第3話 最初の依頼
体力測定の翌日。教室には、昨日とは違う緊張感が漂っていた。『チームビルディング』の二日目。昨日の体力測定の結果が、黒板に張り出されているからだ。
「……シノンさん」
「は、はい!」
教室に入るなり、リリィが口元だけの笑顔で手招きをした。エルザとアリアナも、すでにリリィの席に集まっている。
「あなた、昨日のあれ、どういうことか説明してもらえます?」
アリアナが、昨日よりもさらに冷たい視線でシノンを問い詰める。
「持久走、騎士科のエルザとトップタイ。魔力測定、測定不能で水晶破壊。……あなた、魔術科なのでしょう?」
「う、それは……その……」
(どうしよう! 平凡にやろうとした結果、一番平凡じゃなくなっちゃった!)
シノンがしどろもどろになっていると、エルザが豪快に笑い飛ばした。
「いいじゃねえか、アリアナ! 強いってのは良いことだ! な、シノン!」
「え? あ、うん……?」
「私はお前を気に入ったぞ! なぁシノン、私とチーム組まねえか?」
「へ!? ち、チーム……?」
予想外の申し出に、シノンは目を丸くする。友達どころか、チームのお誘い。これは、平凡な学園生活の第一歩としては、最高の滑り出しではないだろうか。
「あの……私でよければ、ぜひ……」
「よし来た! 決まりだな!」
「あ、ちょっと待ちなさいエルザ!」
アリアナが慌てて制止する。
「あなたは脳筋だからすぐそうやって飛びつくのよ。確かに彼女の潜在能力は規格外かもしれないわ。でも、チームというのはバランスが大事なのよ」
「あー、またアリアナの面倒くさいのが始まった」
「面倒とは何よ! いいこと? シノンさん。あなたは確かに体力も魔力量も凄い。でも、それを制御できなければ、ただの暴走機関よ。水晶を壊したみたいに、仲間まで危険に晒すわ」
正論だった。シノンはぐうの音も出ない。祖父に教わったのは、常に全力を出す『基礎』であり、手を抜く制御ではなかったからだ。
「……ごめんなさい」
「あら、別に謝ってほしいわけじゃ……」
「でも、私……頑張ります! みんなの足を引っ張らないようにします!」
「……ふぅ」
アリアナが深いため息をついた、その時。
「はいはーい! そこまで!」 ずっと黙って三人のやり取りを観察していたリリィが、笑顔で手を叩いた。
「アリアナさんの懸念も分かります。エルザさんの直感も分かります。そして、シノンさんの凄さも、よーく分かりました」
リリィは、まるで値踏みをするかのようにシノンを上から下まで眺める。
「結論。……私たち、四人でチームを組みませんか?」
「「「え?」」」
シノン、エルザ、アリアナの声が重なった。
「いいですか? アリアナさんはトップクラスの魔術師。頭脳明晰な司令塔です。エルザさんは騎士科屈指のパワーファイター」
リリィは指を折りながら話しを続ける。
「私は商業科なので、戦闘は専門外です。でも、治癒魔術の心得はありますし、情報収集やギルドとの交渉……つまり、お金儲けの算段は得意ですよ? 後方支援はお任せください」
「……で、シノンさんは?」
アリアナが怪訝そうに尋ねる。
「シノンさんは、もちろん私たちの『切り札』です」
リリィは、シノンの肩に手を置いた。
「昨日の測定で、学園中の注目を集めた『謎の転入生』。体力も魔力も底知れない。……こんなに面白くて価値のある人材、他のチームに渡すなんて勿体ないじゃないですか」
「お、面白そうじゃねえか! 賛成!」
「……まぁ、リリィがそう言うなら。ただしシノンさん、あなたは絶対に私の指示に従ってもらうわよ。いいわね?」
「は、はい! 頑張ります!」
▶(シノン)◇
(チーム……! 私の……チーム……!)
信じられなかった。家出して、転入して、まだ二日目。ツッコミ役で真面目なアリアナさん、戦闘狂だけど頼りになるエルザさん、ちゃっかりしてるけど笑顔が可愛いリリィさん。こんな、個性的で、……普通の友達に囲まれて、一緒にチームを組むことになるなんて。
これが、私の求めていた日常……!
▶◇◇◇
「よし、決まりだな! チーム名は……そうだな、『最強エルザと仲間たち』だ!」
「却下よ。ダサすぎるわ」
「なんだとー!」
「ふふふ。チーム名は今日の午後、ギルド登録の時に決めればいいですよ。それより、次の実習が始まります」
その日の実習は、「チーム戦闘訓練」だった。
「だから! シノンさんはそこで『基礎防御魔術』を張るだけでいいって言ってるでしょう!」
「は、はい! でも、アリアナさんの魔術が敵に当たる前に、エルザさんが突っ込んじゃって……」
「エルザ! あなたも単独行動は慎みなさい!」
「うるせえ! 魔術師の詠唱なんざ待ってたら、敵に逃げられるだろうが!」
「あうあう……。お二人とも、私はどう動けば……」
「シノンさんはそこにいろ! 私がやる!」
「シノンさんは下がってなさい! 私の『氷槍』が当たる!」
結果は散々だった。まったく連携が取れていない。アリアナの知的な戦術も、エルザの規格外の突進力も、リリィの的確なサポートも、バラバラだ。そして何より、シノンが平凡に力を制御しようと必死になるあまり、何もできずにオロオロするだけになってしまっていた。
(ダメだ……。私、完全に足手まといだ……)
シノンが落ち込んでいると、訓練用のゴーレムが一体、アリアナの死角から襲いかかった。
「アリアナさん、危ない!」
シノンは、考えるより先に動いていた。アリアナを突き飛ばし、ゴーレムの岩の拳を……素手で、受け止めていた。
ゴッ、という鈍い音と共に、ゴーレムの拳が砕け散る。
「「「…………」」」
アリアナも、エルザも、リリィも。そして、訓練を見ていた教師も、全員が固まっていた。
「あ……」
▶(シノン)◇
(また、やっちゃった……!!)
