第9話「ただいま、私の『食堂きまぐれ』」
ヴァルター宰相の陰謀は完全に暴かれ、彼は全ての地位を剥奪され失脚した。王都には、再び平和な日常が戻ってきた。
そして、『食堂きまぐれ』にも。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、アズサ様、ジーク様!」
リリィの元気な声が、いつものように店に響く。梓、ジークフリート、リリィ。三人が、ようやくこの大切な場所に揃って帰ってくることができた。
「二人とも、本当にお疲れ様。そして、ありがとう。今日は、お祝いをしなくちゃね」
梓はエプロンを締め、キッチンに立つ。
何を作ろうか。少し考えて、自然と笑みがこぼれた。メニューは、もう決まっている。
彼女がこの店で、初めてジークフリートに作った思い出の料理。全ての始まりとなった一皿を。
香ばしいケチャップライスの匂い。フライパンの上で、黄金色の卵がふるふると踊る。
カウンターに座るジークフリートとリリィの前に、湯気の立つオムライスが二つ、そっと置かれた。ケチャップで描かれているのは、愛らしい猫と、少し不格好な騎士の絵だ。
それを見たリリィと、そしてなぜかジークフリートまでもが、子供のように弾んだ声を上げて無邪気に喜んだ。
三人は顔を見合わせ、笑いながらオムライスを頬張る。特別な食材は何一つ使っていない。けれど、今まで食べたどんな料理よりも、温かくて、優しくて、美味しい。心が満たされていくのがわかる。
***
食事の後、リリィが後片付けをしている間、ジークフリートは真剣な表情で梓に向き直った。
「アズサ」
改まった彼の様子に、梓は少し緊張する。
「俺はもう、君の料理がないと生きていけない。……いや」
彼は一度言葉を切り、梓の瞳をまっすぐに見つめて、はっきりと言った。
「君がいないと、生きていけない。俺のそばに、ずっといてほしい」
それは、飾り気のない、けれど彼の全てが込められたストレートな告白だった。
梓の顔が、カッと赤く染まる。
異世界での不安な日々。彼がいつもそばにいてくれた。守ってくれた。彼の存在が、いつの間にか自分にとって、かけがえのないものになっていたことに、彼女はもう気づいていた。
「私も……」
俯きがちになりながらも、梓は勇気を振り絞る。
「私も、ジークさんのことが、好きです」
ようやく重なった二人の想い。
ジークフリートは優しく梓の手を取り、その甲にそっと口づけを落とした。彼の不器用な愛情表現に、梓の心は幸せでいっぱいになる。
店の片隅では、リリィが二人の様子をこっそりと覗き見ながら、自分のことのように嬉しそうに尻尾をぱたぱたと揺らしていた。
『食堂きまぐれ』は、温かい光と、幸せな空気に満ち溢れていた。




