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女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
=== 001 ===

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第10話 護身術

 静まり返った森の中。アリアナとリリィは、動くことのできない影の中で、息を飲んだ。先ほどまで、ただの転入生だと思っていた少女が、今、あの『鋼のグリフォン』を壊滅させた『魔人幹部』と、一対一で対峙している。


 シノンの纏う空気が、変わった。その構えは、どんな達人騎士の型とも違う。だが、そこから放たれる気の圧力は、魔人幹部が展開した『影界(シャドウ・フィールド)』そのものを、ビリビリと震わせていた。


「……貴様、その構えは……!」


 幹部の赤い二つの目が、初めて動揺を見せた。


「……まさか、マグナスの……!?」


 その名が出た瞬間、幹部は答えを確信したかのように、シノンから距離を取った。目の前の小娘は、マグナスその人か、あるいは、その後継者なのか、と。


「……小娘(きさま)を殺す……!」


 幹部は、アリアナたちにしていた手加減を完全に捨てた。足元の影が、爆発的に膨れ上がる。数十本の、鋭利な影の槍が形成され、シノンめがけて一斉に射出された。


「シノンさん!」


 アリアナの悲鳴が響く。


 だが、シノンは動かない。迫り来る影の槍の、その流れを、五感すべてで読み切っていた。


▶(シノン)◇


(……遅い)


 じいちゃんとの『基礎訓練』。暴風竜(テンペストドラゴン)が吐き出す、何百もの真空の刃を避けながら、岩山を駆け上がる訓練に比べれば。目の前の影の槍は、あまりにも遅く、大振りで、隙だらけに見えた。


▶◇◇◇


 シノンは、構えを解かないまま、最小限の動きで影の槍の豪雨の中をすり抜けていく。紙一重。彼女の制服は、一筋たりとも掠らない。すべての攻撃が、シノンの背後の巨木に突き刺さり、霧散していく。


「な……!?」


 幹部が、絶句する。自分の必殺の魔術が、赤子の手をひねるかのように、完璧に回避されている。


「――なら、これならどうだ!」


 幹部が、自身の姿を影に沈めた。

 気配が、消える。アリアナやリリィには、幹部がどこに行ったのか、まったく感知できない。


「シノンさん! 気をつけて!」

「大丈夫です」


 シノンは、構えを解いたまま、静かに目を閉じた。


▶(シノン)◇


 じいちゃんが言ってた。


「シノンよ。目で見えるものだけを信じるな。影に隠れたつもりでも、気の流れは殺せん。『基礎』の索敵は、心の目で行うものじゃ」


(……見つけた)


 アリアナさんの、すぐ右後ろの影。私じゃなく、アリアナさんたちを狙う気だ。


▶◇◇◇


「――もらった!」  アリアナの背後の影から、幹部の手が実体化し、アリアナの首を狙う。 「きゃっ!?」


 だが、その手がアリアナに届くよりも、コンマ一秒、早く。


 パァン! 乾いた音が、森に響いた。アリアナの目の前で、シノンが、幹部の手首を裏拳で弾き飛ばしていた。いつの間に移動したのか、目で追うことすらできなかった。


「ぐ……っ!?」


 幹部は、弾かれた手首を押さえ、影から飛び出す。

 信じられない、という顔で、シノンを睨んでいた。ただの裏拳。魔力は、一切感じなかった。だが、その一撃は、幹部の影の防御を貫通し、骨にまで響く衝撃を与えていた。


「……貴様、本当に、人間か……!」

「その人たちを、離してください」


 シノンは、再び幹部の前に立ちはだかり、アリアナとリリィを背に庇う。


「……マグナスの、亡霊めが……!」


 幹部は、数十年前の恐怖を思い出し、完全に我を忘れた。


影界(シャドウ・フィールド)、最大展開! 『影獄(シャドウ・プリズン)』!」


 森全体が、闇に飲まれた。四方八方、すべてが幹部の影で埋め尽くされ、物理的な圧力となって、アリアナたちを押し潰そうとする。


「あ……ぐ……!」

「息が……!」


 アリアナとリリィが、その場で膝をつく。


▶(シノン)◇


(まずい……! アリアナさんたちが!)


 私は平気だけど、このままじゃ、二人が影の圧力で潰されちゃう。


(この空間ごと、終わらせないと)


 じいちゃん。私、じいちゃんの『基礎』を、初めて、本気で使うよ。


▶◇◇◇


「死ねえええ! マグナスの残滓ごと、圧し潰れろ!」


 幹部が高笑いした、その瞬間。


「……『基礎』体術」


 シノンは、静かに、一歩、前に踏み込んだ。 だ、それだけ。


「――いちノ型」


 踏み込んだ右足が、地面を叩く。


「『山崩(やまくずし)』」


 ドッッッッッ!!!!!!! シノンの踏み込みを中心に、大地そのものが悲鳴を上げた。

 衝撃波が、物理的な力となって、幹部が展開した『影界(シャドウ・フィールド)』そのものを、内側から粉砕する。まるで、ガラス細工が割れるかのように、空間に張り巡らされていた影が、パリパリと音を立てて砕け散った。


