第18話 逢引
シノンの部屋が、静まり返った。今、この部屋に魔王が来ようとしているという極限の状況で、シノンがひねり出した起死回生の一言。
「……お、お泊り会、しませんか!?」
「「「…………へ?」」」
アリアナ、エルザ、リリィの三人が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、シノンを見つめた。
「お、お泊り会……か?」
エルザが、最初に我に返った。
「おおー! いいな、それ! 楽しそうだぞ!」
「……シノンさん」
アリアナが、ゴクリと息を飲んだ。
▶(アリアナ)◇
(……そう、いうことね!)
シノンさんは、あの規格外男が、今夜、ここに来るかもしれないと、恐れている……! だから、私たち護衛に、この部屋に、泊まり込んでほしい……!
(なんて、健気な……!)
アリアナは、シノンの勇気と信頼に、胸を打たれた。
▶◇◇◇
「……ええ! いいわよ!」
アリアナは、シノンの手を固く握りしめた。
「泊まり込むわ! 今夜は、私たち三人が、絶対にシノンさんを守り抜いてみせる!」
「おおー!」
「ふふふ。そういうことでしたら、話は別ですね」
リリィが、素早く立ち上がる。
「アリアナさん。あなたはご実家に外泊許可の連絡を。私も自宅に連絡して、着替えと、……少々、護衛道具を持ってまいります」
「ええ、分かったわ!」
「エルザさんは?」
「私は寮だから、このままで大丈夫だぞ! シノンのパジャマ借りるからな!」
こうして、シノンの、お泊り会提案は、仲間たちの籠城作戦へと、盛大にすり替わってしまった。
◇
数時間後。作戦会議室は、鉄壁の要塞と化していた。
アリアナが、実家から持ち出した魔力障壁の古代魔導具を部屋の四隅に設置。リリィが、ドアと窓に、最新式の魔力式・侵入警報機を、五重に取り付けている。エルザは、シノンの小さなパジャマを着て、ベッドの上で大剣を振り回していた。
「よし! これで完璧だ! かかってこい、嫁の男!」
「エルザ、ベッドの上で剣を振らないの!」
▶(シノン)◇
(あああ……。終わった……)
これじゃ、みんなに気付かれずに抜け出すなんて、絶対に無理。かといって、魔王が、この部屋に入ってきたら……。アリアナさんの障壁も、リリィさんの警報機も、あの人の前じゃ、絶対に無意味だ。
(どうしよう……! 今夜、ディアブロさんが来たら……!)(アリアナさんたちと、鉢合わせ……!)(アリアナさん、本気で攻撃しちゃう……!)(エルザさん、本気で戦いに行っちゃう……!)(リリィさん、本気で査定しちゃう……!)
思考が混線する。様々な不安が浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
▶◇◇◇
「……シノンさん」
アリアナが、不安そうなシノンの隣に座った。
「大丈夫よ。私たちがついてるわ」
「むー! そうだぞ、シノン! 私たち『アベレージ・ワン』は、最強なんだからな!」
「ふふふ。ご安心ください。あの超優良物件様が、シノンさんの日常を脅かすというなら、……商会が、全力で交渉にあたりますので」
「み、みんな……」
シノンは、仲間たちの最高に温かい友情に、嬉しさと、申し訳なさで、泣きそうになった。
(……こうなったら、ヤケだ! とにかく、みんなを、ディアブロさんが来る前に、寝かしつけよう!)
「あ、あの! 皆さん! 夜も更けてきましたし、私が、温かいミルクでも、淹れましょうか!?」
「おお! 飲むぞ!」
「気が利くわね、シノンさん。ありがとう」
「いただきます」
シノンは、キッチンに立つと、ミルクを温めながら、こっそりと懐から小さな薬草袋を取り出した。
『じいちゃん直伝、『基礎』薬草学』
熊でも三秒で眠る、|即効性・副作用無・睡眠薬草』……!
四つのミルクに、気づかれないよう、完璧な分量で薬草を混ぜ込む。 シノンは耐性があるので効果がないので、どのカップを誰がとってもいいようにした。
(みんな、ごめんなさい……!)
