。
「悪くありません。……ですが、ここの術式構成、あと0.5秒短縮できましたね」
「は、はい! 次は必ず!」
ダメ出しをされているのに、アリアナは嬉しそうだ。彼女にとって、グレイからの『指導』こそが、何よりの『ご褒美』になっていた。
そして、一番奥の席。
「マモン様。今回の『大バザー』の収支決算です」
リリィが、ワイングラスを片手に、帳簿を見せる。マモンは、執事のような燕尾服に身を包み、優雅にグラスを揺らした。
「素晴らしい。……原価率をここまで抑えるとは、恐れ入りました」
「マモン様の『錬金術』のおかげです。……次は、この利益を元手に、隣国の鉱山採掘権を狙おうかと」
「いいですねぇ。その強欲さ、ゾクゾクします」
二人は、夜景を見下ろしながら、甘い言葉の代わりに、黒い『事業計画』を囁き合っていた。
そして、会場の中心。シノンは、ディアブロの隣で、少し緊張しながら座っていた。今日のディアブロは、漆黒のシャツにジャケットという、ラフだが品のある装いだった。ただ座っているだけで、周囲の空気を支配するような『王』の風格が溢れ出ている。
▶(シノン)◇
(……すごい光景だなぁ)
アリアナさんたちが、魔王軍の最高幹部の人たちと、こんなに楽しそうに笑い合ってる。少し前までは、想像もできなかった。
(ディアブロさんが、みんなを『認めて』くれたおかげだ)
私は、隣のディアブロさんを見た。彼は、グラスを片手に、騒がしい会場(主にエルザ)を、つまらなそうに……でも、どこか満足げに眺めている。
▶◇◇◇
「……騒がしい連中だ」
ディアブロが、ふっ、と笑った。
「だが、悪くない。……貴様の『日常』とやらは、退屈しなさそうだ」
「……はい!」
シノンは、嬉しくなって頷いた。
「みんな、最高の『友達』です。……紹介できて、よかったです」
「うむ。……それに」
ディアブロは、視線をアリアナたちから、シノンへと移した。その赤い瞳が、シノンを射抜く。
「私の『恋人』が、一番美しい」
「ふぇっ!?」
シノンは、不意打ちの言葉に、顔を真っ赤にして固まった。 ディアブロは、シノンの手を取り、その指先に口づけを落とす。
「……きょ、今日は、そんなこと言う日じゃ……!」
「事実を言ったまでだ。……それとも、不満か?」
「ふ、不満じゃ、ないですけど……!」
二人の世界が展開される中、アリアナたちがニヤニヤとこちらを見ていた。
「あらあら。シノンさん、お熱いですわね」
「むー! シノン、顔が赤いぞ! 酔ったのか?」
「ふふふ。これは『結婚』も秒読みでしょうか?」
「ち、違います! これはその!」
シノンが慌てて弁解しようとするが、ディアブロは動じない。彼は、立ち上がり、静かにグラスを掲げた。
その動作一つで、場の空気が一変する。ゼスト、グレイ、マモンが、即座に姿勢を正し、直立不動になる。
(アリアナたちには「師匠としての礼儀正しい振る舞い」に見えたが、それは絶対者への『忠誠』の姿だった)
「聞け」
ディアブロの声が、よく通る。
「今宵は、貴様らの勝利を祝おう。……だが、これは『始まり』に過ぎない」
ディアブロは、アリアナ、エルザ、リリィを見渡した。
「力をつけろ。知恵を磨け。牙を研げ。いずれ来る『試練』の時のために」
それは『激励』であり、同時に、配下の将たちへの『命令』でもあった。
「我が『恋人』の友として、恥じぬ存在になれ。……期待しているぞ」
「「「はいっ!」」」
アリアナたちは、その圧倒的なカリスマ性に魅了され、自然と声を揃えて返事をしていた。
(……すごい。やっぱり、この人は『王様』なんだ)
シノンは、堂々と宣言するディアブロの横顔を見上げ、胸が熱くなるのを感じた。『恋人』。その関係が、少しだけ、誇らしく思えた。
宴は、夜遅くまで続いた。人間と魔族。本来なら相容れないはずの者たちが、一つのテーブルを囲み、笑い合う。それは、嘘と勘違いの上に成り立った、奇跡のような『平和』の光景だった。
だが……この『日常』の裏で、世界を揺るがす『真実』が動き出していることを。そして、その中心に、彼女たち『アベレージ・ワン』がいることを。




