第34話 剛剣の乙女
王都、中央闘技場。王主催の武術大会『御前試合』。その決勝戦の舞台に、エルザは立っていた。
「……よくぞ決勝まで来たな、古流の娘」
対峙するのは、王立騎士団の若手筆頭、ゲイル。全身を白銀の鎧で固め、長剣と盾を構える姿は、まさに騎士の鏡だ。彼こそが、エルザの実家の道場を潰そうとしている『騎士団式』道場の推薦枠選手だった。
「我が騎士団式の合理的な剣術こそが至高。古臭い田舎剣法など、この場で終わらせてやる」
「むー! うるさいぞ!」
エルザは、大剣を片手で担ぎ、不敵に笑った。
「父ちゃんの剣は、最強だ! お前なんかに負けない!」
観客席では、シノン、アリアナ、リリィが声を張り上げている。
「行けー! エルザ!」
「相手の盾の死角を狙って! 重心が左に寄ってるわ!」
「優勝賞金と、道場の土地権利書……。絶対に負けられませんよ!」
そして、会場の最上段、一般客が入らない柱の影に、腕組みをして仁王立ちする『闘将』ゼストの姿があった。
「始め!」
審判の合図と同時、ゲイルが動いた。
「『高速突き』!」
目にも止まらぬ速さの突きが、エルザを襲う。
速い――だが。
「見えてるぞ!」
エルザは、大剣の腹で突きを弾いた。
キンッ! 重い金属音。
「ほう。だが、これはどうだ!」
ゲイルは止まらない。盾でエルザの体勢を崩し、流れるような連撃を叩き込む。防御、反撃、回避。すべてが教科書通りに洗練されており、隙がない。エルザは防戦一方に追い込まれ、じりじりと後退する。
「どうした! 守ってばかりでは勝てないぞ!」
「くっ……!」
エルザの『古流剣術』は、本来『守る』ための剣だ。カウンターや受け流しを主体とする技は、相手が格下なら通用するが、同格以上の手練れ相手には、どうしても『押し負ける』。
(……重い。こいつ、強い!)
エルザの腕が痺れる。
▶(エルザ)◇
やっぱり、私の剣じゃ、ダメなのか? 守るだけじゃ、勝てないのか?
師匠は言った。 『守るための力? くだらん』 『力とは、敵を蹂躙し、己の存在を刻み込むためのものだ』
あの時の特訓。魔界の猛獣相手に、私は何度も死にかけた。守ろうとすれば食われる。引けば殺される。生き残るために必要だったのは、『技』じゃない。相手をねじ伏せる、圧倒的な『殺意』だ。
(……そうだ)
道場を守るってことは、盾になることじゃない。敵をぶっ飛ばして、二度と手出しさせないことだ!
▶◇◇◇
「……へへっ」
エルザは、追い詰められた闘技場の端で、ニカっと笑った。
「なんだ? 諦めたか?」
「違うぞ。……思い出したんだ。師匠の教えを」
エルザは、構えを変えた。防御のための『正眼』ではない。大剣をだらりと下げ、全身の力を抜く。だが、その体からは、陽炎のような『闘気』が立ち上り始めた。
「行くよー!」
エルザが、地面を蹴った。
ドォン! 爆発的な加速。さっきまでの動きとは、桁が違う。
「速い!? だが、正面からなら!」
ゲイルは盾を構え、防御態勢を取る。騎士団の盾は、大岩の直撃すら防ぐ。だが、エルザは止まらない。彼女は、大剣を振りかぶり、叫んだ。
「師匠直伝!『一刀両断』!」
技ですらない。ただの、全身全霊の『叩きつけ』。だが、そこには、魔界の猛獣すら屠った『狂戦士』の膂力が乗っていた。
ズドォォォォォン!!!!! 激突の瞬間、会場が揺れた。
「なっ……!?」
ゲイル自慢の鋼鉄の盾が、飴細工のようにひしゃげ、砕け散ったのだ。衝撃はそれだけに留まらず、ゲイルの体ごと吹き飛ばし、闘技場の壁にめり込ませた。
「が、は……」
ゲイルは、白目を剥いて気絶した。一撃。防御の上から、全てを粉砕する『暴力』。
静まり返る会場。そして。
「しょ、勝者、エルザ・ブレイズ!」
ワァァァァァッ! 歓声が爆発した。
「やったー! 勝ったぞー!」
エルザは、ボロボロの大剣を掲げて、無邪気に飛び跳ねた。
「すごい……! あの一撃、魔力強化なしの純粋な筋力よ……」
アリアナが戦慄する。
「ふふふ。道場の看板は守られましたね。これで『資産価値』も維持できました」
リリィが安堵する。
「エルザさん、かっこいい!」
シノンも、手を叩いて喜んだ。
試合後。エルザは、控室を抜け出し、ゼストの元へ走った。
「師匠!」
夕暮れの路地裏で、ゼストは腕を組んで待っていた。
「……ふん。盾ごと砕くとはな。少しは『狂戦士』らしくなったではないか」
「へへへ! 勝ったぞ! これで道場は安泰だ!」エルザは、鼻の下をこする。「ありがとう、師匠! 師匠のおかげだ!」
「礼には及ばん。……貴様が勝ったのは、貴様の力だ」
ゼストは、ぶっきらぼうに言ったが、その口元は満足げに歪んでいた。彼は、エルザの頭に、大きな手を乗せた。ガシガシ、と乱暴に撫でる。
「悪くない一撃だった。……合格だ」
「!」
エルザは、目を丸くし、そして嬉しそうに笑った。
「よし! じゃあもっともっと私を強くしてくれ! いつかきっと『うちの流派』に師匠に教わったことを融合させてもっともっと凄くするんだ!」
「目標を持つのはいいことだな」
エルザは、ゼストの手を握った。
「私より強い男は、師匠だけだ! だから、いつか、道場を盛り上げるのを助けて! 師匠がいれば、世界最強の道場になるぞ!」
「……貴様、闘将を、道場の師範代にする気か」
ゼストは呆れたが、満更ではない顔をしていた。純粋に強さを求め、自分を恐れず、真っ直ぐに必要とするその瞳。
「……ふん。考えておいてやる」
「やったー! 言質とったぞ!」
エルザは、ゼストの腕にぶら下がるようにして喜んだ。武人としての信頼は、確かな絆へと変わりつつあった。そして、エルザの中で、この最強の男への感情が、単なる『憧れ』以上のものになりつつあることに、脳筋な彼女自身はまだ気づいていなかった。




