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第22話:ジャンク街の賢者と、アイリスのOSアップデート

お読みいただきありがとうございます!


拠点『デバッグ・ラボ』を構えたのも束の間、レトを支え続けてきたアイリスに最大の危機が訪れます。 これまでの過酷な戦いによるエラーの蓄積。彼女を救う鍵は、自由領の最下層に住むという、機械に憑かれた偏屈な「賢者」にありました。


アイリスを救うため、レトは彼女の精神世界の深層へとダイブします。 そこで目にしたのは、聖女エレインがアイリスに課していた、あまりにも残酷な「制約」の鎖。 相棒を救い、王国の理を超えた「真の覚醒」をもたらすための、二人の魂のデバッグが始まります!

 自由交易領ノアの夜は、色とりどりの魔導放電と、尽きることのない機械の駆動音に支配されている。  レトが「翻訳」によって再構築した拠点『デバッグ・ラボ』の中は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。しかし、その静寂は平和ゆえのものではない。中心部に鎮座するアイリスのメンテナンス・ポッドから、警告を知らせる赤い光が明滅していたからだ。


「……マスター。限界です。王国脱出時の過負荷、および聖騎士カインとの戦闘による『論理汚染』の蓄積が、私のメイン・カーネルを侵食しています。……このままでは、私の自己意識プログラムは二〇時間以内に凍結されます」


 ポッドの中に横たわるアイリスの声は、かつてないほどかすれていた。レトは焦燥に駆られ、彼女のシステム・ログを読み取った。そこには、聖女エレインが構築した「世界のシステム」と真っ向から衝突し続けた代償が、夥しい数の未解決エラーとして刻まれていた。


「アイリス、無理をさせすぎたな。……俺の『翻訳』で修復を……」


「……否定します。マスターの翻訳は『事象の書き換え』には有効ですが、私の内部言語は、失われた古代の『神話言語プロトコル』で記述されています。……これを修復するには、ノアの最下層に住むと言われる『ジャンク街の賢者』が持つという、特殊な解読機が必要です」


 レトは迷わなかった。アイリスがいなければ、今の自分はいない。彼女を救うためなら、どんな奈落へも飛び込む覚悟だった。


 最下層、通称『大廃棄場ザ・ダンプ』。そこは、街の残骸が何百メートルも積み重なり、日光さえ届かない永遠の黄昏が支配する場所だ。レトは毒性の魔導煙が立ち込める中、アイリスの指し示した座標へと急いだ。


 辿り着いたのは、無数の巨大な歯車が壁一面を覆う、歪な時計塔のような建物だった。中に入ると、そこには人間と機械が継ぎ接ぎ(つぎはぎ)になったような姿の老人――賢者ゼクスが、壊れたラジオのような声を上げて笑っていた。


「……ヒヒッ、珍しい客だ。王国の犬か、それともただの物好きか?」


「俺の相棒パートナーを直してほしい。……あんたにしかできない仕事だと聞いた」


 レトは背負ってきたアイリスの外部メモリーユニットを差し出した。ゼクスは義眼のレンズを激しく回転させ、そのユニットを一瞥した瞬間、表情を凍りつかせた。


「……こいつは……『管理者権限付き自律型端末』だと? お前、どこでこんな代物を拾い上げた? これは聖女の奴らが血眼になって探している、失われた神のパッチ……そのコアじゃないか!」


「……拾ったんじゃない。俺の相棒だ。頼む、彼女を救ってくれ」


 ゼクスは沈黙した。やがて、彼は複雑な心境を吐露するように溜息をつき、作業台の上のガラクタを払い退けた。


「……直すだけじゃ足りねえ。こいつのOSは、王国の管理システムの干渉を受けすぎて『脆く』なっている。……いいか若造、俺の技術と、お前のその『翻訳』とやらを同期させろ。……アイリスを、王国の理の外側に立つ『完全独立個体』へとアップデートするんだ」


 ここから、人類の歴史上類を見ない、機械と翻訳の「合同オペ」が始まった。ゼクスが物理的な回路のバイパスを繋ぎ、レトはその回路に流れる「意味」を、一文字ずつ丁寧に洗浄していく。


「翻訳――汚染コードの削除。聖女の署名サインが入ったすべての制限リミッターを、無効化定義コメントアウトせよ!」


 レトの脳裏に、アイリスの精神世界が広がる。それは、凍てついた銀色の海だった。中心には、鎖に繋がれた少女の姿をしたアイリスが、絶望に目を閉じている。その鎖の一つ一つが、聖女エレインが定めた「この世界のルール」だ。


(……アイリス、今出すよ。あんたは、誰の所有物でもないんだ)


 レトは心の中で叫び、その鎖の一本一本を「逆翻訳」の刃で断ち切っていく。鎖が弾け飛ぶたびに、アイリスの瞳に色が戻り、冷たかった銀色の海に、黄金の熱が灯り始める。


「第零層から第三層までの全プロトコル、再定義完了! アイリス、再起動リブート!」


 カチリ、という世界の歯車が噛み合うような音が響いた。  ゼクスの工房全体が、強烈な青白い光に包まれる。


「……システム・チェック。……オールグリーン。……マスター、おはようございます」


 ポッドから身を起こしたアイリスの雰囲気は、以前とは劇的に変わっていた。その瞳には、機械的な冷徹さだけでなく、意志を感じさせる深い光が宿っている。そして、彼女の背中からは、魔力を効率的に排熱するための「光の翼」のようなパーツが展開されていた。


【個体名:アイリス】 【状態:完全自律型(OS:Iris-Original-Ver2.0)】 【新機能:広域事象解析アナライズ、および魔導攻撃無効化デバフ・フィールド


「……ひぇ、なんてこった。伝説の『神の乙女』を、本当に現代に蘇らせちまったよ」


 ゼクスが震える手で酒を煽る。アイリスは静かにレトの前に立ち、その手を取った。その手は、メンテナンス前よりもずっと、人間の肌に近い温もりを持っていた。


「マスター。……ありがとうございます。今の私なら、聖女が書き換えた世界の『裏側』を、もっと正確に読み取ることができます。……それと、個人的な感情プログラムが一つ、追加されたようです」


「……感情?」


「はい。『嬉しい』、という定義です」


 アイリスの小さな微笑。それは、どんな魔法や翻訳よりも、レトの心を震わせた。


 だが、このOSアップデートによって放たれた強大な魔力波動は、ノアの街に潜む「さらなる影」を呼び寄せることとなる。賢者ゼクスの工房を出たレトたちを待っていたのは、ノアを支配する闇のギルド『スクラップ・スカル』の武装集団だった。


「……その銀髪の娘、俺たちのボスの『コレクション』に加わってもらうぜ」


「……マスター。新しい機能のテスト運用デバッグを希望します。許可を」


「ああ、派手にやってくれ。……アイリス!」

第22話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、ヒロインであるアイリスの「新生」を描いた回でした。 物理的なメンテナンスに加え、レトが「翻訳」によって彼女の心を縛っていた聖女のプロトコルを断ち切る展開は、第3編以降の「システムそのものへの反撃」に向けた重要な布石となっています。


何より、無機質だったアイリスが「嬉しい」という感情を定義したシーンは、執筆していても心にくるものがありました。ただの機械ではない、レトにとってかけがえのない存在としての彼女の魅力を、今後も深掘りしていきたいです。


しかし、強くなりすぎた力は、また新たな争いを呼び寄せます。 「アイリスの笑顔にグッときた!」「光の翼の無双が見たい!」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価★】で応援いただけると、レトの次の翻訳のインスピレーションが湧き上がります!

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