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女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
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第30話 道場の危機

 放課後の作戦会議室(たまりば)。アリアナが、グレイとの魔力回路改造(とっくん)に向かった後、部屋にはシノンとエルザ、リリィが残っていた。


 いつもなら「お菓子食べようぜ!」と騒ぐエルザが、今日は珍しく、窓際で大剣を磨きながら、沈んだ顔をしている。その手元には、実家から届いた一通の手紙があった。


「……エルザさん」


 シノンが、心配そうに声をかける。


「珍しいですね、そんなに静かなんて。……何か、あったんですか?」

「……ん、ああ」


 エルザは、磨く手を止め、ため息をついた。


「……アリアナが、羨ましくてな」

「え?」

「あいつ、すげー必死じゃんか。家のこととか、結婚のこととか。……で、あんないい『師匠(せんせい)』を見つけて、どんどん強くなってる」


 エルザは、手紙をギュッと握りしめた。


「……私にも、あるんだ。どうしても、負けられない『戦い』が」


 エルザが語り出したのは、彼女の「生家」の話だった。

 彼女の実家は、地方で代々続く『古流剣術』の道場を営んでいる。決して派手ではないが、実戦的で、何より『大切なものを守る』ことを教義とする剣術だった。


「でもな、最近、王都から『騎士団式』の道場が進出してきたんだ」


 エルザの声に、怒りが滲む。


「あいつら、権力を笠に着て、『古流なんて時代遅れだ』って、うちの門下生を無理やり引き抜いたり、嫌がらせをしたり……。挙句の果てには、土地の権利書を盾に、『立ち退き』を迫ってきてる」

「そんな……! ひどいです!」


 シノンが憤る。


「……法的には、向こうが有利なんです」


 リリィが、冷静に補足する。


「新興の道場は、貴族の支援を受けていますから。……真正面から対抗するのは難しいでしょう」

「ああ。だから、父ちゃんが、条件を出したんだ」


 エルザは、手紙を開いた。


「来月の『御前試合(トーナメント)』。うちが、騎士団式の代表に勝てば、道場の存続を認める。……でも、負けたら、看板を下ろして、土地を明け渡せって」

「……それが、エルザさんの『戦い』」

「相手は、騎士団の若手エースだ。……正直、今の私の『習熟度』じゃ、勝てるか分からない」


 エルザは、悔しそうに唇を噛んだ。


「私は、じいちゃんの代から続く、あの道場が好きなんだ。あそこで剣を振るう、父ちゃんや門下生たちの笑顔を守りたいんだよ! ……だから、私も強くなりたい! アリアナみたいに、絶対に負けない『力』が欲しいんだ!」


 その目には、いつもの「楽しむため」の光ではなく、「守るため」の強い意志が宿っていた。


▶(シノン)◇


(……エルザさんも、戦ってるんだ)


 いつも明るくて、能天気に見えるけど。背中に背負ってる大剣と同じくらい、重いものを背負ってる。


(力になりたい。私にできることは、ディアブロさんに頼むこと……!)


▶◇◇◇


「……分かりました」


 シノンは、エルザの肩に手を置いた。


「エルザさんのその想い、絶対に無駄にはさせません。……私に、任せてください」


 シノンは、すぐにディアブロに魔力通信(メッセージ)を送った。 『エルザさんのために、剣の師匠を紹介してください。……剣術だけじゃなく、彼女の『心』も鍛えてくれるような、最強の人を』



 数時間後。王都郊外、演習場跡地。シノンたちは、再びこの場所に立っていた。奥の方では、アリアナがグレイに氷漬けにされながら悲鳴を上げているのが見える。


「……本当に来るのか? 私の師匠」


 エルザが、緊張と期待の入り混じった顔で空を見上げる。


「はい。ディアブロさんが、『武の頂点に立つ者を寄越す』って」


 その時だった。


 ヒュオオオオオ……! 上空から、大気を切り裂くような音が響いた。


「上だ!」


 エルザが叫ぶと同時、赤い流星のような何かが、地面に激突した。


 ズドンッ!!!! 凄まじい着地音と共に、土煙が舞い上がる。その衝撃波だけで、周囲の木々が揺れた。


「……待たせたな」


 煙の中から現れたのは、真紅の全身鎧を纏い、身の丈ほどもある巨大な『大鎌』を背負った、巨躯の男だった。

 燃えるような赤い髪、獰猛な獣のような瞳。ただ立っているだけで、肌がピリピリするほどの『闘気』が溢れ出ている。


 魔王軍全軍の武力を統括する最高幹部、『闘将(ジェネラル)』ゼスト。先日のグレイと並び称される、魔界最強の『八魔将』の一人である。


「お、お前が……」


 エルザが、ゴクリと唾を飲む。本能が告げていた。


(コイツは、ヤバい。……今まで会った誰よりも、強い!)


