第25話 品定め
王都西部・第三監視村。雑魚の掃討を終え、守備隊たちと事後処理をしていたアリアナ、エルザ、リリィの目の前に、黒い影の光が走った。
光が収まると、そこには、少し顔を赤くしたシノンが立っていた。
「シノン!」 「シノンさん!」
三人が、駆け寄る。アリアナが、シノンの体をペタペタと触って確認する。
「怪我はない!? また連れ去られて……。あの男、乱暴なことはしなかったでしょうね!?」
「むー! そうだぞ! シノンを独り占めなんて、ズルいぞ!」
エルザが、頬を膨らませる。
「ふふふ。それで? 交渉の成果は、いかがでしたか?」
リリィだけが、口だけの笑顔で冷静に核心を突いてくる。
「あ、あの……」
シノンは、三人の顔を見回した。相変わらず、この状況は、自分の求めていた普通の学生生活とはかけ離れている。けれど、胸の奥には、さっきのディアブロとのやり取りで生まれた、小さな温かさが残っていた。
(……隠すのは、やめよう。魔王だとは言えないけど、この関係については、嘘をつきたくない)
シノンは、深呼吸をして、真っ直ぐに仲間たちを見た。
「……ちゃんと、話してきました」
「話した?」
「はい。結婚とか、嫁とか、そういうのは、まだ早すぎるって」
「当然よ! 会って二回目よ!?」
アリアナが食い気味に頷く。
「だから……手順を踏んでくださいって、お願いしました」
「手順?」
「まずは、お互いを知るところから始めたい、って」
「おお! なるほど!」
エルザが、手をポンと叩いた。
「で、どうなったんだ? やっぱり友達からか?」
シノンは、少し言い淀み、頬を赤く染めて、うつむいた。
「……それが」
「……恋人、に。なりました」
「「「…………」」」
一瞬、空気が止まった。風の音だけが、ヒュウと通り過ぎる。
「「「ええええええええええ!?」」」
三人の絶叫が、またしても響き渡った。守備隊の兵士たちが、「また魔物か!?」と驚いて武器を構えるほどの大音量だった。
「こ、こ、ここ、恋人ぉ!?」
アリアナが、顔を真っ赤にして、パクパクと口を開閉させる。
「友達を通り越して!? いきなり恋人!? と、と、飛ばしすぎではなくて!?」
「あ、あの……まだ……仮みたいなものですが」
「仮とか、そういう問題じゃないわよ! 不純です! 学生として、不純異性交遊です!」
アリアナの貴族の常識回路が、ショート寸前だ。
「なるほどー!」
エルザは、うんうんと腕組みをして頷いた。
「よく分からんが、つまりシノンは、あいつの女になったってことだな!」
「え、エルザさん! 言い方!」
シノンが悲鳴を上げる。
「いいなー! 強い男の女! なんか、強そうでカッコいいぞ!」
エルザの脳筋回路は、今日も通常運転だった。
「……ふふふ」
リリィが、不敵な笑みを浮かべて、手帳を取り出した。
「おめでとうございます、シノンさん。 仮とはいえ、あの超優良物件様との独占契約……。これは、我がチームの資産価値も、爆上がりですね」
「み、みんな、大袈裟です……!」
シノンは、顔から火が出る思いだった。
騒ぎが落ち着くと、アリアナが、改めて真剣な顔でシノンに向き直った。
「……シノンさん。本当に、それでいいのね?」
「……はい」
シノンは、頷いた。
「あの人……ディアブロさん、少し強引で、常識外れですけど……。 でも、私の話を、ちゃんと聞いてくれました。 ……私、あの人のこと、もっと知りたいって、思ったんです」
その言葉に、嘘はなかった。最強の孤独を知る者同士。彼となら、分かり合えるかもしれない。
アリアナは、シノンの澄んだ瞳を見て、ふぅ、とため息をついた。
「……分かったわ。あなたがそこまで言うなら、私たちが止める権利はないものね」
「アリアナさん……」
「ただし!」 と、アリアナが、ビシッと指を立てた。 「恋人になったからには、私たち友達による品定めをさせてもらいます!」
「え?」
「どこの馬の骨とも知れない男に、私たちの大切なシノンさんを任せていいのか。 ……今度、正式に紹介しなさい! 私たちが、徹底的に面接してあげるわ!」
「おお! 面接か! 私が実技試験官だな!」
エルザが、やる気満々で拳を鳴らす。
「ふふふ。私は資産状況と将来設計の担当ですね」
リリィが、目を光らせる。
「(め、面接……!?)」
シノンは、想像しただけで頭が痛くなった。魔王ディアブロ対、アベレージ・ワン。 そんな会談が実現したら、王都が消し飛ぶかもしれない。
――その時だった。
シュウウウウ……。 シノンの足元の影から、黒い霧が立ち上った。
「「「!」」」
四人が、警戒して身構える。霧の中から、現れたのは……一輪の、花だった。見たこともない、闇色に輝く、美しい薔薇。そして、一枚のメッセージカード。
「……な、なにこれ?」
シノンが、恐る恐る、その花とカードを拾い上げる。カードには、達筆な文字で、こう書かれていた。
『――恋人のシノンへ。情熱的恋愛入門によれば、恋人には贈り物が必要らしいな。これは、私の庭に咲いていた花だ。受け取れ。
ディアブロより』
「……!」
シノンは、その不器用な気遣いに、胸がキュンとした。
(あの人、本当に本を読んで……)
だが。
「……ちょ、ちょっと待ってください」
リリィが、その薔薇を見て、顔色を変えた。彼女は、懐から鑑定用の単眼鏡を取り出し、薔薇を覗き込む。
「これ……まさか、『月光の闇薔薇』ですか!?」
「え?」
「伝説級の素材ですよ!? 魔界の深層にしか咲かないと言われている、幻の花です! 花びら一枚で、お城が建つくらいの……!」
「「「えええええええええ!?」」」
シノンの手の中で、薔薇が、とてつもなく重く感じられた。
「こ、こんなの、受け取れません!」
「いいえ! 受け取りましょう! これは資産です!」
リリィが、拝むように薔薇を見つめる。
「魔界の深層……?」
アリアナが、青ざめた顔で呟く。
「そんな場所の花を、どうやって……? あの男、本当に何者なの……?」
「むー! 花より団子だぞ! 食べられないのか?」
エルザが、花を突っつく。
「触らないでエルザ! 花粉に即死級の猛毒があるかもしれないわよ!」
「なぬ!?」
シノンの初恋は、たった一輪のプレゼントで、またしても大騒ぎを巻き起こした。恋人ととしての前途は、まだまだ多難そうだった。




