第28話 決意
常闇に包まれた、魔王城・作戦室。そこでは、魔王の側近である軍師『ロンウェ』が、苦虫を噛み潰したような顔で、戦況地図を睨みつけていた。
「……また、北の鉱山が人間どもに襲撃されましたか」
ロンウェが、報告に来た部下に問う。
「はっ! 王国軍の『資源狩り』です。我が軍は専守防衛に徹しておりますが、奴らの侵攻は日に日に激しさを増しており……」
「……強欲な人間どもめ」
ロンウェは、片眼鏡の位置を直し、深いため息をついた。ここ数十年、人間界の王国は、魔界の豊富な『魔鉱石』や『希少素材』を狙い、執拗に侵略を繰り返している。
魔王ディアブロが「人間との全面戦争は望まない」という方針のため、魔族側は防戦一方を強いられていた。このままでは、ジリ貧だ。かといって、魔王様のお手を煩わせ、人間界を焦土と化すのも、あの方の本意ではないだろう。
「(何か……血を流さずに、この不毛な争いを止める手立てはないものか……)」
その時、扉が開き、当の魔王ディアブロが上機嫌で入ってきた。
「ロンウェ。いるか」
「はっ! 魔王様、ご帰還なさいませ!」
ロンウェは即座に居住まいを正す。 「して、人間界の視察はいかがでしたか? やはり、愚かな人間どもには『鉄槌』が必要かと……」
「いや、面白い『頼みごと』をされた」
ディアブロは、玉座にドカと座り、ニヤリと笑った。 「嫁からの頼みだ。私の配下の中から、骨のある『男』を数名見繕えと言われた。人間と『交流会』を行いたいとな」
「……は?」
ロンウェは、耳を疑った。侵略者である人間と、交流会?
「嫁の『友人』たちにな。……まあ、適当に見繕っておけ」
ディアブロはそれだけ言うと、興味なさげに欠伸をした。だが、ロンウェの頭脳は、その言葉を『超解釈』し、高速回転を始めた。
▶(ロンウェ)◇
(……『交流会』だと? この戦時中に? 魔王様が、ただの『遊び』でそんな命令を下すはずがない)
「(……)」
(待てよ。『嫁』……つまり、あの『マグナスの後継者』である人間の娘か。彼女の『友人』たち……。調査によれば、伯爵家の令嬢、武門の娘、商会の娘……。いずれも、将来の王国を担う可能性のある『要人』の卵だ)
(……読めたぞ!)
ロンウェは、戦慄した。
(魔王様は、配下の幹部たちを『人間の貴族』に偽装させて送り込み、彼女たちと『絆』を結ばせるおつもりだ! そして、彼女たちを魔界の技術で『強化』し、王国の『中枢』に就かせる……そうすれば、王国の内部に、強力な『親魔界派』が誕生する!)
(彼女たちが声を上げれば、強欲な王国上層部も、無益な侵略を止めざるを得なくなるだろう。……つまり、これこそが、血を流さずに戦争を終わらせる、究極の『友好政策』……!)
「(……)」
(なんという……なんという『深謀遠慮』! やはり、この御方こそ、魔界を救う至宝……!)
