第23話 招集
作戦会議室の空気が、張り詰めた。
アリアナの、あまりにも真剣な提案。シノンの恋をサポートするため、知らぬとはいえ、魔王本人を、この場に呼び出すという、無謀な会談の提案だった。
「へ!?」
シノンの顔が青く変わっていく。
「い、今からですか!? あの人を!?」
「当然よ!」
アリアナは、シノンが仲間たちを巻き込むことへの恐怖を、恋に臆病になっている『乙女の恥じらい』だと、盛大に勘違いしていた。
「恋は、スピードが命よ! シノンさんが好きなら、私たち友達が、その『規格外男』に、シノンさんの良さを分からせないと!」
「おおー! 良さを分からせるんだな!」
エルザが、ズレたまま拳を握る。
「ふふふ。早期の交渉は、こちら側に主導権をもたらしますからね」
リリィが、ソロバンを弾く準備を始める。
「あ、あ、あの……!」
▶(シノン)◇
(ダメだ……!)
今まで、みんなの優しさに、甘えてた。『魔王なんです』って言えないから、秘密を守るために、みんなに嘘をつかせ続けてきた。
(私は、ずるい子だ……)
でも、これ以上は、ダメだ。あの魔力石で、もし本当にディアブロさんを呼んだら? アリアナさんたちが、あの人に、何か失礼を言ったら? 交渉なんて、できるわけがない。あの人は、魔王なんだから。
(……私が、止めないと)
友達だからこそ、これ以上、みんなを巻き込むわけには、いかない……!
▶◇◇◇
「……ダメ、です」
シノンは、震える声で、だが、はっきりと拒否の言葉を口にした。
「「「…………へ?」」」
アリアナ、エルザ、リリィの三人が、シノンの初めての抵抗に、目を丸くした。
「ど、どうして、シノンさん!? 私たちは、あなたの恋を、応援しようと……!」
「そうです! 私のせいで、みんなが危険な目に遭うのは、もう嫌なんです!」
「危険?」
「あの人は、アリアナさんたちが思ってるような、高位貴族とか、そういうのじゃ……! 本当に、規格外なんです! だから……! だから、これは、私の問題なんです!」
シノンは、立ち上がった。
「あの人が、私を嫁にするとか、結婚するとか……。 そういうのは、全部、私が、自分で、決着をつけますから!」
「「シノン(さん)……!」」
エルザとリリィが、シノンの覚悟に、息を飲む。シノンは、初めて受動的な態度を捨て、能動的に、自分の問題と向き合おうとしていた。
「……で、でも!」
アリアナだけが、食い下がった。彼女は、シノンが危険な男に騙されている、という勘違いから、まだ抜け出せていなかった。
「友達なんでしょう!? だったら、私たちにも……!」
アリアナが、シノンに手を伸ばした、その瞬間。
――ピピピピピ! ピピピピピ! 学園から支給されている、みんなの『魔力通信機』が、甲高い緊急招集のアラームを鳴り響かせた。
「……!?」
アリアナは、慌てて通信機を取り出す。リリィとエルザも、急いで取り出した。シノンの部屋の恋愛の空気は、一瞬で戦場の緊張感に塗り替えられた。
「学園長からだ!?」
アリアナが、通信機に映し出された文面を読み上げ、絶句した。
「《《緊急招集》》……!? 『魔人幹部が、王都北東部・旧採石場に出現した、との報告あり』……!」
「なっ……!?」
エルザが、大剣(部屋に常備)に手をかける。
「『正規軍、及び、高位冒険者チームが、現在、北東部に集結中』……。 『その影響で、王都西部の防衛ラインが、著しく手薄になっている』……!」
「……それで?」
リリィが、冷静に先を促す。
アリアナは、最後の一文を、読み上げた。
「『……よって、チーム『アベレージ・ワン』は、直ちに西部の防衛拠点である第三監視村へ急行』!」
