第21話 葛藤
シノンの顔が、カアアアッと真っ赤に染まった。密室。二人きり。そして、目の前の魔王からの、積極的な言葉。
「ち、ち、違います! これは、その、不可抗力です!」 シノンは、ディアブロから慌てて飛びのいた。
「ほう?」 ディアブロは、シノンのその反応こそが面白い、とでも言うように、楽しそうに目を細める。
「……だが、シノン。返事を聞こうか」
「へ?」
「言ったはずだ。『私と、結婚しろ』と。……その返事だ」
ディアブロは、もはや魔王ではなく、真剣な顔で、シノンに答えを催促した。
「そ、それは……! む、無理です!」
シノンは、反射的に叫んでいた。
「……なぜだ?」
ディアブロは、心底不思議そうに首を傾げた。
「貴様は、私と互角の力を持つ。そして、私と同じく、力を持て余し、平凡を望み孤独を知っている。……ならば、お前が、私の嫁となり、人生を共にする。これは、必然だろう?」
「ひ、必然……!?」
「それに」
ディアブロは、シノンの本質を、見透かしたように言った。
「……貴様も、私との遊び、楽しかったのだろう?」
「……!」
図星だった。シノンは、言葉に詰まった。
▶(シノン)◇
(……そうだ)
この人は、分かってる。私が、『何気ない』な日常を、仲間たちを、心から大切に思っていること。……そして、それと同じくらい、あの全力の戦いを、楽しいと感じてしまったことも。
(普通の学生でいたい。でも、あの最強に、惹かれてる自分も、いる)
どうすればいいか、分からない。
▶◇◇◇
「……分かりません!」 シノンは、ついに本音を叫んだ。
「分かりません……! 私は、『普通の学生』になりたかったんです! アリアナさんたちと、友達でいたかったんです!」
「……うむ」
「でも……! あなたと全力で戦ったら、……すごく、楽しかった……!」
シノンの顔が、悔しさと、恥ずかしさと、……そして、あの時の高揚を思い出したかのように、真っ赤に染まる。
「嫁とか、結婚とか、意味は分からないけど……! また、あなたと遊びたいって、思っちゃう自分も、いるんです……!」
「……」
「だから、どうすればいいか、私にも、分からないんです……!」
シノンは、自分の葛藤を、初めて、他者に、ぶつけていた。
ディアブロは、シノンのその本音を、静かに聞いていた。そして、ふっ、と。彼が纏っていた『魔王の威厳』や『冷徹な圧』が、消え失せた。代わりに、そこには、最後にシノンが見た、一人の男の、穏やかで優し気な顔があった。
「……そうか」
ディアブロが、柔らかく呟いた。
「……ならば、返事は、保留だ」
「え……?」
「貴様が、『普通の学生』と『私』の、どちらを選ぶか。……あるいは、どちらも選ぶのか。 ……せいぜい、悩むがいい」
ディアブロは、シノンが拒絶したのではなく、悩んでいるという返事に、満足したようだった。
――その時。 バタン! バタン! 資料準備室のドアが、外から激しく叩かれた。
「シノンさん! 開けなさい! 大丈夫なの!?」
アリアナの、必死な声が響き渡る。
「シノン! 埃は取れたかー!? 開けろー!」
エルザのズレた声もする。
「あ……!」 (アリアナさんたち!)
「……どうやら、貴様の友達たちが、騒いでいるようだな」
ディアブロは、ため息をつくと、懐から、黒曜石のような、美しい魔力石を取り出した。
「!」
ディアブロは、それを、シノンの手に、優しく握らせた。
「これで、私を呼べ」
「え……?」
「貴様の日常が、……あるいは、貴様自身が、私を呼ぶ準備ができた時にな」
それは、圧倒的な力の提示であり、……同時に、シノンに選択権を委ねる、初めての歩み寄りだった。
「あ……」
「返事を、待っているぞ。シノン」
ディアブロは、そう言い残すと、今度こそ、音もなく影に溶けて消え去った。
――バリンッ! ディアブロが消えた、その直後。リリィがピッキングで鍵を開け、アリアナとエルザが、部屋になだれ込んできた。
「シノンさん!」
「シノン!」
「……あれ?」
部屋には、シノンが一人だけ。真っ赤な顔で、呆然と、……何か、黒い石を握りしめて、座り込んでいた。
「シノンさん! あの男は!?」
アリアナが、シノンに駆け寄る。
「むー! また逃げられたか! シノン、その石は、あいつが落としていったのか!?」
「あ、あ、あの……」
アリアナは、シノンの真っ赤な顔を見た。それは、昨日までの恐怖や混乱の色ではなかった。明らかに、恋に悩む乙女の、それだった。
アリアナは、ハッとした。
(……待ちなさい。私たち、もしかして、とんでもない勘違いを……? 犯罪じゃなくて……? 遊びじゃなくて……?)
「……シノンさん」
アリアナが、ゴクリと息を飲んだ。
「……もしかして、あなた……。本当に、あの男のことが……」
シノンは、魔王だとは言えないが、嘘はやめる、と決めた。
「……アリアナさん、エルザさん、リリィさん」
シノンの目に、涙が、じわりと浮かんだ。顔は、真っ赤なまま。
「……私、あの人のこと……たぶん、……好きに、なっちゃったみたいです……!」
「「「…………!!」」」
シノンの、本気の告白。それが、仲間たちの勘違いを、ここで完全に終わらせた。
「「「…………えええええええええ!?」」」
アリアナ、エルザ、リリィの、今度こそ本物の絶叫が、図書館中に響き渡った。
「ほ、本気なの!? シノンさん!?」
アリアナが、頭を抱えて叫ぶ。
「おおー! 嫁になるのか、シノン! すごいぞ! 応援するぞ!」
エルザが、状況を理解せず、無邪気にシノンの背中を叩く。
「なるほど……これは、『アベレージ・ワン』として、本格的に交渉のテーブルにつく必要が、出てきましたね」
リリィだけが、目だけ笑っていない笑顔で、冷静なシノンの手の中の魔力石を、じっと見つめていた。




