第19話 求婚
――ええええええええええ!?
シノンの絶叫が荒野に響き渡った。
月明かりの中、完璧な美貌の魔王は、片膝をついたまま、真っ直ぐにシノンを見つめている。その赤い目には、孤独とも、好奇心とも違う、……純粋な期待のような色が浮かんでいた。
「な、な、な……!」
シノンは、真っ赤になった顔のまま、パジャマ姿で後ずさった。
「け、結婚!? わ、私と、あなたが!?」
「そうだ」
ディアブロは、平然と頷く。
「なぜだ? 貴様ら人間は、こうして求婚の儀式を踏むのだろう? 情熱的恋愛入門にも、そう書いてあったぞ」
「(『あの本』!? アリアナさんたちに没収された、あの……!?)」
シノンは、この魔王が、自分たちの作戦会議室で、あの本まで査定していたことを知り、さらに混乱した。
「い、いや、そうじゃなくて! なんで!?」
「なぜ、か」
ディアブロは、心底不思議そうに首を傾げた。彼にとって、それは、当たり前な論理的な帰結だった。
「貴様は、私と互角の力を持つ。そして、私と同じく、力を持て余し、平凡を望む孤独を知っている」
「……!」
「最強の私にとって、貴様は、この世で唯一対等な存在。……ならば、シノン。お前が、私の嫁となり、人生を共にする。これは、必然だろう?」
「ひ、必然……!?」
シノンは、その論理に、言葉を失う。この人は、本気だ。本気で「私とあなたは同じだから、結婚するのが当たり前」だと思っている。
「(どうしよう……! 返事は!? 『はい』なんて言えるわけないし、『いいえ』って言ったら……!?)」
シノンが、最強の求婚相手を前に、必死で答えを探していると、「……む」 ディアブロが、不意に、シノンの背後の空間を見た。
「……時間切れ、か」
「へ?」
「どうやら、貴様の友達が、目を覚まし始めたようだ」
「ええ!?」
ディアブロは、スッと立ち上がると、シノンに手を差し伸べた。
「……仕方ない。今日の逢引は、ここまでだ。返事は、次に聞こう」 「あ……」
「寝台まで送る。……私の嫁」
「だから、嫁じゃ……!」
シノンが、何かを言い返す前に、ディアブロは、またしてもシノンのパジャマ姿を軽々と抱きかかえた。
「きゃっ!?」
再び、シノンの意識は影に包まれ、荒野から消え去った。
◇
作戦会議室。そこは、シノンが抜け出した時と、変わらない静寂に包まれていた。
アリアナ、エルザ、リリィの三人は、シノンお手製の『|即効性・副作用無・睡眠薬草』の効果で、まだ眠りについている。
ふわり、と。部屋の影から、ディアブロが、シノンを抱いたまま姿を現した。 彼は、シノンを、そっと彼女自身の寝台の上に降ろした。
「……!」
シノンは、慌てて毛布を被る。
「……ふん」
ディアブロは、眠りこけるアリアナ、エルザ、リリィを一瞥した。
「……これが、貴様の日常か」
「……そうです」
シノンは、毛布の中から、精一杯の抵抗の目で、ディアブロを睨んだ。
「(私の、大切な日常です)」
「……そうか」
ディアブロは、そのシノンの目を見て、なぜか、楽しそうに笑った。
「ならば、その日常ごと、お前を私のものにすればいいだけだ」
「……!」
「おやすみ、シノン」
ディアブロは、そう言い残すと、今度こそ、音もなく影に溶け、完全に消え去った。
「…………」
一人、寝台に残されたシノン。
(日常ごと、私のものに……?)(結婚……)(嫁……)
シノンの頭が混乱する。いろいろなことがあった1日の疲労で、そのまま深い眠りに落ちていった。 ……自分の寝言には、気づかないまま。
◇
朝。作戦会議室に、眩しい朝日が差し込む。
「……ん……」
最初に目を覚ましたのは、アリアナだった。
「……頭が、痛い……。昨日の、ミルク……?」
彼女は、ぼんやりとした頭で、昨夜の籠城作戦を思い出す。
(そうだわ! あの規格外男は!?)
アリアナは、慌てて部屋を見渡した。
「……!」
彼女は、信じられない光景を目にする。自分が設置した、部屋の四隅の魔力障壁の古代魔導具が、……すべて、黒焦げになって、砕け散っている。
「そ、そんな……!」
アリアナの悲鳴で、リリィとエルザも、飛び起きた。
「むー……。なんだ、アリアナ、朝か……?」
「……あらら。これは、派手にやられましたね」
リリィが、冷静に、ドアと窓に仕掛けた五重の警報機の残骸を指差す。それは、ディアブロが指で摘んだ塵となっていた。
「け、結界が……! 警報機が……!」
アリアナは、真っ青になった。
「彼が、来たんだわ……! この《《鉄壁》》の守りを、潜り抜けて……!」
「なぬ!?」
エルザが、慌てて大剣を掴む。
「来たのか!? どこだ!?」
「……シノンさん!」
アリアナが、最悪の事態を想像し、シノンの寝台を見た。
(嫁にする、と言っていた……! まさか、連れ去られた……!?)
だが、シノンの寝台の膨らみは、ちゃんとそこにあった。アリアナ、エルザ、リリィは、息を飲んで、そっと寝台に近づく。
「……(スヤァ)……」
シノンは、毛布にくるまり、健やかな寝息を立てていた。無事だ。……だが、その寝言を聞くまでは。
「……ん……。ディアブロ、さん……」
「「「(!?)」」」
(ディアブロ……? 名前、聞いたわね……!)
「……結婚、なんて……。いきなり、言われても……」
「「「(けっこん!?)」」」
アリアナとエルザとリリィの目が、カッと見開かれた。
「……でも、あの戦い……楽しかった、な……。……嫁……(むにゃむにゃ)……」
「「「…………」」」
▶(アリアナ)◇
(……ま、待ちなさい)
昨夜、あの規格外男は、この部屋に来た。私たちの完璧な護衛を、突破して。そして、シノンさんに、改めて結婚を申し込み、シノンさんは、それを(まんざらでもない様子で)寝言で言っている……!?
(ど、どういうことなのーーーーー!?)
▶◇◇◇
「むー! シノン、ズルいぞ!」
エルザが、シノンの毛布をバサバサと揺さぶり始めた。
「私たちが寝てる間に、あいつと戦ったのか!? 結婚って、どういうことだ!?」
「ん……んん……?」
シノンは、激しく揺さぶられ、ようやく目を覚ました。
「……あ。……おはよう、ございます……?」
「「「おはよう(ございます)じゃない(わよ)!!!!」」」
アリアナとリリィの、絶叫が響き渡った。
「シノンさん! ディアブロって誰!?」
「結婚って、どういうことですか!? 交渉の進捗を、詳しくご報告願います!」
「あ、あ、ああ……」
シノンは、パジャマ姿のまま、仲間たちによる、昨日よりも深刻な尋問に、再び巻き込まれることとなった。




