エピローグ「そして、プロポーズは日常の食卓で」
一年後。
『食堂きまぐれ』は、アークライト王国の住人たちにとって、なくてはならない憩いの場となっていた。時には、梓と同じように道に迷った現代人が偶然扉を開けることもあり、二つの世界の人々が集う、唯一無二の場所として繁盛していた。
アズサとジークフリートの関係も、穏やかに、しかし深く続いていた。看板娘のリリィも、少しだけお姉さんになって、アズサの仕事をしっかりと手伝っている。
そんな、いつもと変わらないある日の朝食。
現代日本が夜明けを迎える頃、異世界は清々しい朝を迎える。アズサが作ったのは、日本の家庭の味、焼き鮭と、ふわふわのだし巻き卵、そして湯気の立つお豆腐とわかめのお味噌汁だった。
「うん、美味しい」
ジークフリートは、すっかり使い慣れた箸で、幸せそうに朝食を食べていたが、ふと、その箸を置いた。そして、真剣な顔でアズサの目を見て、口を開く。
「アズサ」
「なあに? ジークさん」
「この味噌汁を……俺のために、毎朝作ってはくれないだろうか」
「え? いいよ、もちろん。いつも作ってるじゃな……」
言いかけて、アズサは言葉の意味に気づき、はっと息をのんだ。
それは、彼らしい、どこまでもストレートで飾り気のない、でも心の底からのプロポーズだった。
意味を完全に理解したアズサは、一瞬きょとんとした後、顔を真っ赤にしながらも、満面の笑みで頷いた。
「……はい、喜んで!」
ジークフリートは安堵したように微笑むと、ポケットから小さな箱を取り出した。中には、シンプルながらも美しい輝きを放つ指輪が収められている。
それは後日、彼が梓の買い出しに付き合って現代を訪れた際、深夜まで営業しているディスカウントストアの宝飾品コーナーで、「俺の未来の妻に贈る指輪が欲しいのだが、どれが一番強固で実用的か」と店員を困惑させながら、四苦八苦して選んだものだと知ることになる。
アズサの左手の薬指に、銀色の指輪が、きらりと光った。
窓から差し込む新しい朝の光が、新しい家族の門出を祝福するように、温かく食堂を照らしていた。
二つの世界を繋ぐ食堂で、彼女の幸せな物語は、これからもずっと続いていく。




