第16話 狂詩曲と狂騒曲
図書館裏の、渡り廊下。魔王ディアブロが影に溶けるように消え去った後、そこには、呆然と立ち尽くす三人と、その場にへたり込んだシノンだけが残された。
「「「……消えた!?」」」
アリアナ、エルザ、リリィの、驚愕の声が重なった。
「……行った」
シノンは、緊張の糸が切れ、その場から動けなかった。
「シノンさん!」
真っ先に我に返ったアリアナが、シノンに駆け寄る。
「大丈夫!? ……とにかく、ここは危険だわ! すぐに『|アベレージワン作戦会議室』に戻るわよ!」
「おお! そうだな!」
「はい、それがよろしいかと」
エルザとリリィも即座に同意し、アリアナがシノンの腕を取り、リリィがエルザを促す。 四人は、周囲の学生(誰にも気づかれていない)に怪しまれないよう、早足で(しかし平静を装い)、その場を後にした。
チーム『アベレージ・ワン』の作戦会議室。
ドアが閉められた瞬間、アリアナは、リリィが、いつの間にか用意していた《《立入禁止》》の札をドアノブにかけた。
そして、三人は、部屋の中央に座らされたシノンを取り囲む。緊急会議という名の、お泊り会の時とは、明らかに空気が違った。……シノンに対する尋問が、始まったのだ。
「シノンさん」
アリアナが、シノンの両肩を掴み、恐ろしいほどの形相で詰め寄った。
「単刀直入に聞くわ! あの男は、一体、何者なの!?」
「え!? あ、あの……」
「転移魔術よ! それも、空間座標を指定しない、自由転移! あんなの、教科書でしか見たことないわ! 宮廷魔術師の筆頭クラス……ううん、それ以上よ!」
アリアナは、貴族令嬢として、そして魔術師として、パニックに陥っていた。
あんな規格外の男が、シノンに嫁などと、言い寄っている。昨日の「どこの貴族!? 近衛騎士に突き出してやるわ!」などというレベルの話では、まったくない。国が、ひっくり返るレベルの超重要人物だ。
「し、シノン!」
エルザも、興奮を隠せない。
「あいつ、絶対、私より強いぞ! 遊びって言ってたけど、シノン、あいつと全力で戦ったんだろ!?」
「あう……!」 (戦いました、とは言えない……!)
「シノンさん」
リリィが、笑顔で、一枚の紙を広げた。そこには、シノンと彼の関係性について、びっしりと査定項目が書き出されていた。
「その方のご身分は? ご年齢は? ご職業は? 資産は、どのくらいお持ちで? あ、でも、あの転移魔術が使えるなら、資産価値は測定不能ですね……!」
「ああああ……!」
三者三様の尋問に、シノンはキャパシティ・オーバーを起こしていた。
▶(シノン)◇
(どうしよう、どうしよう、どうしよう!)
言えるわけがない! 言ったら、アリアナさん、泡を吹いて倒れちゃう。エルザさんは、「魔王と戦うぞ!」って、一人で突撃しちゃうかも。リリィさんは……魔王の資産価値とか、査定し始めそう……。
(ダメだ。絶対に言えない)
▶◇◇◇
「シノンさん! 黙ってないで!」
「そうだぞ、シノン! いいなー、あんな強いヤツと遊べるなんて!」
「ふふふ。シノンさん、これは『アベレージ・ワン』の将来に関わる、重大な投資案件ですよ?」
「ち、違います! あの……!」
シノンは、必死に言い訳を捻り出した。
「あの人は、その……私が本を探しに行った時に、たまたま会った人で……!」
「「「(たまたま!?)」」」
「嫁っていうのも、たぶん、あの人の冗談か、何かの勘違いで……!」
「(冗談であんな圧を!?)」
「(冗談で転移魔術を!?)」
「(冗談で嫁かー! 豪快だな!)」
「そ、それで! 私、アリアナさんたちに用事があるって言ったのに、しつこく遊ぼうって言うから……!」
「……それで、どうしたの?」
「『友達が待ってるから、ダメです!』って、断りました!」
シノンは、胸を張って真実を告げた。
「「「…………」」」
三人は、シノンのその真実を聞いて、また、固まった。
「……シノンさん」
アリアナが、わなわなと震え始めた。
「あなた……あの規格外レベルの男からの、お誘いを……」
「友達が待ってるからって……」
「……《《断った》》!?」
「「「(シノン(さん)……!!!)」」」
三人の心が、一つになった。
アリアナは、(ああ、シノンさん、あなたはなんて友達想いの、良い人なの……!)と、感動に打ち震えた。
エルザは、(そうだ! 嫁の男より、仲間が大事だよな、シノン!)と、友情に胸を熱くした。
リリィは、(……なるほど。あの超優良物件様は、シノンさんに惚れていて、シノンさんは、まだ友達を選んだ、と……これは、交渉次第で、とんでもない利益が……!)と、ソロバンを弾き直した。
「よし、決めたわ!」
アリアナが、シノンの両手を、今度は仲間として、固く握りしめた。
「シノンさんが、あの規格外男に、これ以上しつこく言い寄られないように……!」
「私たち『アベレージ・ワン』が、シノンさんの護衛をします!」
「おおー! 護衛か! あいつと戦えるんだな!」
「むー! アリアナ、また私のセリフ取ったな!」
「ふふふ。よろしいんじゃないですか? シノンさんの日常を守る、大切な任務ですね」
「え!? 護衛!? だ、大丈夫です! 私、一人で……!」
「「「ダメ(です)!」」」
こうして、シノンの学園生活は、仲間たちによる『魔王からの、護衛任務』という、新たなステージへと、突入してしまった。
シノンは、仲間たちの最高に温かい友情に包まれながら、(……あの人、また来るって、言ってたなぁ……) と、今度こそ、本気で不安を感じるのだった。




