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女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
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第31話 商談

 王都郊外、演習場跡地。そこは今や、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「甘い! 魔力回路が焼き切れるまで回せと言ったはずです!」

「きゃあああ! 体が、燃えるように熱い……!」


 氷の魔将グレイの冷徹な指導の下、アリアナが悲鳴を上げている。


「らあっ! いい拳だ! だが届かん!」

「くそー! 師匠、硬すぎるぞ! もう一回だ!」


 闘将ゼストの剛腕に吹っ飛ばされながら、エルザが泥まみれで突撃を繰り返している。


 そんな喧騒の中、リリィだけが、静かに『その時』を待っていた。彼女の手元には、実家の商会から届いた、一冊の『帳簿』がある。その数字は、赤字で埋め尽くされていた。


「……リリィさん」


 シノンが、アリアナたちの惨状に胃を痛めつつ、リリィに声をかける。


「リリィさんの『先生』も、もうすぐ来ると思います。……その、大丈夫ですか?」

「ええ、待ち遠しいです」


 リリィは、帳簿をパタンと閉じた。その瞳には、いつもの柔和な笑みではなく、獲物を狙う狩人のような鋭い光が宿っていた。


「うちの商会は今、崖っぷちです。王都に進出してきた『新興商会』にシェアを奪われ、主要な取引ルートも断たれました」

「えっ……」


「向こうは、バックに有力貴族がついています。真っ当なやり方では勝てません」  リリィは、拳を握りしめる。 「起死回生には、誰も持っていない『幻の素材』を独占するか、誰も知らない『新規ルート』を開拓するしかありません。


 ……そのためには、手段を選んではいられないのです」


 リリィの覚悟は、アリアナやエルザと同じく、本物だった。家を守るためなら、悪魔とだって手を組む。そんな気迫が漂っていた。


▶(シノン)◇


(リリィさんも、必死なんだ……)


 いつも笑顔で、ちゃっかりしてるように見えるけど、裏では一番、現実的な計算をして、戦ってる。


(ディアブロさんが選んだ人なら、きっとリリィさんの力になってくれるはず。でも、どんな人が来るんだろう……)