「「「!」」」
「『魔人幹部の出現に呼応し、活性化した《《低級魔物》》が、村に接近中との報告あり』。『村の守備隊や他のチームと協力し、《《住民の避難誘導》》と、《《低級魔物の掃討》》にあたれ』……!」
「…………」
一瞬の沈黙。そして。
「よし!」
エルザが、シノンの恋バナの時とは比べ物にならない満面の笑みで、大剣を担ぎ上げた。
「久しぶりの依頼だぞ! しかも、今度は魔物掃討だ!」
「エルザ、これは遊びじゃないのよ!」
アリアナが、いつもの調子でツッコミを入れつつも、その顔には司令塔としての活気が戻っていた。
「リリィ! 西部の地図を! シノンさん! 準備はいいわね!」
「は、はい!」
シノンは、(ディアブロさんの尋問より、百万倍マシだ……!)と、心の底から安堵し、力強く頷いた。
◇
王都西部・第三監視村。そこは、王都の防壁から数キロ離れた、小さな村だった。村の守備隊たちが、避難する住民たちを誘導し、簡素なバリケードで、押し寄せる小鬼や大狼の群れと、必死に交戦していた。
「大丈夫か! 学園からの増援、『アベレージ・ワン』だ!」
転移門で駆けつけたエルザが、先頭を切って叫ぶ。
「おお! 助かる! だが、相手はただの小鬼じゃないぞ! 魔王軍の影響か、妙に統率が取れてやがる!」
守備隊の隊長が、苦しそうに叫び返す。
「アリアナ!」
「分かってるわ! 作戦は、前のゴブリン討伐の時と同じよ!」
「「「了解!」」」
「むー! さっきの報告とは、ちょっと違うみたいだな!」
エルザが、楽しそうに大剣を構える。
「だが、好都合だ! 『アベレージ・ワン』、行くよー!」
「エルザ、突撃は許可するわ! ただし、一体だけよ!」
「えー!? 一体だけ!?」
「いいから、行きなさい!」
「うりゃあああ!」
エルザが、群れのリーダー格らしき上位種めがけて、一直線に突撃する。
「リリィ! 住民の避難誘導と、負傷した守備隊の治癒を!」
「はい!」
リリィが、後方支援に回る。
「シノン! あなたは、私の護衛と、エルザの死角をカバーして! 石を詩を投げつけてちょうだい」
「はい!」
「氷槍!」
アリアナの魔術が、エルザに群がろうとした大狼を凍らせる。完璧な連携。魔人幹部との戦いを経験した彼女たちにとって、統率が取れているとはいえ、小鬼や大狼の群れは、もはや脅威ではなかった。
(……すごい。みんな、強い)
シノンは、仲間たちの戦いぶりに、改めて自分の『基礎』とは違う強さを感じていた。 ……その、時だった。
「…………?」
シノンの背筋が、凍った。
(この感じ……! 昨日、図書館で感じた、あの圧倒的な気配……! まさか! なんで、こんな安全なはずの村に!?)
シノンが、恐る恐る、村の影が一番濃い場所……誰もいないはずの教会の鐘楼の上を見ると。 そこに、彼はいた。
魔王ディアブロが、認識阻害をかけたまま、平然と、腕を組み、眼下で繰り広げられる戦闘を、つまらなそうに眺めていた。そして、シノンの視線に気づくと、パタン、と持っていた情熱的恋愛入門を閉じ、シノンに向かって、口元だけでこう言った。
『――シノン。会いに来たぞ』
「(ひいいいいい!?)」
シノンの顔から、血の気が引く。
――そして。 シノンが、魔王に気を取られた、その一瞬。村の反対側の影から、もう一つ、別の気配が、音もなく現れた。それは、シノンが撃退した、あの魔人幹部だった。
「(……見つけたぞ、マグナスの子孫……! ……ん? あの御方は……。まさか、ディアブロ様!? なぜ、あのような場所に!?)」
シノンの日常と恋。そして、過去が、今、この安全なはずの村で、鉢合わせしようとしていた。




