第7話:新たな依頼と、忍び寄る聖女の影
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ガストンを退けたレトの前に現れたのは、かつてのパーティメンバーであり、国の象徴でもある「聖女エレイン」でした。 彼女が持ちかけたのは、一見すると名誉ある依頼ですが、その裏にはどす黒い野心が隠されており……。
レトとアイリス、二人の絆が試される新展開の幕開けです!
ガストンとの一件から一夜明け、レトが滞在する宿屋の周辺は、早朝から妙に騒がしかった。窓から外を覗けば、そこにはギルドの腕利き冒険者だけでなく、騎士団の制服を着た者たちの姿まである。
「……マスター。建物周辺に合計二十四名の監視個体を検知。うち二名は高魔力保有者です。強行突破の準備をしますか?」
アイリスが事も無げに恐ろしいことを言いながら、レトの旅支度を手伝ってくれる。
「いや、やめてくれ。……あいつらは多分、俺を捕まえに来たんじゃない。……『お願い』に来たんだ」
レトが溜息をつきながら階下へ降りると、案の定、そこには青い顔をした宿屋の主と、場に不釣り合いなほど豪奢な法衣に身を包んだ女性が待っていた。
長く波打つ金髪に、慈愛に満ちた、しかしどこか冷徹な光を宿した瞳。この国の信仰の象徴であり、勇者シグルドの婚約者でもある聖女――エレインだった。
「お久しぶりですね、レトさん。……いいえ、今は『奇跡の翻訳家』様とお呼びすべきでしょうか?」
エレインが優雅に微笑む。その微笑みは、かつてレトがパーティで虐げられていた時、見て見ぬふりをして通り過ぎていた時と同じ、完璧な「仮面」だった。
「聖女様がこんな安宿に何の用ですか。シグルドのところへ戻らなくていいんですか?」
「ふふ、冷たいですね。……シグルド様は今、塔のバグに手を焼いています。それよりも、私は街の窮状を救ってくださった貴方に、教会からの正式な『依頼』を携えて参りましたの」
エレインは一枚の羊皮紙を差し出した。そこには、王立研究所の地下に封印されている『古代の遺物』の解読依頼が記されていた。
「これの定義がバグを起こし、街の結界に負荷をかけています。……貴方の力なら、これを『正常』に翻訳できるのでしょう?」
レトはエレインの背後、彼女の影に潜む「定義の文字列」を盗み見た。
【対象:聖女エレイン】 【現在の状態:偽装・隠蔽】 【深層心理:『翻訳家』を王国の管理下に置き、塔の権限を強奪する】
――やっぱりな。彼女は慈悲で依頼に来たのではない。レトの力を「国家の戦略兵器」として取り込むための囲い込みだ。
「断ると言ったら?」
「あら。そうすれば、貴方の隣にいる……その正体不明の少女(人形)を、魔物として認定し、処分しなければならなくなりますが?」
エレインの言葉に、部屋の空気が一気に凍りついた。アイリスの瞳が、一瞬だけ赤く明滅する。
「……アイリス。動くなよ」
レトはアイリスの手を制し、エレインを真っ向から見据えた。
「依頼は受ける。……ただし、条件がある。解読の場には俺とアイリスだけが入る。教会の人間も、騎士団も、一切の立ち入りを禁じる。それが守られないなら、俺は今ここで自分の脳を『記憶喪失』に翻訳して、力を消す」
レトの言葉に、エレインの微笑みが初めてぴくりと引き攣った。彼が本気で、自分の存在理由さえ書き換える覚悟があることを悟ったからだ。
「……分かりました。条件は呑みましょう。明日、王宮でお待ちしていますわ」
エレインは踵を返し、騎士たちを引き連れて去っていった。静かになった宿屋の食堂で、アイリスがゆっくりと口を開く。
「マスター。先ほどの個体……エレインの消去を、再度提案します。彼女は世界ログにおける『ノイズ』と同等です」
「……まだダメだ、アイリス。今はまだ、世界を敵に回す時じゃない」
レトは窓の外に広がる、ひび割れた空を見上げた。聖女の依頼。王立研究所の遺物。そこには、シグルドたちが決して辿り着けない「世界の真実」が眠っている予感がしていた。
「翻訳してやるさ。……この世界の嘘を、全部な」
第7話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
勇者が「脳筋」なら、聖女は「策士」……。 エレインの微笑みの裏に隠された本音を「翻訳」してしまうシーンは、レトならではの強みですね。
アイリスを「処分」という言葉で脅された時のレトの静かな怒り、そして自分の記憶すら書き換えると宣言する覚悟。彼はもう、以前の気弱な荷物持ちではありません。
次回の舞台は王立研究所。 そこでレトが目にする「世界のバグ」の真実とは?
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