第3話「看板娘は猫獣人?常連客の胃袋を掴みます」
あの日以来、ジークフリートは『食堂きまぐれ』の最初の常連客になった。
夜な夜な現れる彼は、騎士団の制服姿であることもあれば、まだ魔物の返り血がついた鎧姿のこともあった。そして決まって、「アズサの料理が食べたい」と、ぶっきらぼうに、けれどどこか期待に満ちた瞳で注文するのだ。
「ジークさん、今日は何にします?」
「……この前の、黄色くて甘い塊が入った茶色い料理がいい」
「ああ、カレーライスですね」
彼の表現はいつも独特だったが、梓には不思議とそれが何を指しているのかわかった。
ジークフリートは礼として、毎回珍しい食材を持ってきてくれた。人の顔ほどもある巨大なキノコ『森の王様』や、黄金の羽を持つ『ゴールデンハーブチキン』。梓はスキル【鑑定】を使いながら、それらを現代の知識で調理した。巨大キノコはバター醤油ソテーに、ハーブチキンはジューシーな唐揚げに。
食べるたびに、ジークフリートのステータスが微増していることを、梓はまだ知らない。ただ、彼の表情が日に日に柔らかくなっていくのが、梓にとっては嬉しかった。
やがて、騎士団長の強さの秘密は謎の食堂にある、という噂が、彼の部下たちの間で囁かれ始めた。
「団長だけずるいですよ!」
ある晩、ジークフリートの後ろから、数人の屈強な騎士たちがぞろぞろと顔を覗かせた。噂を聞きつけて、ついてきてしまったらしい。
「お前たち、アズサに迷惑をかけるな」
「いいんですよ、ジークさん。どうぞ入ってください」
梓が笑顔で迎え入れると、騎士たちは目を輝かせた。その日のメニューは、豚の角煮丼。とろとろに煮込まれた豚肉と、甘辛いタレが染みたご飯に、普段は厳格な騎士たちも雄叫びをあげて夢中でかき込んだ。
こうして『食堂きまぐれ』は、アークライト王国騎士団の非公式休憩所として、夜ごと賑わいを見せるようになった。
***
そんなある日のこと。
店の開店準備をしていた梓は、店の裏口で何かが倒れているのに気がついた。近づいてみると、それは痩せこけた一人の少女だった。ボロボロの服をまとい、猫のような耳と、細い尻尾が力なく垂れている。
「だ、大丈夫!?」
梓が駆け寄って体を揺すると、少女はうっすらと目を開けた。獣人族。この世界に来て、初めて見る人間以外の種族だった。
「お腹……すいた……」
か細い声でそうつぶやくと、少女は再び意識を失ってしまった。
梓は慌てて彼女を店の中に運び入れ、ソファに寝かせる。まずは何か温かいものを、とキッチンに立ち、牛乳を温め、少しだけ砂糖を入れて差し出した。
温かいミルクをゆっくりと飲ませると、少女の顔に少しだけ血の気が戻ってくる。
「……ありがとう、ございます」
「無理しないで。何か食べられる?」
少女はこくりと頷いた。梓は、騎士団の男たちが喜ぶスタミナメニュー、豚の生姜焼き定食を手早く作った。ジューッと食欲をそそる音と、醤油と生姜の香ばしい匂いが店内に満ちる。
ほかほかのご飯と、湯気の立つ味噌汁、そして山盛りの生姜焼き。
少女は差し出された食事を前に、ただぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
「……あったかい……ごはん……」
孤児だった彼女は、ここ数日何も口にできず、さまよっていたのだ。温かい食事も、人の優しさも、ずっと忘れていた感覚だった。しゃくりあげながらも、夢中で生姜焼きを頬張る。その姿に、梓の胸はきゅっと締め付けられた。
「ゆっくりでいいからね。おかわりもたくさんあるから」
食事を終え、すっかり元気を取り戻した少女は、リリィと名乗った。そして、梓の前にまっすぐに立つと、深々と頭を下げた。
「恩返しがしたいです! ここで働かせてください! 何でもしますから!」
キラキラと輝く瞳で訴えるリリィを、梓は断ることなんてできなかった。
「うん。よろしくね、リリィちゃん」
こうして、『食堂きまぐれ』に、猫耳と尻尾が愛らしい、小さな看板娘が誕生した。リリィの元気な声が、店にさらなる活気と温もりをもたらすことになるのだった。




