第14話 帰還と相談
――『よめ』!?!?!?
シノンの絶叫が、原型を留めない荒野に響き渡った。その叫びに反応したのは木霊だけだった。魔王ディアブロは、シノンの力に満足し、そして、シノンの平凡への渇望を知り、一方的な求婚だけを残して、去ってしまった。
「……」
シノンは、真っ赤になった顔のまま、その場に立ち尽くす。風が、ボロボロになったシノンの制服を、冷たく撫でていった。
「……って、そうじゃなくて!」
シノンは、ぶんぶんと頭を振って、我に返った。
「ここ、どこ!? ていうか、私、どうやって帰ればいいの!?」
見渡す限り、荒野。クレーターだらけの大地。人の気配どころか、地平線以外は何も見えない。
▶(シノン)◇
(お、落ち着け、私)
まずは状況確認。魔王は、私をここに転移させた。そして、私を置いて帰った。
(……ひどくない!?)
いや、それより。
(アリアナさんたちが、心配してる……!)
私は、本を探しに来たことになってる。クレープも、まだ食べ終わってない。
(早く帰らないと。……でも、どっち?)
私は、目を閉じ、意識を集中させる。じいちゃんとの『基礎訓練』。索敵……森の気配、魔力の流れ、大地の声。 五感すべてで、日常の気配を探す。
(……あった)
遥か遠く……地平線のずっと向こう。 たくさんの人の気配……その中にある……温かな知っている気配が3つ集まっている場所。間違いない。あそこが王都だ。
(……遠い。……けど!)
▶◇◇◇
シノンは、深く息を吸い込んだ。『基礎』呼吸法。脚に気を集中させた。
(じいちゃんとの『基礎訓練』じゃ、日の出から日没まで、山五つを往復するのが『基礎』だった。それに比べれば、この距離なら……!)
ドンッ! シノンは、大地を蹴った。彼女の体は、常人には目で追えないほどの速度で、荒野を疾走し始めた。
◇
それから数時間。月が昇り始めた頃。王都の門に、一人の少女が、息一つ切らさず、たどり着いた。
シノンは、衛兵に全力疾走して息を切らしたフリをして、学生証を見せて門をくぐる。
(間に合った……いや、間に合っていない。本……! 忘れ物を探すって言ったのに、手ぶらだ……!)
シノンは、本屋に滑り込み、店主に「あ、あの、何か一冊ください!」と頼み込み、適当な本を一冊、ひったくるように購入した。
シノンが手に取っていた本は、『初めてでも分かる! 情熱的恋愛入門』だった。
◇
チーム『アベレージ・ワン』のたまり場ともなっているシノンの部屋。そこでは、アリアナ、エルザ、リリィが、シノンの帰りを待ちわびていた。
「……遅い」
アリアナが、落ち着きなく窓の外を眺めている。
「シノンさん、ただの忘れ物じゃなかったんじゃ……」
「むー! お腹空いたぞ!」
「エルザ、夕飯前だからダメよ。……でも、リリィ、忘れ物に何か、心当たりは?」
「ふふふ。どうでしょう。ですが、シノンさんなら、大丈夫ですよ。……あ、噂をすれば」
ガチャリ。扉が開き、シノンが飛び込んできた。
「ご、ごめんなさい! 遅くなりました!」
「「「シノン(さん)!」」」
三人が、一斉に駆け寄る。
「シノン! 遅かったぞ!」
「あなた、その埃まみれの格好……! 本を探して、どこをどう転んだの!?」
「あ、あはは……。その、本、見つかりました!」
シノンは、証拠として、慌てて買った本を掲げた。
「「「…………」」」
三人は、その本のタイトル『情熱的恋愛入門』を見て、ピタリ、と固まった。
「え? あの……?」
「……シノンさん」
アリアナが、震える声で尋ねる。
「……あなた、この本を、そんなに必死になって……探していたの……?」
「へ? あ、はい!」
「な、なるほどー!」
エルザが、何か合点がいった顔で、手を叩いた。
「シノンは、ついに恋に目覚めたんだな!」
「へ!?」
シノンが素っ頓狂な声をあげた。
「ふふふ……」
リリィだけが、いつもの目が笑っていない笑顔でシノンの顔をじっと見つめている。
「……シノンさん。これは、なかなかの情報ですね。……詳しく、お話を聞かせてもらいましょうか?」
◇
その夜。シノンの部屋で、『緊急会議』が開かれていた。シノンは、今日の出来事を、どう話すべきか、悩んでいた。
(魔王と会った、なんて、言えるわけない。『全力で戦って、楽しかった』なんて言えない……アリアナさんたち、今度こそ私を化け物だと思うかも……でも……あの最後の言葉……『シノン。貴様は、今日から私の嫁だ』、か。嫁って、何……? じいちゃんの『基礎』には、入ってなかった……そうだ! みんなは平凡の専門家だ。……魔王とか戦いの部分を隠して、恋愛の部分だけ、相談してみたら……?)
シノンは長々と葛藤していた。答えの出ない迷路に迷い込み、意を決して口を開いた。
「あ、あの……!」
シノンは、三人に切り出した。
「恋愛について、相談が……」
ゴクリ。アリアナ、エルザ、リリィの三人が、一斉に息を飲んだ。
「ど、どうしたの、シノンさん、急に……!」
「おお! やっぱり、あの本のせいだな!」
「ふふふ……。どうぞ、ごゆっくり」
シノンは、真っ赤になりながら、今日の出来事を、必死に説明した。
「そ、その……今日、本を探しに行った時に、会った人なんですけど……」
「どんな人なの?」(アリアナが好奇心に満ちた目をしている)
「すごく、強くて……」
「おお! 強いのか! いいな!」(エルザを拳を振り上げて興奮している)
「あと、すごく……綺麗、な人で……ちょっと、意地悪で……」(魔王の人間体)
「(高位貴族……!?)」
「それで……その人と、ちょっと、遊びまして……」
「「「遊び!?」」」
三人の声が、裏返る。
「は、はい! 全力で遊びました! それが、すごく楽しくて……!」
「「「全力で、楽しい……!?」」」
三人の想像は、とんでもない方向へと、加速していく。
シノンは、一番聞きたかったことを、叫ぶように言った。
「その人が、別れ際に……! 私のこと、嫁に、するって……!」
「「「…………」」」
部屋が、静まり返った。
「…………」
「…………」
「…………」
「……よめ!?」
アリアナが、ついに叫んだ。
「シノンさん! それ、ダメよ! 絶対ダメなヤツよ!」
「ええ!?」
「会ったその日に、全力で遊んで、嫁!? それは恋じゃなくて犯罪よ! どこの貴族!? 近衛騎士に突き出してやるわ!」
アリアナが、貴族令嬢としての正義感で、本気で怒り始めた。
「おおー! 嫁か! すごいなシノン! もう結婚か!」
エルザは無邪気に祝福をしている。
「ふふふ……」
リリィだけが、笑顔で、ソロバンを弾き始めていた。
「(シノンさんが、高位貴族と、ご成婚……。これは、とんでもない資産価値の変動……!)」
「あ、あの……! ち、違うんです! 遊ぶっていうのは、その……!」
「シノン! 相手は誰だ! 私が挨拶しに行ってやる!」
「シノンさん! 今すぐ、その『情熱的恋愛入門』を捨てなさい! 変な知識ばっかりつくから!」
シノンは、仲間たちの、盛大な勘違いによる優しさに包まれながら、(……嫁って、何……!?) と、今夜、眠れそうになかった。