咄嗟とはいえ、森での『基礎』が、また漏れ出してしまった。訓練用のゴーレムは、オーガほどの強度はない。あの時――三年前――と同じだ。みんな、私を化け物だって、気味悪がって……。
「……ご、ごめんなさい! 私、わざとじゃ……」
「……シノン」
エルザさんが、わなわなと震えながら近づいてくる。
(怒ってる……? 殴られる……?)
「……師匠ッ!!」
「へ?」
エルザさんは、私の両手をがしりと掴み、目をカッと見開いて叫んだ。
「今の見たか!? ゴーレムの拳を素手で! あんた、最高だぜ! 私にそれを教えろ! いや、教えてください、師匠!」
「し、師匠!?」
「……はぁ」
アリアナさんが、深すぎるため息をついた。
「……ありがとう、助かったわ、シノンさん。でも、次からは魔術でお願いね。心臓に悪いわ」
「ふふふ。やっぱりシノンさんは、お宝ですね。これで決まりました」
リリィが、満足そうにパン、と手を叩いた。
「私たちのチーム、最強の『切り札』兼『守護者』、決定です!」
▶◇◇◇
その日の午後。四人は連れ立って、王都のギルド支部を訪れていた。学園と提携しているため、学生専用の窓口が設けられている。
「はい、じゃあチーム名を決めてくださいねー」
窓口の女性が、気だるそうに言う。
「よし、『エルザと三匹の子分たち』だ!」
「却下。リリィ、あなた何か考えてあるんでしょう?」
アリアナに振られ、リリィは「バレてましたか」と笑う。
「シンプルに、四人の頭文字を取るのはどうでしょう。アリアナ、リリィ、エルザ、シノン。並べ替えると……」
「「「……」」」
四人は顔を見合わせる。いい組み合わせが、どうにも思い浮かばない。
シノンが口を噤んで悩んでいると、リリィが「あ」と閃いた顔をした。
「決めました」
「「「え?」」」
「私たち、アリアナさんは天才、エルザさんは脳筋、シノンさんは……まぁ、規格外、私はサポート役と、個性がバラバラです」
「誰が脳筋よ!」
「ミステリアス……」
「ふふふ。そんな私たちが、学園からは《《ひよっこ》》扱い。つまり、まだ平均以下の存在ってことですよ」
「……言いたいことは分かるわ」
「だから、まずは『平均点』を目指す一番手、という意味を込めて……『アベレージ・ワン』というのはどうでしょう?」
「「「…………」」」
(アベレージ・ワン!)
シノンは、その響きに心の中でガッツポーズをした。
(最高すぎる……! リリィさん、天才!?)
「……アベレージ・ワン。悪くないわね」
アリアナが、意外にもすんなりと頷いた。
「おお! よく分かんねえが、カッコイイじゃねえか! アベレージ・ワン! 賛成だ!」
シノンも嬉しそうに、コクコクと頷いた。
「はい、決まりですね!」
リリィが笑顔でそう言うと、窓口の女性にチーム名を告げた。
「はい、お待たせしました。『アベレージ・ワン』……で、登録完了です」
「さあ、登録も終わりましたし。勅令通り、最初のギルド依頼を受けてもらいまーす」
窓口の女性が、依頼書から一枚の紙を剥がして渡してきた。
「はい、『近郊の森での薬草採取』。一番簡単なやつね。魔王軍のせいで森の魔力がちょっと不安定になってるけど、危険な魔物も出ないから、ひよっこには最適よ」
「「「薬草採取……」」」
エルザが、あからさまにガッカリした顔をした。
「なんだよ、つまんねえ。ゴブリン討伐とかはねえのかよ」
「文句言わないの。学生はまず、こういう地道な依頼で信頼を稼ぐのよ」
アリアナが窘める。
「ふふふ。いいじゃないですか。森の散歩ですよ」
リリィは楽しそうだ。
(森……。薬草採取……)
▶(シノン)◇
(祖父との『基礎訓練』で、崖の上の伝説級薬草を素手で採ってくるサバイバルを思い出す)
「ふふ、(毎日やらされていたなぁ。これなら、私もチームの役に立てることがあるかもしれない!)」
私は、初めての仲間との、初めての仕事に向けて、ぎゅっと拳を握りしめた。