「はい、どうぞ!」
「「「ありがとう!」」」
三人は、シノンの優しさに感動し、そのミルクを、何の疑いもなく、一気に飲み干した。
数秒後。
「……あれ? なんだか、急に……」アリアナの言葉が、途切れた。
「むー……。シノン……。串焼き……(スヤァ)」エルザが、大剣を抱いたまま、幸せそうに寝息を立て始める。
「……これが、睡眠……導入……。シノンさんの、資産……(スピー)」
リリィも、ソロバンを握ったまま、静かに眠りに落ちた。
「(よ、よし……! 寝た……!)」
シノンは、三人に毛布をかけ直すと、いよいよ脱出の準備を始めた。リリィが仕掛けた、五重の魔力式・侵入警報機。
(じいちゃんの『基礎』解錠術……)
シノンは、魔力の糸を針のように細くし、警報機の回路に、直接触れずに差し込み、アラームの魔力循環だけを一時的に停止させる。『基礎』の前では、最新式の魔導具も、無力だった。
(よし、完璧!)
シノンは、そっと窓に手をかけ、鍵を開けた。
「――遅かったな、シノン」
「ひゃっ!?」
シノンが振り返ると。部屋の真ん中。アリアナたちの結界が張られている《《はず》》の空間に、魔王ディアブロが、平然と立っていた。 いつから? どこから?
「な、なんで……!? 警報機も、結界も……!」
「ああ、それか」
ディアブロは、リリィが仕掛けたアラームを、指でつまむ。 「こんな玩具で、私を防げると思ったか?」
パリン、と。アラームが、ディアブロの手の中で、魔力の塵となって消えた。
「……!」
護衛も、何もかも、無意味だった。シノンは、自分の仲間たちの日常が、この男の気分一つで、簡単に壊されてしまうことを、改めて痛感した。
「……さて」
ディアブロは、眠っているアリアナたちを一瞥した。
「これが、貴様の友達……騒がしい連中だな」
「……!」
「約束通り、逢引に来たぞ、シノン」
「ま、待ってください! みんなが、起きちゃ……!」
「ならば、静かにしろ」
ディアブロは、シノンが何か言う前に、その体をお姫様抱っこで軽々と抱きかかえた。
「きゃっ!?」
「せっかく寝た友達が、起きるぞ?」
ディアブロが、シノンの耳元で、楽しそうに囁く。シノンは、抵抗しようにも、仲間たちを起こすわけにもいかず、身動きが取れない。
「では、行こうか。……私の嫁」
ディアブロは、シノンを抱いたまま、アリアナが設置した魔力障壁と、シノンの部屋の壁そのものを、まるで最初から存在しなかったかのように、すり抜けて外に出た。
シノンの意識が、影に包まれ遠のいていく。部屋には、深い眠りに落ちた三人と、作動しなかった警報機の残骸だけが残された。
◇
再び、あの闘技場の荒野。ディアブロは、シノンをそっと地面に降ろした。シノンは、自分がパジャマ姿のまま、連れてこられたことに気づき、顔を真っ赤にした。
「な、何するんですか! いきなり!」
「逢引の邪魔が入ったから、場所を変えただけだ。……それにしても、シノン」
ディアブロは、シノンのフリルのついたパジャマ姿を見て、楽しそうに目を細める。 「随分と、無防備な戦闘服だな?」
「こ、これは戦闘服じゃなくて、パジャマです!」
「パジャマ? ほう……。それが寝間着か。面白い」
「それより!」
シノンは、恥ずかしさを振り払い、昨夜からずっと聞きたかったことを、叫んだ。 「嫁って、一体、何なんですか!?」
「……」
ディアブロは、きょとん、とした顔をした。
「……言葉通りの意味だが? ああ、そうか」
ディアブロは、ポン、と手を打った。
「貴様ら人間は、夫婦になる前に、求婚という儀式が必要だったな」
「へ?」
ディアブロは、シノンの前に、すっ、と片膝をついた。月明かりに照らされた、完璧な美貌。その赤い目が、真っ直ぐに、シノンだけを射抜いている。
「シノン。 ――私と、結婚しろ」
「………… ………… …………ええええええええええ!?」
シノンの絶叫が、またしても、荒野に響き渡った。




