第35話 逆転の錬金術
王都の商業区画。アリアナ、エルザの活躍に沸く中、リリィは一人、実家の『コレット商会』の執務室にいた。目の前には、憔悴した父親と、山積みの『在庫』のリスト。
「……もうダメだ、リリィ。今月末の支払いが間に合わない」
父親が頭を抱える。ライバルである『新興商会』の卑劣な妨害工作により、コレット商会は完全に追い詰められていた。主力商品であるポーションの材料が入荷せず、倉庫には売れないガラクタが眠るのみ。
「諦めるのはまだ早いです、お父様」リリィは、冷静に帳簿を閉じた。「私が、なんとかします。……そのために、『最強の顧問』を雇いましたから」
その夜。リリィは、マモンと共に、商会の地下倉庫にいた。
「なるほど。完全に『兵糧攻め』にあっていますねぇ」マモンが、ガラクタの山を見回す。「資金繰りはショート寸前。新規の仕入れも不可能。……普通なら、夜逃げ一択です」
「ええ。ですが、私には『これ』があります」
リリィは、『奈落の渓谷』で手に入れた、大量の『素材』を見せた。
鋼鉄蜥蜴の鱗、吸血蝙蝠の牙、そして岩石巨人の核。どれも一級品だ。
「これを売れば、一時的な資金は作れます。……ですが、それでは『逆転』にはなりません」
リリィの目が、鋭く光る。
「新興商会を出し抜き、市場をひっくり返すには、彼らが絶対に真似できない『独占商品』が必要です」
「……その通りです」
マモンの目が、感心したように開いた。
「目先の金銭ではなく、市場の『支配権』を見ている。……素晴らしい『強欲』です」
「では、始めましょうか。マモン流・錬金術の応用講座を」
マモンが取り出したのは、魔界特有の怪しげな『触媒』と、リリィが集めた『素材』。そして、倉庫に眠っていた『売れないガラクタ』だった。
「商売の極意とは、『価値のないもの』に『価値』を与えること。……このガラクタと、高純度の素材と私の魔力を組み合わせれば」
マモンの手の中で、ガラクタの剣と、蜥蜴の鱗が融合する。まばゆい光と共に現れたのは、鋼鉄よりも硬く、羽のように軽い、漆黒の剣だった。
「『魔鋼』製の剣。……人間界の相場なら、一本で金貨百枚は下らない代物ですぅ」
「……!」
「さあ、リリィさん。貴女もやってみなさい。貴女の『魔力』と『計算』で、このゴミ山を、宝の山に変えるのです」
▶(リリィ)◇
(……震えが止まらない)
これは怖いからじゃない。目の前の無限の『可能性』に心が歓んでいるから。
マモン先生の技術は、常識外れだ。でも、これを使いこなせば……私は、王都一……いいえ、大陸一の商人になれる!
(やってやる。……私の『強欲』で、全部、手に入れてみせる!)
▶◇◇◇
「はい!」
リリィは、魔力を練り上げた。計算、合成、付与。アリアナとは違う、物質的な魔力操作。安物のローブに蝙蝠の皮を編み込み『隠密機能』を付与し、ただの石ころにゴーレムの核を埋め込み『自動防衛石』へと昇華させる。
一夜にして、地下倉庫は『伝説級アイテム』の宝庫へと変貌した。
そして数日後、王都の広場で、コレット商会の『大バザー』が開催された。
「な、なんだあの商品は!?」
「見たこともない武具だ!」
「すごい! この剣、鉄を紙みたいに斬れるぞ!」
客たちが殺到する。リリィが作り出した商品は、性能はずば抜けているのに、性能に対する価格が、相場よりも安く設定されていた。
(元はガラクタだけど、ダンジョン素材の分の利益はしっかり取らないとね。あまり安くしすぎて転売されるリスク……でも、ちゃんと手は打ってある)
「ば、馬鹿な……! どこからあんな商品を……!」
偵察に来ていた『新興商会』の主が、青ざめて震えている。彼は、慌ててリリィの元へ駆け寄った。
「お、おい! 小娘! その商品の仕入れルートを教えろ! 金なら出す! うちの商会と提携すれば……」
「お断りします」
リリィは、満面の笑みで、冷たく言い放った。
「貴方様のような『見る目のない』方と組むメリットは、弊社にはございませんので」
「なっ……!?」
「それに」
リリィの背後に、マモンが音もなく立った。 その全身から、ただならぬ『威圧』が放たれる。
「……私の『師匠』が、貴方のような小者には興味がないそうです」
「ひ、ひぃっ!?」
男は、マモンの底知れぬ気配に腰を抜かし逃げ出した。コレット商会は、たった一日で信用と資金を取り戻し、王都の商業界にその名を轟かせた。
その夜。商会の屋上で、リリィとマモンは、祝杯を挙げていた。
「……お見事でした、リリィさん」マモンが、グラスを傾ける。「あの状況で、あそこまで強気に『売り』に出るとは」
「先生のご指導のおかげです」
「それにしても素晴らしい! 商品を安くする代わりに、性能を保つには工房で修理しなくてはいけないという発想。お金の循環を作りましたね」
リリィが微笑んだ。
「先生が後ろにいてくださったから、強気になれましたし、色々なことを考えられました」
リリィは、マモンを見つめた。少し胡散臭くて、危険な男。でも、誰よりも『価値』を理解し、対等に取引をしてくれる人。
「マモン様。……これからも、私の『顧問』でいてくださいますか?」
「もちろんです」
マモンは、リリィの手を取り、魔道具の指輪が嵌った指に口づけを落とした。
「貴女という『優良物件』、手放すつもりはありませんから。 ……共に、この世界を『買い占め』ましょう」
「はい!」
リリィは、心からの笑顔で頷いた。打算と計算で始まった関係は、いつしか、誰よりも信頼し合えるパートナーの絆へと変わっていた。