▶◇◇◇
「……委細、承知いたしました!!」
ロンウェは、感極まった声で叫び、深々と頭を下げた。
「魔王様の深遠なる『平和維持計画』……このロンウェ、五体投地して感服いたしました! 直ちに、選りすぐりの『精鋭』を招集し、人間の娘たちを『教育』……いえ、未来の『架け橋』となるべく、交流させる準備を整えます!」
「ん? ああ、任せる」
ディアブロは(こいつ、また勝手に盛り上がってるな)と思いながらも、面倒なので丸投げした。こうして、魔界側では、王国との友好を結ぶための、内部工作を目指す、壮大な『勘違いプロジェクト』が始動した。
◇
一方、人間界。放課後の作戦会議室。いつもなら賑やかなこの場所が、今日は重苦しい沈黙に包まれていた。
「……アリアナ」
エルザが、心配そうに声をかける。部屋の中央で、アリアナが、一通の『手紙』を握りしめて俯いていた。その手は、悔しさで震えている。
「……父様から、手紙が来たの」アリアナが、絞り出すような声で言った。「私の婚約……『ロイド公爵令息』との婚姻の儀を、早めるって」
「ロイドって……あの、キザで嫌味な?」
リリィが眉をひそめる。
ロイド・ヴァン・クリフォード。王都でも有名な、魔法の天才児だが、その性格は傲慢不遜。アリアナとは犬猿の仲であり、アリアナが最も毛嫌いしている相手だった。
「嫌だって、言えなかったのか?」
エルザが問う。
「言ったわよ! 何度も! 『私より弱い男には従わない』って!」
アリアナが、顔を上げた。その目には、涙が溜まっていた。
「そうしたら、父様が……『ならば証明してみせろ』って。来月の『学園対抗・魔術決闘戦』。 そこで、ロイドに勝てたら、婚約は白紙に戻してやる。……でも、負けたら、卒業を待たずに『即座に結婚』しろって……!」
「なっ……!?」
シノンは、言葉を失った。あまりにも、理不尽な条件。ロイドの実力は、学園でもトップクラス。アリアナも優秀だが、『天才』と呼ばれる彼との差は、現時点では歴然としていた。
「そんなの、無茶だぞ!」
エルザが立ち上がる。
「よし! だったら私が代わりにロイドをぶっ飛ばして……」
「ダメよ、エルザ」
アリアナが、首を振った。 「これは、私の『戦い』なの。……誰かに助けてもらって、その場を逃れても、結局は『家』の言いなりになるだけ。私は……自分の力で勝ちたい。自分の『自由』と『未来』を、この手で掴み取りたいの!」
その言葉には、貴族としての矜持と、一人の少女としての悲痛な叫びが込められていた。
「……でも、今のままじゃ、勝てない」
アリアナは、唇を噛み締めた。
「学園の授業だけじゃ、ロイドには届かない。……もっと、圧倒的な『何か』がないと……」
沈黙が流れる。アリアナの視線が、ふと、シノンに向いた。魔人幹部を退け、規格外の魔術を使う、謎多き転校生。そして、その背後にいる、さらに規格外な『彼氏』。
「……シノンさん」
アリアナは、意を決して、シノンの前に跪こうとした。
「あ、アリアナさん!? やめてください!」
シノンが慌てて止める。
「お願いがあります」
アリアナは、シノンの目を真っ直ぐに見つめた。
「私に……『特訓』をつけてくれる人を紹介していただけませんか?」
「え?」
「あなたの彼氏さん……ディアブロ様のお知り合いなら、きっと、常識外れに強い方がいらっしゃるはずです。私……強くなりたいの。ロイドに勝てるだけの、『本物の力』を教えてくれる……『師匠』を紹介してください!」
シノンは、アリアナの手に、自分の手を重ねた。
(アリアナさんは、本気だ。いつもの『お節介』なアリアナさんじゃない。 自分の運命を変えようと、必死にあがいている)
『友達』として。力になりたいと、心から思った。
「……分かりました」
シノンは、力強く頷いた。
「ディアブロさんに、頼んでみます。アリアナさんにぴったりの、すごい『先生』を、連れてきてもらいます!」
「ありがとう、シノンさん……!」
アリアナの目から、ついに涙がこぼれ落ちた。
◇
その夜。 シノンからの『魔力通信』を受け取ったディアブロは、軍師ロンウェを呼び出した。
「ロンウェ。例の『交流会』の件だが」
「はっ!」
「一人目は、『魔術師』がいいそうだ。嫁の友人が、魔術の『特訓』を希望しているらしい」
「(……やはり!)」
ロンウェは、内心でガッツポーズをした。(『特訓』……! つまり、魔界の魔術を人間に仕込み、王国の中枢である宮廷魔術師団に送り込めということか! 彼女たちが要職に就けば、王国と魔界の『友好』への第一歩となる……!)
「承知いたしました、魔王様」
ロンウェは、不敵な笑みを浮かべた。
「適任がおります。我が軍きっての知性派にして、冷徹なる氷の魔術師……『総指揮・魔術統括グレイ』を派遣いたします」
「うむ。任せたぞ」
こうして、シノンの「友達を助けたい」という純粋な願いと、魔界軍師の「親魔界派を育成して、平和的解決を図りたい」という切実な戦略が、 奇跡的にズレたまま合致した。
アリアナの『師匠』となる魔族との出会いは、もう目の前に迫っていた。




