1日目
今思えば、自分が生きてきた理由も意義も曖昧で、心の奥底には常に劣等感を抱えていたような気がする。あるいは、人間そのものに対する嫌悪感だったのかもしれない。人の顔を見ると、腹の奥で何かが煮え立つ。人の声を聞けば、耳の内側がじくじくと痛んだ。そうした感覚を飲み込むことが、いつの間にか習慣になっていた。
あの日の決意と解放は、結果として、俺の身体を縛る鎖をより重くした――
朝のホームルームが始まると、クラスメイトは一斉に立ち上がり、教師に頭を下げる。取るに足らない話が終わり、ホームルームが解散すると、俺は教室の隅で一人スマホを眺めた。
周囲の生徒たちは会話に勤しんでいるが、俺に友達は少ない。特にこのクラスでは、孤立していると言ってよかった。
「ねぇ、君はどうしていつもひとりでいるの?」
静寂を破ったのは、この学年でも特に目立つ美貌を持ち、分け隔てのない態度で知られる狩野真純だった。驚きはしたが、不思議ではなかった。彼女は、たまに話しかけてはすぐに立ち去る、嵐のような存在だ。
「さあ、テンションの違いとかじゃない?」
「そっか。別に嫌われるテンションじゃないし、ガツガツ話しかけなよ」
「もう無理だろ。もうグループできてるし、俺が入ったら野暮だ」
「たしかに。じゃあ私のところ来る?」
「やめておく」
「あはは、知ってた。じゃあね」
軽く手を振って去る彼女に、俺は何も返事をしなかった。周囲の視線が、俺をそうさせた。
その日の授業がすべて終わり、生徒たちが帰ったのを確認してから、俺はトイレに向かった。そこで、授業の復習をする。とはいえ、俺は頭が悪いわけではない。特に数学と理科は得意だった。コミュニケーションを必要とする英語や、空想上の人物の心情を読み取らされる国語と違い、決められた法則に従って答えを導けばいい。結果を重視する現代において、もっとも必要な能力だと、俺は思っている。
用を終えて廊下に出たところで、歩いてくる真純とすれ違った。どこか神妙な面持ちだったが、テストの点で叱られでもしたのだろう。
「ねぇ、ちょっと相談に乗ってくれない?」
すれ違った直後に投げかけられた言葉だった。俺は返事に詰まった。相談に乗るほどの仲ではないし、そういう話は得意ではない。
「えっ……」
「いや、なんでもない。ごめんね。忘れていいよ」
そう言って、彼女は再び廊下を歩き出した。俺はその背中を見送ることしかできなかった。
翌朝。いつものようにホームルームが始まる。しかし、真純の席は空いたままだった。教師は、曇天を貼り付けたような顔で口を開く。
「昨夜、家庭科室で狩野真純さんの遺体が発見されました」
その一言に、周囲の理解は追いつかなかった。皆が理解したのは数秒後だった。
「え?遺体ってどういうこと?」
「真純が、死んだ……?」
「うそ、そんなのうそよ!」
教師はそれより多くを語らなかった。教室に響くのは啜り泣く声と、嗚咽、怒り、疑問だった。
「今日、警察が調査を行います。1時間目から3時間目は自習、4時間目からは帰宅するように指示がありました。できるだけ友達と帰るように」
もはや教室は教室とは呼べなかった。いつも賑やかな教室は静まり返り、立ち上がる者はいなかった。――俺も体が動かなくなっていた。
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