表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
=== 001 ===

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/42

第33話 氷の令嬢

 王立学園、第1闘技場。観客席は、貴族の生徒や教師たちで埋め尽くされていた。今日行われるのは、単なる模擬戦ではない。名門エインズワース家の令嬢アリアナと、その婚約者であるクリフォード公爵家の嫡男ロイドによる、進退を賭けた『魔術決闘(デュエル)』である。


「ふん。無駄なあがきを……」


 対戦相手のロイドが、優雅に杖を構え、嘲笑う。金髪碧眼、容姿端麗。だが、その瞳には他人を見下す傲慢な色が浮かんでいる。


「君の魔力量が僕に及ばないことは、入学以来の成績が証明しているだろう? 大人しく僕の妻になり、家で刺繍でもしていればいいものを」


「……お断りします」


 アリアナは、静かに杖を構えた。以前なら、彼の挑発に顔を赤くして反論していただろう。だが、今の彼女の心は、師匠の教えの通り、氷のように冷たく、澄み渡っていた。


(魔力量の差? ……ええ、そうね。でも、あの日見た『奈落(アビス)』の怪物たちに比べれば、あなたは……『止まって』見えるわ)


 観客席の最前列では、シノン、エルザ、リリィが固唾を飲んで見守っていた。そして、会場の隅の『影』には、認識阻害(イリュージョン)をかけた氷の魔将グレイが、腕を組んで立っている。


「始め!」


 審判の合図と共に、戦端が開かれた。


「消し炭になれ! 『爆炎球(ファイア・ボール)』!」


 ロイドが、初手から最大級の攻撃魔術を放つ。巨大な炎の塊が、轟音と共にアリアナに迫る。威力は十分。だが、予備動作が大きく、魔力のロスも激しい。


(……無駄が多い)


 アリアナは、その場から一歩も動かなかった。杖先を、わずかに動かすだけ。


「『氷鏡(アイス・ミラー)』・展開」


 パキンッ! アリアナの前に、薄い氷の膜が斜めに展開される。炎の塊は、その鏡に触れた瞬間、滑るように軌道を逸らされ、アリアナの横を通り過ぎて壁に激突した。


「なっ……!?」


 ロイドが目を見開く。


「防いだだと!? 僕の最大魔術を、あんな薄い氷で!?」


「『角度』と『表面硬度』さえ計算すれば、受け止める必要はありません」


 アリアナは、淡々と事実を述べた。それは、師匠の口調に、どこか似ていた。


「なめるな! 『炎弾(フレア・バレット)』乱れ撃ち!」


 ロイドが、感情に任せて杖を振り回す。無数の炎の弾丸が、嵐のようにアリアナを襲う。


▶(アリアナ)◇


 見える。魔力の『流れ』が、手に取るように。


 グレイ先生は言った。『魔術とは、感情ではなく、数式です。解けない式などありません』


 右から来る弾道、左から回り込む弾道。すべてが、計算式のように頭の中で処理されていく。


(……ここ!)


▶◇◇◇


 アリアナは、嵐の中を舞うようにステップを踏んだ。

 最小限の動き。紙一重で炎をかわし、時には杖で弾き、着実にロイドへと距離を詰めていく。


「なぜだ……! なぜ当たらない!」


 ロイドが焦り始める。魔力の残量が、目に見えて減っていく。


「終わりですか?」


 気づけば、アリアナはロイドの目の前に立っていた。息一つ乱していない。


「く、くそぉぉぉ! これで終わりにしてやる!」


 ロイドは、残った全魔力を込め、自身の周囲を焼き尽くす『炎熱地獄インフェルノ・サークル』を発動しようとした。自爆覚悟の広範囲攻撃。


「させません」


 アリアナが、ロイドの足元に杖を突き立てた。


「『氷棺(アイス・コフィン)』」


 カッ!  ロイドが術を発動するよりも速く、アリアナの魔力が、ロイドの足元から一気に噴き上がった。絶対的な冷気が、ロイドの全身を包み込む。


「が……、あ……」


 一瞬だった。ロイドは、驚愕の表情を浮かべたまま、分厚い氷の柱の中に閉じ込められていた。首から下だけを凍らせ、意識は残す。完璧な『制圧』。


 静まり返る闘技場。誰もが、その圧倒的な技術差に言葉を失っていた。


「……勝者、アリアナ・フォン・エインズワース!」


 審判の声が響いた瞬間、ワァァァァッ! と歓声が爆発した。


「やったあぁぁぁ!」


 エルザが手すりを乗り越えて飛び込んでくる。


「アリアナさん、素敵です!」


 リリィも駆け寄る。


「すごいです、アリアナさん! 完勝です!」


 シノンも、自分のことのように目を潤ませていた。

 アリアナは、氷の中で悔しそうにしているロイドを一瞥し、静かに告げた。「約束通り、婚約は白紙に戻させていただきます。今の私には、貴方と遊んでいる暇はありませんので」


 アリアナは、仲間たちの方へ振り返り、最高の笑顔を見せた。その視線の先、会場の隅の『影』に、グレイの姿を見つける。


 グレイは、誰にも気づかれないように、指で眼鏡をクイと押し上げ、小さく頷いた。『(合格です)』そう言っているのが、アリアナには聞こえた気がした。


 ◇


 その日の夕方。アリアナは、グレイと二人きりで特訓場所にいた。


「……見事でした」グレイが、珍しく素直に称賛の言葉を口にした。「魔力の運用、状況判断、そして最後の一手。……私の『理論』を、ここまで体現するとは」


「……先生のおかげです」


 アリアナは、もじもじと杖を弄る。昼間の凛とした姿とは打って変わって、頬を赤く染めた乙女の顔だ。


「私……先生に出会えて、本当に良かった。魔術だけじゃなく、自分の足で立つ勇気を、教えていただきました」


 アリアナは、グレイを見上げる。冷徹で、厳しくて、でも誰よりも自分を認めてくれた人。


「あの、先生。……これからも、私のご指導を、お願いできますか?」

「当然です」グレイは、即答した。「貴女の才能は、こんなものではない。……私が、世界の頂点まで引き上げてみせましょう」

「はい!」


 アリアナは、満面の笑みで頷いた。師弟の絆は、より深く、強固なものになった。……その感情が、『尊敬』から『恋慕』へと変わりつつあることに、アリアナ自身も、まだ完全には気づいていなかった。


 一人の少女が、自分の課題を解決し、新たな一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