第32話 死闘
魔界と人間界の狭間に存在する、高難易度魔境『奈落の渓谷』。 そこは、ベテラン冒険者ですら全滅する、死の領域。
「……いいですか。今回の目標は、あくまで『第5階層』までの踏破です」
断崖絶壁の入り口で、氷の魔将グレイが、アリアナたちに釘を刺す。
「今の貴女たちの実力では、それより深く潜れば、骨も残りません。……引き際は私が判断します」
「入り口付近でも、十分に稼げる素材はありますからねぇ」
マモンが、期待を込めてリリィを見る。
「行くぞ! 死ぬ気でかかってこい!」
ゼストが、獰猛に笑う。
アリアナ、エルザ、リリィの三人は、緊張した面持ちで頷いた。数週間の地獄の特訓。その成果を試す、初めての『実戦』だ。
地下1階層。薄暗い洞窟内を、異形の影が走る。全身が鋼鉄の鱗で覆われた『鋼鉄蜥蜴』だ。通常なら、中級冒険者パーティが苦戦する相手。
「来るぞ!」
エルザが、大剣を構えて前に出る。以前なら、力任せに突っ込んで弾かれていただろう。だが、今の彼女は違った。
「……『呼吸』を合わせろ。……あそこだ!」
エルザは、敵の動きをじっと見極め、鱗の継ぎ目、その一点に狙いを澄ます。師匠に叩き込まれた、一撃必殺の『眼』。
「『穿孔』!」
大剣の切っ先が、蜥蜴の喉元を正確に貫いた。
ズドン! 一撃。巨大な蜥蜴が、声を上げる間もなく絶命する。
「やった……!」
エルザが、手応えに震える手を見つめる。
「斬れた……! あんなに硬いのに!」
「油断しないで! 次が来るわよ!」
アリアナの声。天井から、吸血蝙蝠の群れが襲いかかる。アリアナは、杖を掲げ、複雑な術式を一瞬で展開する。
「『氷結界・展開』!」
広範囲への無差別攻撃ではなく、味方を避け、敵だけを包囲する、精密な冷気の檻。蝙蝠たちが、空中で凍りつき、バラバラと落ちていく。
「……魔力消費、最小限。……よし!」
アリアナが、汗を拭う。グレイとの特訓で『再構築』された魔力回路は、以前とは比べ物にならない効率で魔術を行使していた。
「回収します!」
リリィが、マモンから借りた『空間収納』付きの鞄を広げる。彼女は、戦闘の合間を縫って、倒された魔物から『換金部位』だけを、目にも止まらぬ早業で剥ぎ取っていく。
「……蜥蜴の皮、良質。蝙蝠の牙、欠損なし。……黒字です!」
三人の連携は、学生レベルを遥かに超えていた。だが、ここは『奈落』である。三人は連携しながらダンジョンを進み、疲労やダメージを蓄積しながらも、地下5階層まできた。
目標地点に到達した彼女たちを待っていたのは、この階層の主、ゲートキーパー。 岩盤と一体化したような巨体を持つ、『岩石巨人』だった。
「デ、デカい……!」
エルザが息を飲む。学園の訓練用ゴーレムとは、サイズも、放つ威圧感も桁違いだ。
「グオオオオオ!」
巨人が腕を振るうだけで、坑道が崩れそうになる。
「エルザ、正面からは無理よ! 物理攻撃が通じない!」
アリアナが叫ぶ。
「私の氷魔法も、表面を凍らせるだけで、芯まで届かないわ!」
再生能力が高く、生半可な攻撃ではすぐに修復されてしまう。
「くそっ! どうすれば……!」
三人が、防戦一方に追い込まれる。師匠たちは、手を出さない。 これは、彼女たちの『試練』だからだ。
▶(シノン)◇
(みんな……!)
私は、後ろで見守りながら、拳を握りしめた。『基礎』を使えば、あんなゴーレム、一撃で粉砕できる。でも、それじゃダメだ。これは、みんなが『自分の力』で掴み取ろうとしている戦いなんだから。
(頑張れ……! アリアナさん、エルザさん、リリィさん!)
▶◇◇◇
「……諦めるものですか」
リリィが、懐から『何か』を取り出した。
「アリアナさん! 敵の『関節』を、一瞬だけ止めることはできますか!?」
「関節!? ……やってみるわ! 『絶対零度』!」
アリアナが、残る魔力の全てを注ぎ込む。ゴーレムの膝関節が、一瞬、白く凍りついた。「ギ……!?」動きが止まる。
「エルザさん! その膝を、砕いて!」
「おうよ! 任せろ!」
エルザが、壁を蹴って加速する。
「うおおおお! 『粉砕』!」
ドガァァァン!! 渾身の一撃が、凍った膝を粉砕した。巨体がバランスを崩し、膝をつく。
「今です!」
リリィが投げつけたのは、マモン直伝の『溶解液』だった。瓶がゴーレムの胸板で砕け、強力な酸が岩を溶かし、内部の『核』を僅かに露出させる。
「そこだあああ!」
エルザが、倒れ込むゴーレムの胸に飛び乗った。そして、露出したコアに、大剣を突き立てる。
ズブシュゥゥ……! コアが破壊され、ゴーレムの赤い光が消えた。エネルギーの供給が途絶えると、その巨体は、土煙を上げて崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
三人は、その場にへたり込んだ。満身創痍。魔力も体力も、空っぽだった。
「……やった……」
「勝った……!」
ギリギリの勝利。だが、自分たちの力だけで、格上の怪物を倒したという事実は、何よりも重い『自信』となった。
崖の上から、師匠たちが降りてくる。
「……ふん。無様な戦い方だ」ゼストが、ぶっきらぼうに言う。「だが、退かなかったことだけは、褒めてやる」
「魔力配分が滅茶苦茶です」グレイが眼鏡を直す。 「ですが、とっさの判断力は悪くなかった」
「もう少し錬金の技術を上げないといけませんね」 マモンが苦笑する。 「ま、そのコアで元は取れますが」
「そこまでです」
グレイが、奥へと続く暗い道を手で制した。
「今の貴女たちでは、これより先へ行けば、確実に死にます。……今日のところは、合格としておきましょう」
アリアナ、エルザ、リリィは、顔を見合わせ、疲労困憊の笑顔でハイタッチを交わした。
「……ふぅ」
シノンも、ホッと胸を撫で下ろした。
◇
夕暮れ時。ボロボロになって王都へ帰還した四人。その表情は晴れやかだった。
「すごかったよ、みんな!」
シノンが、心から賞賛する。
「ふふふ。まだまだよ」
アリアナが、誇らしげに杖を握る。
「あのダンジョンの、ほんの入り口までしか行けなかったもの。……もっともっと特訓して、いつか最深部まで行ってやるわ!」
「おう! 次は負けないぞ!」
「稼ぎがいのある場所でしたね。通い甲斐があります」
彼女たちは、確かな手応えを感じていた。
「……よし!」
アリアナが、宣言した。
「学校が終わったら、また特訓よ! 私たちの『目標』を達成するまで、休んでる暇はないわ!」
「おー!」
頼もしくなった友人たちを見ながら、シノンは思う。
(私も……いつまでも『隠してる』だけじゃ、ダメだよね。みんながこんなに頑張ってるんだもん。……いつか、ちゃんと、私のことも話そう)
『アベレージ・ワン』の成長は、まだ始まったばかりだった。