▶◇◇◇


 その時。ズズズ……と、地面に落ちた『影』が、不自然に歪んだ。

 空からでも、正面からでもない。シノンたちの足元の『影』から、ぬらりと、その男は現れた。


「ヒヒ……。お待たせしましたぁ」


 現れたのは、上質な黒のスーツに身を包んだ、細身の男だった。優しそうな眼に、ピンと張った背筋。好感の持てる出で立ちからは、『出来る男』の雰囲気が醸し出されていた。


 魔王軍第四軍団長にして、魔界の全財政・物流を統括する『闇の魔将(ダーク・マーチャント)』マモン。グレイ、ゼストと並ぶ、魔王軍最高幹部『八魔将』の一人である。


「……貴方様が、私の『先生』ですか?」


 リリィは、動じることなく、マモンを値踏みするように見上げた。


「はい。マモンと申します」


 マモンは、ギラリと目を輝かせて、リリィに近づいた。優しい眼の中に宿る光は、リリィの全身を査定しているようだった。


「ディアブロ様から話は聞いております。商売の『コツ』を教わりたい、と?」 「ええ。コツではなく、『極意』を。……大陸一の商人になるための」


「大陸一、ですか。大きく出ましたねぇ」


 マモンは、懐から一枚の金貨を取り出した。それは、王国では見たこともない、不気味な紋章(が刻まれた、純度の高い金貨だった。


「では、お嬢さん。質問です」


 マモンが、金貨を指で弾く。


「商人にとって、最も大切なものは何だと思います?」


 リリィは、少し考え、答えた。


「……『信用』と『情報』、そして『先見の明』でしょうか」


「正解。……ですが、もう一つあります」


 マモンの目が光る。空中にあったはずの金貨が消えた。


 チャリン! 音がしたのは、リリィのスカートのポケットの中からだった。


「なっ……!?」


 リリィが慌ててポケットを探ると、さっきの金貨が入っている。いつの間に?  触れられてすらいないのに。


「『欲望』ですよ」


 マモンの眼が見開いた。そこには、底なしの沼のような闇が広がっていた。


「綺麗事では、金は稼げない。『強欲』こそが、富を引き寄せ、あり得ない『ルート』をこじ開けるのです」


 マモンは、リリィの耳元で囁いた。


「貴女からは……いい『匂い』がします。我々も顔負けの、強欲な匂いが」


 それは、普通の人間なら恐怖で竦み上がるような、圧倒的な気配だった。だが。


「……!」


 リリィは、ポケットから金貨を取り出し、太陽にかざして、ニヤリと笑ったのだ。


「……最高の褒め言葉ですね」


 リリィは、その金貨をちゃっかり懐にしまうと、マモンに向かって深く頭を下げた。


「分かりました。マモン様。その神出鬼没な『空間収納(アイテムボックス)』の技術と、私の知らない『未知の販路』……。  ぜひ、ご教授願います」


「話が早くていいですね」


 マモンもまた、リリィの『素質』を認めた。


▶(マモン)◇


(……なるほど。軍師ロンウェの読み通りですね。この娘を『こちら側』に引き込み、王国の経済界を牛耳らせれば……戦争などという金のかかる手段を使わずとも、兵糧攻めで人間界を掌握できる。最高の『投資物件』ですね)


▶◇◇◇


「契約成立です! 当然、レアな素材を探し出す直感と、その素材を取りに行く強さが必要ですので、それもしっかり学んでもらいます」


 マモンが、リリィの手を握る。腹黒と守銭奴。ここに、最も計算高く、最も危険な師弟関係が成立した。


 ◇


 こうして、アリアナ、エルザ、リリィの三人は、それぞれの『目的』のために、魔界最強の幹部たちが『師匠』となった。


 グレイによる、魔術回路の改造と、理論の叩き込み。ゼストによる、死と隣り合わせの実戦組手。マモンによる、悪魔的商法と、裏ルートの開拓指導。


 特訓は、苛烈を極めた。彼女たちは、放課後や休日をすべて特訓に費やし、泥と汗と金にまみれながら、必死に食らいついていった。

 シノンも、時には練習台になり、時には回復役になりながら、彼女たちを支え続けた。


 そして、数週間後。


「……ふむ」グレイが、眼鏡の位置を直しながら、ボロボロになったアリアナたちを見渡した。「基礎はおおむね、叩き込みましたね」


「おう! もう誰にも負ける気がしないぞ!」


 エルザが、傷だらけの体で大剣を掲げる。


「……私も、新しい『術式』の構築が、形になってきました」


 アリアナの瞳には、以前よりも強い自信が宿っている。


「資金繰りの目処も立ちました。あとは『商品』だけですね」


 リリィも、不敵に微笑む。


「では、仕上げと行きましょうか」


 ゼストが、獰猛な笑みを浮かべて前に出た。


「道場での稽古など、ままごとだ。本物の『力』を定着させるには、本物の『殺し合い(じっせん)』が必要不可欠」


「実戦……?」


 シノンが首を傾げる。


「ああ。我々が管理している『狩り場』がある。そこへ遠征し、貴様らの『成果』を試す」


 マモンが、空間を切り裂き、漆黒の『ゲート』を開いた。


「腕が立つ程度の者が足を踏み入れれば即死する『魔境(ダンジョン)』ですがぁ……今の貴女たちなら、ギリギリ死なずに帰ってこれるでしょう」


「おおー! ダンジョンか! 燃えるな!」

「望むところですわ。私の『氷』がどこまで通じるか、試してみたい」

「ふふふ。そこには、高く売れる『素材』もたくさんあるんでしょうね?」


 三人は、一切の躊躇なく、ゲートの前に立った。


「シノンさん、行きましょう!」

「私たちの『アベレージ・ワン』の、初遠征よ!」

「あ、はい!」


 シノンも、覚悟を決めて頷いた。


 向かう先は、魔界と人間界の狭間にある、高難易度ダンジョン『奈落の渓谷(アビス・キャニオン)』。そこは、ベテラン冒険者ですら全滅する、死の領域。


 だが、最強の師匠たちに鍛え上げられた『ただの学生』たちにとっては、そこは『通過点』に過ぎなかった。いよいよ、彼女たちの『覚醒』の時が近づいていた。

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