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限界社畜OLの異世界食堂〜終電を逃して作ったズボラ飯が、味覚喪失の最強騎士団長の胃袋を掴んで溺愛ルートに入りました〜  作者: 黒崎隼人


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第2話「銀髪の騎士様、初めての「美味しい」と出会う」

 あの不思議な体験から数日。梓の日常は、少しだけ変わった。相変わらず仕事はブラックだったが、以前のような絶望的な疲労感はない。それどころか、頭は冴えわたり、仕事の効率は目に見えて上がっていた。

 脳内に響いた謎のメッセージ。あれは幻聴だったのだろうか。

 だが、体の軽さと活力は本物だった。そして、あの『食堂きまぐれ』の温もりが、どうしても忘れられない。


「……もう一度、行けるかな」


 仕事が早く終わった金曜の夜。梓は期待と不安を胸に、あの路地裏を探した。何度も行き来し、諦めかけたその時、見覚えのある温かい光が、路地の奥にぼんやりと浮かび上がった。


「あった……!」


 駆け寄ると、そこには間違いなく『食堂きまぐれ』の看板があった。夢ではなかったのだ。

 梓は意を決して扉を開ける。前回と同じ、静かで清潔な店内。今夜はちゃんと自分で食材を持ってきた。スーパーで買った鶏肉と玉ねぎ、そしてケチャップ。今夜は自分のために、とびっきりのオムライスを作るのだ。

 エプロンを締め、フライパンを火にかける。玉ねぎを刻む小気味良い音と、バターの香ばしい匂いが店内に広がり始めた、その時だった。

 ガシャン、と激しい音を立てて、店の扉が乱暴に開かれた。


「……っ!」


 驚いて振り返った梓の目に飛び込んできたのは、ファンタジー映画から抜け出してきたかのような、異様な出で立ちの男だった。

 銀糸のように輝く髪。磨かれたサファイアのような碧い瞳。彫刻のように整った顔立ち。しかし、その全身を覆う豪華絢爛な鎧はあちこちがひしゃげ、こびりついた泥と、生々しい血で汚れていた。

 男は壁に手をつき、荒い息を繰り返している。その瞳は虚ろで、明らかに限界を超えているのが見て取れた。


「誰か……いるのか……」


 かろうじて絞り出した声は、ひどく掠れている。


「何か……何か食べ物を……頼む……」


 魔物討伐の帰り道だった。ジークフリートは、疲労と空腹で意識が朦朧とする中、森の中に不自然に灯る光を見つけたのだ。最後の力を振り絞って辿り着いたそこは、見たこともない様式の建物だった。

 梓は完全に固まっていた。コスプレだろうか。撮影だろうか。いや、この血の匂いと、彼の纏う尋常ではない雰囲気は、本物だ。

 彼の懇願するような瞳に、梓の心は動いた。戸惑いながらも、頷く。


「あの、今作っているものでよければ……」


 梓は急いで調理を再開した。ケチャップライスを香ばしく炒め、ふんわりとした半熟の卵で優しく包み込む。皿に盛り付け、仕上げにケチャップで可愛らしい猫の絵を描いた。自分のための夕食だったはずが、いつの間にか、目の前の彼を助けたい一心になっていた。


「どうぞ。熱いので、気をつけてください」


 カウンター越しに差し出されたオムライスを、ジークフリートは力ない動きで受け取る。スプーンを手に取り、無感動なまま、それを一口、口に運んだ。

 次の瞬間、彼の碧い瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれた。


「……っ、これは」


 口の中に広がる、信じられないほどの衝撃。

 温かい。優しい。甘くて、少し酸っぱい。様々な味が、複雑に絡み合いながら、彼の舌を歓喜させている。

 生まれて初めて感じた、美味しいという感覚だった。

 それからの彼は、我を忘れたようにオムライスをかき込んだ。一口ごとに、荒んでいた彼の表情が和らいでいく。そして食べ終わる頃には、鎧の傷から流れていた血は止まり、深く刻まれていた疲労の色が嘘のように消え去っていた。


「……信じられん。この料理には、一体どんな高位の回復魔法がかけられているのだ……?」


 彼は懐から、見たこともない意匠が刻まれた金貨を数枚取り出し、カウンターに置いた。


「礼だ。これだけでは足りんだろうが、今はこれしか持ち合わせがない」


「え、あ、お金は……って、回復魔法?」


 梓が聞き返すと、彼は怪訝な顔で答えた。


「そうだ。これほどの効果、ただの料理であるはずがない。君は高名な治癒術師か何かか?」


「ち、治癒術師……?」


 話が全く噛み合わない。ジークフリートと名乗った彼は、自分がアークライト王国の騎士団長であること、魔物との戦いで消耗していたことを、淡々と語り始めた。

 彼の話を聞くうちに、梓は一つの結論にたどり着く。

 ここは、夜の間だけ現代日本と繋がる異世界の食堂なのだ。

 驚愕の事実に頭が真っ白になる梓の前で、ジークフリートは皿に残った最後の一粒までを名残惜しそうに食べ終えると、深々と頭を下げた。


「命の恩人よ。君の名を聞いてもいいだろうか」


「あ、相川梓……アズサです」


「アズサ、か。必ず、この礼はさせてもらう」


 そう言い残し、彼は店を出て行った。

 一人残された店内で、梓はカウンターに置かれた金貨を手に取り、ただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。

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