第2話 はじめての友達
シノンが扉を開けると、教室内の視線が、一斉に彼女へと突き刺さった。すでに大半の生徒が席に着いており、いくつかのグループに分かれて談笑していたが、新顔の登場にぴたりと静まり返る。
(うっ……。こ、これが平凡への第一歩……!)
シノンは心の中で悲鳴を上げつつも、顔に貼り付けた『平凡な田舎娘』の笑顔は崩さない。事務員に言われた通り、ここは魔術科、騎士科、商業科などが混在する『総合クラス』。制服も、魔術師然としたローブタイプのもの、騎士科の動きやすそうなブレザータイプのもの、商業科の機能的な制服と、様々だ。
彼女が困惑して立ち尽くしていると、教室の最前列、教壇のすぐそばの席にいた小柄な少女が、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「あなたもしかして、今日からの転入生さんですか? わぁ、噂通り可愛い人!」
人懐っこい笑顔。栗色の髪をおさげにしており、商業科の制服を着ている。
「あ、えっと……はい。シノン、です。よろしくお願いします」
「私はリリィって言います! 商業科です。席、まだ決まってないですよね? こっちこっち、私の隣が空いてますよ!」
リリィと名乗った少女は、有無を言わさぬ勢いでシノンの手を取り、自分の席の隣……窓際の後ろから二番目の席へと案内した。
「ありがとう、リリィさん」
「リリィでいいですよ、シノンさん。よろしくお願いしますね!」
リリィの屈託のない笑顔に、シノンは心の底から安堵した。
(よかっ……た。最初の友達、ゲット……!)
その時、教室の扉が勢いよく開き、長身の生徒が滑り込んできた。騎士科の制服をラフに着崩し、背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。燃えるような赤い髪をポニーテールにした、精悍な顔つきの少女だ。
「あっぶねー! ギリギリセーフ! ……ん?」
息を切らせた彼女は、席に着いたばかりのシノンと目が合うと、ニカッと笑った。
「お、新顔か? 私はエルザ! 騎士科だ! よろしくな!」
「は、はい! シノンです。よろしくお願いします!」
「シノンか! いい名前だな! なんか強そうだ!」
エルザはそう言うと、シノンの前の席にどかっと腰を下ろした。
続いて、予鈴が鳴る直前、今度は静かに扉が開いた。入ってきたのは、魔術科のローブを完璧に着こなした、銀髪の少女だった。凛とした佇まい、涼しげな目元。一目で『良家のお嬢様』と分かる気品が漂っている。彼女は教室を一瞥すると、まだ空いていた、シノンの隣の席に、静かに腰を下ろした。
(うわぁ……綺麗な人)
シノンが見惚れていると、その銀髪の少女がふとこちらを向いた。
「……何か?」
「ひゃっ!? い、いえ! なんでもないです!」
「そう。私はアリアナ。魔術科よ。よろしく」
「あ、あの、シノンです! よ、よろしくお願いします!」
アリアナはこくりと頷くと、すぐに分厚い魔導書を取り出して読み始めてしまった。タイプは違えど、強烈な個性の三人に囲まれた席に、シノンは(平凡とは……)と早くも遠い目になりかける。
本鈴と共に、担任らしき中年の男性教師が入ってきた。
「はい、席に着けー。知っての通り、魔王軍のせいで世間は物騒だ。ベテラン冒険者も軍も、そっちの対応で手一杯。そこで、お前たち学生の出番というわけだ」
教師は掲示板の勅令を指差す。
「というわけで、このクラスの最初の授業は『チーム結成』だ。勅令通り、ギルド登録は必須。どうせなら、このクラス内で気の合う奴らと組め。今から三日間、お前たちは『チームビルディング』として様々な実習を行ってもらう。その結果を見て、最終的にチームを決定、ギルドに登録する」
教室がざわめく。
「最初の実習は体力測定だ! 全員、運動場に集合!」
先生の号令とともに、生徒たちはダラダラと歩き出した。
王立学園の運動場は、立派と言われる訓練場などよりも広く設備も整っていた。生徒たちはそれぞれの専門科に関わらず、基礎体力の測定を義務付けられている。
「シノンさんって、どこの科なの?」
準備運動をしながら、エルザが興味津々に尋ねてきた。
「え? ええと……一応、魔術科、なのかな? 事務の人には総合クラスって言われたけど……」
祖父に教わったのは『世間の基礎』だけだ。それが魔術なのか体術なのか、シノン自身にもよく分かっていなかった。
「へえ、魔術科か。アリアナと一緒だな!」
