第11話 帰還
アリアナは、司令塔として即座に冷静さを取り戻した。
もう、四人の間に確認の言葉は必要なかった。『シノンを守る』。その意思は、今、この瞬間に統一されたのだ。
「……さて!」
アリアナは、パン、と手を叩き、いつもの調子で指示を飛ばす。
「エルザ! まだ動けるわね! 予備の魔力信号を準備して。ギルドに救援と報告よ!」
「おお!」
「リリィ! あなたはエルザの応急処置を! シノンは周囲の警戒を!」
「はい!」
「了解です!」
エルザが、魔力信号を空高く打ち上げた。赤い光が、王都の方角へ飛んでいく。
ギルドの職員が駆けつけるまでの、数分間。四人は、クレーターや魔人幹部の話には触れず、負傷したエルザや、幹部と遭遇した直後に魔力信号が飛ばせなかったことなど、事務的な会話を交わしていた。
ほどなくして、ギルドの職員たちが森に到着した。
「無事か学生たち! 魔人は!?」
職員たちが、エルザの怪我と、シノンの足元のクレーターを見て、息を飲む。
「……それが」
アリアナは、一歩前に出ると、一切の動揺も見せず真実を告げた。打ち合わせも、練習もしていない。だが、アリアナには、仲間たちが完璧に合わせてくれるという確信があった。
「報告します。私たちは、魔人幹部と偶然遭遇しました。魔力信号は、即座に破壊され、使用不能に」
「なんと……!」
「私たちは、交戦を余儀なくされましたが、歯が立ちませんでした。エルザも一撃で戦闘不能に」
「む……!」
エルザが、悔しそうに顔を伏せる
「ですが」
アリアナは、堂々と続けた。
「幹部が、我々にとどめを刺そうと、大規模な魔術を行使した際、……何らかの暴発を起こしました」
「……暴発、だと?」
ギルドの職員が、怪訝な顔をする。
「はい。原因は不明ですが、幹部の魔術が自らの足元で暴発し、地面が陥没。幹部は、その衝撃で深手を負ったようでした。……その後、『マグナスの……』と、謎の言葉を残し、撤退していきました」
「……」
職員たちは、アリアナの報告と、目の前のクレーターを見比べ、ゴクリと息を飲んだ。
「なんという魔力の暴発だ……。運が良かったな、君たち」
「はい。本当に、幸運でした」
リリィが、完璧な笑顔で、アリアナの報告を補強した。
「ともかく、全員生還したのは幸運だ。エルザ君の怪我もある。すぐに王都に戻るぞ」
こうして、四人はギルド職員の護衛のもと、王都へと帰還した。
◇
学園長室。四人は、緊張した面持ちで、学園長と、ギルドマスターの前に立っていた。ギルド職員からは、すでに報告が上がっている。
「……無事だったか! よくぞ生きて戻った!」
学園長が、四人の姿を見て安堵の声を上げる。
「して、幹部は!? ギルド職員からは『魔術の暴発』と聞いたが……! いったい何があった!」
アリアナが、代表して一歩前に出る。
「……はい」
アリアナは、すぅ、と息を吸い込んだ。彼女は、先ほどギルド職員にした報告と『一言一句違わぬ』完璧な報告を、再び堂々と繰り返した。
「……その後、『マグナスの……』と、謎の言葉を残し、撤退していきました」
「「「…………」」」
学園長は、アリアナの顔をじっと見つめた。アリアナも、その視線を逸らさない。リリィは、完璧な笑顔でアリアナの横に控えている。エルザは、唇を噛んで俯いている。
「……マグナスだと!!」
学園長は勢いよく立ち上がった。大きく息を吐くと静かに座った。
「……マグナス、の名が出たか。……そして、術の暴発。……分かった。君たちの報告を、ギルドと正規軍に引き継ごう。何よりも、学生が生還してくれて良かった。……本日は、もう休みなさい。チーム活動も、追って指示があるまで、一時休止とする」
「……ありがとうございます」
四人は、深く頭を下げ、学園長室を後にした。
◇
学園長室を出た、その帰り道。アリアナの機転と、エルザ、リリィの阿吽の呼吸によって、四人は無事に学園長への報告を終えた。張り詰めていた空気が、ようやく解ける。
「……はぁ」
アリアナが、壁に手をつき、心底疲れたように息を吐いた。
「……疲れたわ。魔術を使うより、何倍も疲れた……」
「おおー! アリアナ、すごいぞ! さっきの、完璧だったな!」
エルザが、打撲の痛みを忘れたかのように、無邪気にアリアナの背中を叩く。
「いっ……! エルザ、あなたねぇ……!」
「ふふふ。完璧な報告でしたね。学園長様も、ギルドの方も、私たちの報告を信じてくださったようですし」
リリィが、いつもの笑顔に戻っている。
「あ、あの……!」
三人の後ろを、ずっと俯いて歩いていたシノンが、意を決して駆け寄った。そして、三人の前で、深く、深く、頭を下げた。
「……ごめんなさい! 私のせいで、みんなに――」アリアナが言葉を遮った。「シノン! 事実を言ったまでよ!」と、笑顔で、シノンの頭をぽん、と叩いた。
「なーに暗い顔してるんだ! 仲間だろ、私たち!」
「え……?」
「お前が、私たちを助けてくれたんだ! だから今度は、私たちがお前を守る番だ! そうだろ、アリアナ!」
「……! ま、まあ、そういうことよ。あなたは、私たちの大切な戦力なんだから、変なところに引き抜かれたら困るの」
アリアナが、顔を赤くしてそっぽを向く。
「ふふふ。エルザさんの言う通りですよ、シオンさんは仲間、あの報告が事実です」
「みんな……!」
シノンの目から、涙がこぼれそうになった。『仲間』。その言葉が、今、何よりも温かかった。
◇◇◇
――その頃。どこかの、薄暗い玉座の間。逃走した魔人幹部が、玉座の影に跪いていた。
「……それで? 『鋼のグリフォン』を始末したお前が、たかが学生ども四人に、手こずったと?」
玉座から、声が響く。それは、若く、涼やかで、……それゆえに、底知れぬ圧を持つ男の声だった。
「も、申し訳ありません、我が王……ディアブロ様!」
幹部は、震えながら報告する。
「……三人は、取るに足らない雑魚でした。ですが、最後の一人……あの小娘は、違いました」 「ほう?」
「……マグナス。あの『マグナス』の『武』を使う、後継者でした。『影界』を、ただの『踏み込み』一つで……!」
「…………」
玉座の主……魔王ディアブロは、その報告を聞き、初めて、退屈そうに組んでいた足を、組み替えた。
「……マグナス。……ああ、いたな。唯一、私を封印してみせた、あの忌々しい人間の爺が」
ディアブロは、立ち上がった。
「その子孫が、いたか。……面白い」
幹部の報告は、数十年ぶりに、魔王の退屈を破った。
「……退屈していたところだ」
玉座の影から、ディアブロが姿を現す。その姿は、魔王というよりは、美しい人間の青年のようだった。
「その玩具、私が直々に、確かめに行くとしよう」
その赤い目が、愉悦に、細められた。




