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女同士の狂騒曲、大魔王との狂詩曲  作者: ひより那
=== 001 ===

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第1話 平凡を望む転入生

 王都の門をくぐった乗合馬車が、石畳の上を小気味よく跳ねる。窓から差し込む光が、数日前とは比べ物にならないほど騒がしい喧騒を連れてきた。行き交う人々の数、威勢のいい店の呼び込み、建物の高さ。


 そのすべてが、少女……シノンが育った森の奥とは別世界だった。


「……すごい」


 無意識に漏れた呟きは、車輪の音にかき消される。数週間に及ぶ、ほとんど『家出』に近い旅だった。あの人……祖父マグナスに見つかれば、一瞬で連れ戻されるだろう。


 だからこそ、シノンは祖父が『最も興味を持たない場所』、そして『最も平凡が溢れている場所』である、ここ王都の学園を選んだのだ。


 馬車が『王立総合魔導学園前』の停留所に停まる。料金を支払い、最低限の荷物が入った鞄ひとつを背負って地面に降り立った。


 見上げる学園の門は、歴史を感じさせる荘厳な造りだ。門をくぐっていく生徒たちの制服は、彼女がこの旅のために用意した新品のそれと同じだった。


(大丈夫。私も今日から、あの『普通』の一員になれる)


 シノンは胸の前で、ぎゅっと拳を握りしめた。彼女が求めていたのは、規格外の魔術でも、山を砕く体術でもない。


 友達とカフェでおしゃべりをしたり、可愛い服を選んだり、学園祭の準備で夜遅くまで残ったり……。そんな、当たり前で、平凡で、キラキラした毎日。


 そのために、彼女は『大賢者の孫』という立場と、あの森での日常を捨ててきたのである。


「聞いたか? また魔王軍の仕業だってよ」

「マジかよ……。南の砦が落ちたって噂、本当だったんだ」


 門をくぐる途中、前方を行く男子生徒たちの会話が耳に入った。


「にっくき魔王め。せっかく平和だったってのに」

「ああ。まぁ、俺たちには関係ないけどな。討伐はベテランの冒険者様と、正規軍のお仕事だ」

「それより問題は『アレ』だろ。勘弁してほしいぜ……」


 彼らの視線の先、学園の入り口に設置された巨大な掲示板に、ひときわ大きな羊皮紙が張り出されていた。生徒たちが集まっては、ため息をついたり、逆に目を輝かせたりしている。


『緊急勅令:魔王軍の活動再開に伴う、ギルド機能の補強について』


 遠目からでも読めるその文字を、シノンも足を止めて目で追った。


「『在校生は全員、本日より一週間以内にギルド登録を必須とする』……だってさ」

「『授業の一環として、ギルド依頼(クエスト)への協力を義務化する』……これって、俺たちも戦えってことか?」

「馬鹿言え。注釈を読めよ。『ただし、学生の安全を最優先とし、割り当てられる依頼は魔王軍とは直接関係のない、危険度の低いものに限る』だ」

「なーんだ。結局、ひよっこ扱いのお使いってことか」

「当たり前だろ。魔王軍の相手なんかさせられたら、学園が壊滅する。これはあくまで、ベテラン冒険者が魔王軍の対応に駆り出されて人手不足になったから、俺たちひよっこが、その『お下がり』を手伝えって話だ」


 掲示板を横目で見ながら、シノンは事務室へと足を向けた。


(魔王……)


 祖父が昔、自慢げに語っていたのを思い出す。


「ワシが昔、ちょっと懲らしめて封印してやった魔人どもの王様」だとか……それが復活したらしい、という話は、王都に来る途中の村々でも嫌というほど聞いた。


 正直、シノンにとっては『また祖父の昔話の登場人物が何かやらかしたのか』程度の認識だ。迷惑な話だとは思う。お陰で、自分が望む『平凡な学園生活』が、少し騒がしくなってしまったのだから。


 ギルド登録。チーム結成。  ……いや。むしろ、好都合かもしれない。


(チーム……!)


 その言葉の響きだけで、彼女の胸は高鳴った。それはつまり、仲間であり、友達ができるということだ。

 祖父との訓練ではありえなかったもの。森で一緒に『訓練』していたのは、岩であり、熊であり、たまに現れる巨大なドラゴンだった。会話なんてできやしない。


「あの……今日付けで転入の手続きを……」


 事務室の扉を叩き、シノンは恐る恐る声をかける。中年の事務員は、山積みの書類から顔を上げた。


「ああ、君か。シノン君だね。話は聞いているよ。こんな時期に、よく辺境の森から出てきたもんだ」


 祖父が、彼のかつての弟子に一筆書いた手紙のお陰で、シノンの転入は『特例の奨学生』として処理されていた。もちろん、祖父の名前は一切伏せてある。


「はい。よろしくお願いします」


 シノンは『平凡な田舎娘』をイメージして、精一杯の笑顔を作った。


「うむ。大変な時期に転入してきたね。君もあの掲示板は見たかな? 君もすぐにギルド登録と、チーム結成をしてもらうことになる。まぁ、追って担任から説明があるだろう」


 事務員は手際よく書類を処理し、一枚の紙を彼女に手渡した。


「これが君のクラスだ。魔術科、騎士科、商業科などが混在する、新設の総合クラスだよ。ギルド活動を円滑にするための試験的なクラスだ。頑張りたまえ」

「ありがとうございます!」


 深く頭を下げ、シノンは事務室を後にした。


(よし。第一関門、突破)


 誰にも怪しまれなかった。彼女はこれから、『シノン』という、どこにでもいる平凡な少女になる。


 力を隠すのは、正直に言って、得意だった。むしろ、彼女にとっての日常そのものだったからだ。


 祖父マグナスは、いつもシノンにこう言った。


「シノンよ。ワシがお前に教えたのは、すべて『世間の基礎』じゃ。森の外に出れば、誰もがこれくらいはできる。だから、お前はまだ半人前以下じゃ」


 シノンはその言葉を信じていた。朝起きて、山を五つほど駆け足で往復し、巨大な滝を拳で遡上し、無詠唱で戦略級魔術の構築訓練をする……それが『世間の基礎』なのだと。


 間違いだと気づいたのは、三年前。森に迷い込んできた行商人を助けた時だった。彼を狙っていたオーガの群れを、シノンはいつもの基礎体術で、軽く小突いて追い払った。


 行商人は、泡を吹いて気絶した。介抱して事情を聞くと、彼は泣きながらシノンを拝み、「オーガを素手で倒すなど、伝説の英雄か何かですか」と言った。


 その時、彼女ははっきりと理解した。


(じいちゃん……私に、嘘教えたな……!)


 世間の基礎は、山を駆け巡ったり、滝を登ったり、オーガを小突いたりしないのだと。


 その日から、シノンの平凡への渇望は始まった。行商人が置いていったパンフレットに描かれていた、王立学園の生徒たち。楽しそうに笑い、学ぶ彼らの姿こそが、自分の『本当の基礎』であるべきだと思った。


 だからシノンは、力を抑え、制御し、隠し通す訓練を始めた。祖父に教わった規格外の力を、いかに『世間の平均』に見せるか。それは、祖父の地獄の訓練よりも、遥かに難しい試練だった。


 指定された教室の前に立つ。扉の向こうから、賑やかな声が聞こえる。これが、彼女の戦場だ。平凡を勝ち取るための、静かな戦い。


 シノンは深く息を吸い込み、学園生活の基礎である、明るい笑顔を顔に貼り付けた。


「失礼します!」


 そして、希望に満ちた平凡への扉を、ゆっくりと開いた。

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