エルザがアリアナに声をかけるが、アリアナは「魔術師に無意味な体力測定をさせるなんて、非効率的だわ」と不機嫌そうにストレッチをしていた。
「あはは……。アリアナさんって真面目なんですね」
リリィが苦笑する。
「よし! まずは反復持久走だ! 測定器に魔力を通して、合図があるまで決められた区間を走り続けろ! 脱落者から順に記録を取る!」
教師の号令で、最初の実習が始まった。
(持久走……森での基礎訓練を思い出すなぁ……)
シノンは気合を入れた。祖父との訓練では、いつも『日の出から日没まで、山五つを往復』がノルマだった。
(でも、ダメ。ここでは平凡に。みんなと同じくらいで……)
走り始めて十分ほど。
「はぁ……はぁ……もう、ダメ……」
「騎士科以外も走らせるとか、マジありえない……」
生徒たちが次々と脱落していく。
▶(シノン)◇
(おかしい。みんな、バテるのが早すぎる)
私は軽く汗をかき始めた《《フリ》》をしながら、周囲の様子を窺う。リリィさんは早々に「私、体力ないので」と笑顔でリタイア。アリアナさんも「魔力の無駄遣い」と呟きながら、額の汗を拭っている。一番元気なのは、やはり騎士科のエルザさんだ。 「はっはー! まだまだ余裕だぜ!」 彼女は本当に楽しそうだ。
(よし。私も平凡らしく、そろそろバテておこう)
私は「はぁ、はぁ」とわざとらしく息を荒げ、少しずつペースを落とす。
「……ん?」
隣を走っていたエルザさんが、不審そうな顔で私を見た。
「シノン、お前……」
「え?」
「全然、息が上がってないぞ」
「そ、そんなことないですよ! はぁ……はぁ……き、きついなー!」
「いや、絶対ウソだろ!? 呼吸のリズムが、走り始めた時と一切変わってない! というか、汗もかいてない!」
「え!? か、かいてますよ! ほら、汗!」
私は慌てて額を拭う。……が、指先はサラサラだった。
(しまった! 平凡に疲れることに集中しすぎて、汗をかくフリを忘れてた!)
▶◇◇◇
「おい、エルザ。あいつ、ヤバくないか?」
「ああ……。転入生のシノンだろ? あいつ、魔術科だってよ」
「魔術科であの体力……バケモンかよ」
結局、シノンは、平凡な疲労の加減が分からず、エルザと共に最後まで残り、教師に「そこまで!」と止められるまで走り続けてしまった。
次の実習は「魔力放出測定」。水晶玉に手をかざし、魔力を注ぎ込む。
(よし、次こそ平凡に!)
シノンは固く誓った。祖父との訓練では、湖の水をすべて蒸発させるまで魔力を放出し続けるのが『基礎』だったが、ここではそんなことをしてはいけない。
「アリアナ・フォン・エインズワース! ……850! 流石だ、伯爵家の天才!」
アリアナの番になると、水晶が眩い光を放ち、教師が興奮した声を上げた。
「エルザ・ブレイズ! ……320! 騎士科にしちゃ上出来だ!」
「リリィ・コレット! ……150! 商業科なら十分!」
そして、シノンの番が来た。
(みんなの平均は……300くらい? いや、アリアナさんが高いから……よし、リリィさんと同じくらい、150を目指そう! それが一番平凡だ!)
シノンはそっと水晶に手を触れた。
体内に渦巻く、海のような魔力。それを、針の穴から糸を通すよりも細心の注意を払い、「150」という数値だけを意識して、ほんの少しだけ……放出した。
ピシッ。
「「「……え?」」」
シノンが手を触れた水晶玉に、一本の亀裂が入った。
「あ……」
教師が呆然と呟く。
「す、すみません! 私、なにか……」
パリンッ! 測定用の水晶玉は、内部からの圧力に耐えきれず、粉々に砕け散った。魔力『量』を測定するはずが、シノンは「150」という数値に合わせるため、膨大な魔力を『凝縮』しすぎて、測定器の許容量を超えてしまったのだ。
「……シノン君」
「は、はい!」
「君……本当に、辺境の森出身か……?」
「は、はい! 『平凡』な森です!」
「……そうか。測定不能。次」
シノンは(またやっちゃった……)と頭を抱えて席に戻った。
「シノンさん」
リリィが、いつもの笑顔だが目の笑っていない顔で、話しかけてきた。
「あなた、もしかして……とんでもない『お宝』じゃないですか?」
「へ?」
「シノン! お前、すげえな! 魔力でも私に勝つ気か!」
エルザは目を輝かせている。
「……あなた、何者?」
アリアナだけが、冷たい目でシノンを睨みつけていた。
(私の『平凡』な学園生活が、開始初日で崩壊していく……!)
こうして、シノンの『平凡』とは程遠い、規格外な学園生活の幕が、静かに(派手に)上がったのだった。




