第12話 平凡と魔王
学園長の指示通り、チーム『アベレージ・ワン』の活動は、一時的に休止となった。
王都も、表向きは平静を装っているが、防衛ラインの《《警ら》》が強化され、ギルドも正規軍も、水面下で慌ただしく動いている。
そんな中、シノンは一人、教室の窓から、いつも通り中庭を眺めていた。
あの森林での一件以来、三人は以前とまったく変わらずに接してくれている。エルザは、相変わらず「手合わせしろ!」と無邪気に絡んでくるし、アリアナは「また脳筋なことを……」とツッコミを入れ、リリィは「ふふふ」と楽しそうに眺めている。
(……ありがたい、な)
自分の『基礎』がバレて、嫌われるかもしれない、怖がられるかもしれない、と思っていた。でも、三人は仲間として、受け入れてくれた。活動休止は残念だけど、この日常が続いていることが、何よりも嬉しかった。
「シノーーーン!」
放課後。一人で帰ろうとしていたシノンの背中に、エルザの元気な声が飛んできた。振り返ると、アリアナもリリィも一緒だ。
「むー! シノン、一人で帰ろうなんてズルいぞ!」
「え? あ、でも、チーム活動は休止、だから……」
「「「はぁ?」」」
三人の声が、綺麗に重なった。
「何言ってるの、シノンさん」
アリアナが、呆れたように腰に手を当てる。
「チーム活動が休止なだけで、友達の活動は休止じゃないでしょう?」
「え……? 友達の、活動……?」
エルザが、シノンの両手をがしりと掴んだ。
「そういうこと!」
「だから、遊びに行くぞ! 女子高生の放課後ってやつだ!」
「ふふふ。エルザさん、珍しくアリアナさんの受け売りですね」
「なぬ! これは私が考えたんだぞ!」
リリィが、いつもの笑顔で言う。
「中央市場に、新しくクレープ屋さんができたって、ご存知ですか? 今なら《《学生割引》》もあるそうですよ」
「クレープ……!」
シノンは、その単語を知っていた。
行商人が置いていったパンフレットに載っていた、平凡な女の子が、放課後に食べる、最高に甘いお菓子。
「……行く! 行きます!」
シノンは、心の底からの笑顔で頷いた。
◇
王都の中央市場は、数日前のリリィが解決した盗難事件が嘘のように、活気を取り戻していた。あの兄妹も、果物屋で必死に働いているのが見えた。
「わぁ……!」
シノンは、生まれて初めて食べるクレープを両手に持ち、目を輝かせた。
「おいしい……! 甘くて、柔らかくて……! これが、放課後の味……!」
「おお! シノン、こっちのチョコバナナも美味いぞ!」
「エルザ、口の周りがチョコだらけよ。はしたないわね」
「ふふふ。アリアナさん、こっちの新作も、なかなかの資産価値ですよ」
四人は、他愛のない話をして、笑い合って、甘いものを食べる。魔人幹部のことも、クレーターのことも、『基礎』のことも、誰も口にしない。シノンが夢見ていた、当たり前で、キラキラした日常が、そこにはあった。
(……ああ。まだ、続いてるんだ)
シノンは、仲間たちの優しさに、再び目頭が熱くなるのを感じた。
――その、時だった。
「…………?」
シノンは、ふと、クレープを食べる手を止めた。背筋が、凍った。喧騒に満たされた市場の中で、一瞬、空気が止まったような感覚。
(……この感じ)
あの森で感じた、魔人幹部の嫌な感じ。それとは、比べ物……いや、次元が違う。魔人幹部が狼だとしたら、今感じたのは、天を覆うドラゴンといった感じのもの。
圧倒的な気配。それは、市場の喧騒から少し離れた、大聖堂の裏手にある、人気のない広場の方角からだった。
「……シノン? どうしたんだ?」
「むー? お腹でも痛いのか?」 エルザが、不思議そうにシノンの顔を覗き込む。
▶(シノン)◇
(ダメだ……!)
これは、アリアナさんたちを巻き込んじゃいけない《《何か》》だ。魔人幹部より、遥かに、遥かに、強い。
(私が行かないと……でも、なんて言えば……)
「あ……!」
必死に平凡な言い訳を探した。
「ご、ごめんなさい! さっき買った本、どこかに忘れ物しちゃったかも!」
「え!? 大丈夫?」
「私、ちょっと探してきます! みんなは、学園に戻っててください!」
「あ、待ちなさいシノンさん!」
アリアナの制止も聞かず、シノンはクレープをリリィに押し付けると、仲間たちに背を向け、気配のした方角へと走り出した。
(みんな、ごめんなさい……!)
私が招いたことなら。一人で、終わらせないと。
▶◇◇◇
大聖堂の裏手。そこは、王都の喧騒が嘘のように静まり返った、古い石畳の広場だった。 広場の中央、噴水の縁に。一人の青年が座っていた。
夕焼けと同じ、赤い目。美しい、としか言いようのない顔立ち。漆黒の髪。彼がそこに《《いる》》だけで、周囲の空間が歪んでいるかのような、圧倒的な存在感。
「…………」
シノンは、その青年の前に立ち止まり、息を飲んだ。間違いない。あの気配の主。
青年は、シノンが来たことに気づいていたはずなのに、ずっと噴水の水面を眺めていたが、やがて、ゆっくりと顔を上げた。そして、シノンを見ると、品定めするように、静かに微笑んだ。 その微笑みは、神々しいほど美しく、……底知れないほど、冷たかった。
「……待っていたよ」
青年の声が、広場に響く。
「マグナスの、子孫」
「……!」
シノンは、全身の神経を集中させ、警戒態勢を取った。
(マグナス……じいちゃんの名前を知ってる……!)
「……あなたは、誰、ですか」
「私か?」
青年は、心底楽しそうに、冷徹な威厳を纏って立ち上がった。
「我が名は、ディアブロ。……お前に部下が、世話になったようだ」
「……!」
魔人幹部……と、いうことは、この男が魔王。彼こそが、魔王ディアブロ本人だった。
「礼儀として、私も貴様の力を、直々に確かめに来た」
ディアブロは、シノンに向かって、ゆっくりと歩み寄る。
「どうだ、小娘。……ここで私と、良いことをして遊ばないか?」
魔王の、その圧倒的な圧を前に、シノンはと、ゴクリと唾を飲んだ。 だが、逃げられるとも思えなかった。
(やるしか、ない……!)
シノンは、あの森で幹部と対峙した時と同じ、『基礎』の構えへと、静かに移行しようとした。




