第6話:定義の重さ、言葉の重さ
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ついに元パーティのメンバーであるガストンと直接対峙するレト。 理不尽な暴力に対し、レトが手にした「世界の翻訳」がどう応えるのか。
ただ倒すだけではない、概念から書き換える圧倒的な「格の違い」をぜひお楽しみください!
振り下ろされるガストンの太い腕。かつてのレトなら、その威圧感だけで竦み上がり、なすがままに殴られていただろう。
だが、今のレトの視界には、その拳が描く「軌道」も「威力」も、すべてが脆弱なテキストデータとして表示されていた。
【対象:ガストンの右拳】 【事象定義:物理破壊(威力:強)】 【※修正案:『破壊』を『愛撫』に翻訳しますか?】
「……翻訳」
レトが小さく呟いた瞬間、空気がわずかに震えた。直後、ガストンの渾身の拳がレトの頬を掠める。
ドゴォォォォン!
凄まじい風圧が背後の壁を揺らす。だが、レトの顔には傷一つついていない。それどころか、殴ったはずのガストンが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で自分の拳を見つめていた。
「……あ? おい、今、手応えが……」
ガストンは困惑していた。確かにレトの顔面に拳を叩きつけたはずだ。しかし、その瞬間に感じたのは、鋼鉄のような衝撃ではなく、羽毛か何かで優しく撫でられたような、形容しがたい「柔らかさ」だった。
「何しやがった、レト! 魔法か? 小細工しやがって!」
「魔法じゃない。ただ、お前の攻撃の『意味』を書き換えただけだ」
レトは静かに、ガストンの胸元を指差した。そこには、彼の冒険者としてのステータスが「翻訳」されて浮かんでいる。
【個体名:ガストン】 【クラス:重戦士(レベル:48)】 【装備:ミスリルの籠手(物理攻撃力 +150)】 【※修正案:装備の『硬度』を『マシュマロ』に再定義しますか?】
「翻訳――再実行」
レトが指をパチンと鳴らす。すると、ガストンが誇らしげに装着していた白銀の籠手が、みるみるうちに白くてふわふわした「何か」へと変質していった。
「な、なんだこれ!? 俺の、俺の高級な籠手が……!? 柔らかい!? ちぎれるぞ!?」
引きちぎったマシュマロ状の破片を手に、ガストンが絶叫する。個室の外で聞き耳を立てていた他の冒険者たちも、その異様な光景にざわめき出した。
「おい、見たか……。ガストンの自慢の装備が、一瞬で食い物みたいに……」 「魔法じゃないぞ、詠唱も魔法陣もなかった」 「あの無能だった翻訳家のレトが、一体何をしたんだ……?」
ガストンは顔を真っ赤に染め、腰の戦斧に手をかけた。
「ふざけるな! こんな呪い、叩き潰して解いてやるわ!」
「やめておけ。……今の君に、俺を傷つける定義は存在しない」
レトの瞳が冷たく光る。その瞬間、ガストンの全身が金縛りにあったように硬直した。
レトは、ガストンの『行動権限』そのものを一時的に「フリーズ」させたのだ。言葉一つ、指一本で他者を意のままに操る感覚。かつて自分をゴミのように扱った者を見下ろす悦楽が、一瞬だけレトの心を過った。
――だが、レトはすぐに首を振った。こんな力に溺れれば、自分を捨てたあの勇者たちと同じになってしまう。
「ガストン。シグルドに伝えろ」
レトは動けない大男の耳元で、はっきりと言い放った。
「俺はもう、誰の所有物でもない。塔を攻略したいなら、自分たちの言葉で、自分たちの力でなんとかするんだな。……それから、二度と俺の前に現れるな」
レトが権限を解放すると、ガストンは糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。先ほどまでの傲慢さは消え失せ、その目には底知れない恐怖が宿っていた。
「ひ……っ、ひいいいぃ!」
重戦士は情けない声を上げ、這うようにしてギルドの出口へと逃げ出していった。静まり返るギルド。レトは隣でずっと沈黙を守っていたアイリスを見た。
「マスター。……今の翻訳、非常に効率的でした。評価:Aを付与します」
「……そいつは光栄だ」
苦笑いするレトだったが、セラの視線は厳しかった。
「……レト。今のを見られた以上、もう『普通の翻訳家』としては生きていけないわよ。……覚悟はいい?」
「ああ。分かってる」
レトはギルドを後にした。背負った力の重さと、これから始まる波乱を予感しながら、彼はアイリスと共に夕闇の街へと消えていった。
第6話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
自慢の装備を「マシュマロ」に変えられたガストンの驚き、伝わりましたでしょうか? 圧倒的な力を手にしたレトですが、その力の大きさに一瞬呑まれそうになる……そんな彼の「心の強さ」も描いてみました。
逃げ出したガストンがシグルドに何を伝えるのか。そして、この騒動を見たギルドの人々の反応は……?
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