「貴様が、エルザか」


 ゼストは、エルザを値踏みするように見下ろした。


「我が王から話は聞いている。……家族を守るために、力が欲しいと?」

「あ、ああ! そうだ!」


 エルザは、気圧されそうになるのを堪え、大剣を構えた。


「あんたが、私の師匠になってくれるのか!?」

「ふん。それは貴様次第だ」


 ゼストは、鼻で笑った。


「私は、弱者には興味がない。守るための力? くだらん。力とは、敵を蹂躙し、己の存在を刻み込むためのものだ」


 ゼストの言葉は、エルザの『古流剣術』を否定するものだった。


「な……! なんだと!?」

「不服か? ならば証明してみせろ」


 ゼストは、背中の大鎌を、片手で軽々と引き抜いた。


「私に一撃でも入れられたら、認めてやる。……来い」

「上等だ! うおおおおお!」


 エルザは、怒りを力に変えて突撃した。全力の踏み込み。上段からの渾身の一撃。岩をも砕く、エルザの必殺剣。


 だが。


 ガキンッ!


 ゼストは、大鎌の『柄』だけで、エルザの大剣を受け止めた。微動だにしない。


「遅い。軽い。……脆い。子供でももっとマシな剣を振るうぞ」


 ゼストが、吐き捨てる。


「そんなナマクラな『覚悟』で、何を守れると言うのだ?」

「ぐぬぬ……!」


 エルザが押し込もうとするが、ゼストは涼しい顔で、柄を払った。


 ドゴッ! カウンターの蹴りが、エルザの腹に入り、彼女は数メートル吹き飛ばされた。


「がはっ……!」


 エルザは地面を転がり、砂まみれになる。


「……終わりか?」


 ゼストが、冷たく見下ろす。


「期待外れだな。やはり、人間など……」

「……まだだ!」


 エルザは、痛む腹を押さえながら、立ち上がった。その目は、死んでいなかった。恐怖も、諦めもない。ただ、純粋な『闘志』と、譲れない『意地』だけが燃えていた。


「私は……負けられないんだ! 父ちゃんたちの剣が、弱いなんて……絶対に認めない!」


 エルザは、泥だらけの手で大剣を握り直し、再び構えた。


「あんたがどれだけ強くても関係ない! 教えてもらうまで、何度でも食らいついてやる!」

「……」


 ゼストは、ボロボロになっても折れないエルザの目を見て、ピクリと眉を動かした。


(……ほう。技術は未熟。魔力も少ない。……だが、この『殺気』。この『執着』。……私と同じ匂いがする)


 ゼストの口元が、凶悪に歪んだ。


「……いい目だ」


 ゼストは、大鎌を構え直した。今度は、少しだけ『本気』の構えで。


「合格だ、小娘。貴様のその『守るための剣』……私が、最強の『凶器』に研ぎ澄ませてやる」

「え?」

「貴様のような『狂戦士(バーサーカー)』の原石、放っておくには惜しい」


 ゼストは、エルザに向かって手を差し出した。それは、強者が、認めた相手にのみ差し出す手だった。


「我が名はゼスト。……今日から貴様は、私の弟子だ。地獄を見ることになるぞ。……ついて来れるか?」


 エルザは、その手を見て、ニカッと笑った。今日一番の、晴れやかな笑顔で。


「望むところだ! 師匠! 絶対に強くなって、うちの流派に取り込むんだ!」


 エルザが、ゼストの手をガッチリと握り返す。武人としての魂が共鳴した瞬間だった。アリアナに続き、エルザもまた、魔界最強の幹部との『師弟契約』を結んだ。


「では、早速始めるぞ」


 ゼストは、エルザの手を引くと、演習場のさらに奥へと歩き出した。


「まずは、貴様のその『貧弱な筋肉』を、魔界の猛獣と素手で殴り合わせて鍛え直す」

「え? 素手? 猛獣?」

「安心しろ。四肢がちぎれても、回復魔法ですぐに繋げてやる」

「おおー! なんかすごそうだぞ!」


(よかった……。エルザさん、すごく嬉しそう。……でも、猛獣って……大丈夫かな……)


 シノンは、嬉しそうに地獄へ向かう二人を見送りながら、そっと胸を撫で下ろした。


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