「な……ば、かな……!?」


 幹部は、自分の魔術が、ただの踏み込み一つで破壊されたことが理解できず、呆然と立ち尽くす。魔力ではない。純粋な武。マグナスが、かつて魔王軍を蹂躙した、あの力そのものだった。


「ひ……」


 幹部の脳裏を、恐怖が完全に支配した。勝てない。これは、戦ってはいけない災害だ。


「……お、覚えていろ、マグナスの……!」


 幹部は、その言葉だけを振り絞ると、最後の力を使い、自身の体を影に変え、地中深くに逃走していった。


t――静寂。  幹部の気配が完全に消え、森に、元の木漏れ日が戻ってきた。


「はぁ……はぁ……」


 アリアナとリリィは、拘束が解け、その場にへたり込んでいた。エルザも、遠くで「……ん……」と、小さく身じろぎをしている。


「……あ」


 シノンは、自分がしでかした光景に、我に返った。自分の足元が、蜘蛛の巣状に陥没している。


(や、やっちゃった……! 『平凡』どころか、地形まで変えちゃった……!)


「……シノン、さん」


 アリアナが、震える声で、シノンを見上げた。


「……今のは、一体、何……?」


▶(シノン)◇


(ど、どうしよう……!)


 アリアナさんの顔が青い。リリィさんも、いつもの笑顔じゃない。エルザさんも、何が起きたか分かってない。


(『基礎』だって言っても、もう……信じてもらえるわけが……!)


▶◇◇◇


「あ、あの……!」


 シノンは、慌てて三人に駆け寄った。


「だ、大丈夫ですか!? エルザさんも、アリアナさんも、リリィさんも!」


「ああ……。なんとか、な。……それより、シノン」


 エルザが、よろよろと立ち上がり、シノンの足元のクレーターを指差した。


「……今のは、お前がやったのか? すっげえ威力だったぞ!?」

「え!? い、今の……?」


 シノンが口ごもった、その時。


「……そうね」


 不意に、アリアナが、落ち着き払った声で呟いた。


「すごい偶然だったわね」


「「……へ?」」


 シノンとエルザの声が重なった。


「アリアナさん……?」


 リリィが、アリアナの意図を察したように、アリアナを見る。


「だって、そうでしょ?」


 アリアナは、シノンの足元のクレーターを一瞥すると、シノンに向かって、あえて微笑んですらみせた。


「あの魔人幹部、最後の最後に、とんでもない『自爆魔術』でも使おうとしたんじゃないかしら。それを、シノンさんが、偶然踏み込んだことで、術が暴発して、勝手に地面にクレーターができて、……幹部も驚いて逃げていった。  ……本当に、私たちはラッキーなチームだわ」


「「…………」」


 シノンは、アリアナが何を言っているのか、理解が追いつかなかった。


「ちょ、アリアナ! 何言ってんだよ!」


 エルザだけが、状況を理解せず、声を荒げた。


「今の、どう見たってシノンが……!」


「エルザ!」


 リリィが、エルザの言葉を、いつもの笑顔で遮った。


「アリアナさんの言う通りですよ。私たちは、本当に運が良かったんです」

「はあ!? リリィまで!」

「考えてもみてください。シノンさんは、私たちと同じ、学園に入ったばかりの『ひよっこ』ですよ? あんな魔人幹部相手に、地形を変えるような魔術なんて、使えるわけ、ないじゃないですか」

「そ、それは……そうだけど! でも、魔術じゃなくて……!」


 エルザが、必死に地面を指差したり、シノンの踏み込みの真似をしたりする。だが、アリアナとリリィは、「あらあら」「こんな偶然もあるのねぇ」と、完璧にはぐらかす。


「シノン」アリアナは、最後に、真っ直ぐシノンの目を見た。 「あなたが何者であれ、どこの『基礎』を学んできたのであれ、あなたは『アベレージ・ワン』の、私たちの大切な仲間よ。……まだまだ『ひよっこ』のね」

「そうよ、分かった、エルザ!」


 アリアナの、その有無を言わせぬ言葉に、エルザは、納得いかない! という顔をしながらも、「……分かったよ」と、小さく呟いた。


「……みんな……」


 シノンは三人の顔を見た。アリアナも、リリィも、エルザも、笑っている。……だが、シノンには分かった。


(『基礎』の言い訳、もう、通用しなかったんだ……アリアナさんたち、本当は気づいてる)


 シノンは、仲間たちの優しさに胸が詰まり、同時に、自分の異常さが、もう隠しきれない場所まで来てしまったことに、怖くなった。


 シノンは、その不安な顔の上に、必死に、いつもの笑顔を貼り付けた。


「……はいっ!」


 エルザの深すぎるため息と、アリアナとリリィの満足げな笑顔、そして、シノンの不安が入り混じった笑顔が、静かになった森に、奇妙に響き渡った。


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