第4話:街への帰還と、不治の病
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塔を脱出したレトが戻ったのは、かつて自分を「無能」と呼んだ者たちが住む街でした。 しかし、そこは原因不明の奇病に侵されており……。
「翻訳」スキルの真骨頂、世界のルールをデバッグするシーンをぜひお楽しみください!
神の塔の麓に広がる迷宮都市、エリュシオン。かつてレトが勇者パーティの荷物持ちとして、肩を狭くして歩いていた街だ。
「ようやく戻ってきたな……」
巨大な城門を見上げ、レトは小さく息を吐いた。隣には、ボロ布で作った即席のフードで白銀の髪を隠したアイリスが立っている。その浮世離れした美しさは、隠しきれるものではなかったが。
「マスター、門衛のバイタルデータを確認。極度の疲労と、微弱な魔力汚染が検出されました。街全体の活性レベルが低下しています」
アイリスの指摘通り、門をくぐる人々に活気はない。それどころか、あちこちで咳き込む声が聞こえ、街角には虚脱したように座り込む人々が溢れていた。
「おい、お前! 見ない顔だな。……ん? レトじゃないか」
門衛の一人が、レトの顔を見て怪訝そうに眉をひそめた。彼はレトを「勇者パーティの使い走り」として覚えていた男だ。
「ああ、戻ったよ」
「……一人か? シグルド様たちはどうした。それに、その隣の娘は……」
「彼らとは別れた。彼女は道中で助けた行き倒れだ。それより、街の様子が変だけど、何かあったのか?」
レトが問いかけると、門衛は顔を曇らせ、声を潜めた。
「『魔力枯渇症』だよ。一週間前から急に広まりやがった。高熱が出て、体内の魔力が勝手に抜けていく正体不明の病だ。教会の高位聖職者でも治せねえ。……死ぬのを待つだけの『不治の病』さ」
魔力枯渇症。その名前を聞いた瞬間、レトの視界に無数のアラートが走った。
【周辺環境:高濃度のエラーノイズを確認】 【現象名:局所的魔力漏洩】 【原因:街の結界維持システムの一部破損】
レトの眼には、街の至る所から、目に見えない紫色の「ひび割れ」が生じているのが見えた。人々が病に倒れているのではない。世界のバグによって、彼らの生命維持に必要な魔力が、空気中に漏れ出しているのだ。
「アイリス、あれを直せば病気は治るんだな?」
「肯定します。ですが、人々の体内にある『魔力の回路』自体も、漏洩によってボロボロに傷ついています。結界を直すだけでは、手遅れになる個体も多いでしょう」
レトは唇を噛んだ。勇者たちは今頃、塔の上層で「より強い武器」や「より高い名声」を求めているだろう。だが、足元の街ではこんな悲劇が起きている。
その時、一人の女が駆け寄ってきた。かつてレトがよく立ち寄っていた宿屋の娘だったが、その顔は涙で汚れている。
「レト……? レトなのね! お願い、助けて……お父さんが、お父さんがもう……!」
彼女に引かれるようにして辿り着いた宿屋の裏。そこには、青白い顔をして横たわる宿主の姿があった。周囲には教会の神官がいたが、彼は首を横に振り、無情な言葉を口にした。
「……手遅れです。もはや魔力の芯が残っていない。どんな回復魔法も、ザルのように通り抜けてしまう……」
周囲に絶望が広がる。だが、レトの視点では、宿主の体はこう表示されていた。
【オブジェクト:人間(中年男性)】 【状態:リソース枯渇】 【エラー内容:魔力保持定義の消失】 【※修正案:『穴の空いた器』を『魔力を吸着する磁石』に書き換えますか?】
「……翻訳できる。アイリス、サポートを」
「了解。マスターの演算能力を補助、並列処理を開始します」
レトは宿主の胸にそっと手を置いた。周囲の神官や野次馬たちが「何をしているんだ」と騒ぎ出すが、レトの耳には届かない。
意識を集中する。壊れた定義。漏れ出す命。それを、もっと力強く、もっと根源的な「生存への意志」へと書き換える。
「翻訳――再定義! 消失を停止、全魔力を再結合せよ!」
カッ、とレトの手のひらから白銀の輝きが放たれた。それは温かく、同時に力強い光だった。
次の瞬間。荒かった宿主の呼吸が、劇的に整っていく。死人のようだった顔色に、瞬く間に赤みが差し、枯れ果てていた体内の魔力が、まるで泉のように湧き上がり始めた。
「……う、うう……。俺は、一体……」
宿主がゆっくりと目を開ける。それまで「不治の病だ」と言っていた神官が、持っていた杖を落として絶句した。
「馬鹿な……。魔力回路が完全に修復されている……? 奇跡だ。聖女様でも不可能なはずのことが、今……!」
驚愕と、希望の眼差しがレトに集まる。だが、レトはふらつきながらもアイリスに支えられ、静かに前を見据えた。
「奇跡じゃない。ただの、誤字脱字を直しただけだ」
この日、エリュシオンの街に「どんな病も治す謎の翻訳家」の噂が広まり始めた。それはやがて、塔の上にいる勇者たちの耳にも届くことになる。
第4話を最後までお読みいただき、ありがとうございました!
神官が匙を投げた「不治の病」も、レトにとってはただのシステムエラー。 「誤字脱字を直しただけ」というレトの台詞、一度書いてみたかったんです(笑)。
街の人々を救い始めたレトですが、目立ち始めると必ず「あの男」たちの耳にも……? 続きが気になる!と思ってくださったら、ぜひ【ブックマーク】や【評価★】をポチッとお願いします!




