第2話:氷の下のシステム・インターフェース
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第1話ではどん底まで突き落とされたレトですが、今回、ついにこの物語のメインヒロインが登場します。 「翻訳」スキルの真の力が、少しずつ明らかになっていく様子をお楽しみください。
網膜に焼き付いた無数の文字列が、レトの思考を侵食していく。 今まで学んできたどの国の言語とも違う。それは、この世界を構成する「理」そのものの羅列だった。
「……再構築、って……どうすればいいんだ?」
震える指先で、目の前の空中を漂う『エラー』の文字に触れる。 その瞬間、レトの意識は深く、暗い「世界の深層」へと引きずり込まれた。
『実行コード:【破損した壁の修復】を承認しました。翻訳、および置換を開始します』
再び無機質な声が響く。 すると、崩れ落ちていた岩の欠片が、まるで時間を巻き戻すかのように浮き上がり、元の形へと収まっていくではないか。
物理法則を無視した光景に、レトは息を呑んだ。 単なる修復ではない。瓦礫は元の石壁よりもさらに強固な、白磁のような質感へと「翻訳」されていた。
壁が修復されたことで、その奥に隠されていた「空間」が姿を現す。 そこは、塔のどの階層とも違う、静謐な青い光に満ちた小部屋だった。
部屋の中央。 巨大な水晶のような氷柱の中に、その「少女」はいた。
「……誰、だ……?」
レトは吸い寄せられるように氷柱へ近づく。 白銀の長い髪、透き通るような肌。 少女は目を閉じ、祈るような姿勢で凍りついていた。
その胸元には、ひときわ大きく、赤いエラーメッセージが点滅している。
【重要オブジェクト:システム・インターフェース(仮称:アイリス)】 【状態:永久フリーズ(内部クロック停止)】 【原因:管理権限者の不在によるシステムロック】 【※致命的なエラー。世界ログを翻訳し、実行しますか?】
レトは理解した。 彼女は、この塔が作られた遥か昔から、誰かに見つけられるのを待っていたのだ。 勇者の剣では決して届かない、この「翻訳」という鍵を持つ者だけを。
「……助けるよ。今の俺なら、きっと」
レトは氷柱に両手を添えた。 脳が焼け付くような熱を帯びる。数万、数十万という文字列が意識を通り過ぎていく。
――『凍結』を『解放』へ。 ――『停止』を『再生』へ。
「翻訳……開始!」
レトの叫びと共に、青白い光が部屋を埋め尽くした。パキパキと高い音を立てて、巨大な氷柱に亀裂が走る。砕け散った氷の破片が光の粒となって舞う中、少女の体がゆっくりと地面へと降り立った。
やがて、長い睫毛が震え、彼女の瞳が開かれる。それは、深い海のような、どこまでも透き通った青色だった。
「…………個体名:レト、を確認」
少女は鈴の鳴るような声で、レトの名前を呼んだ。
「管理権限の譲渡を検知。……おはようございます、マスター。第〇二一五世代・管理端末アイリス、只今より起動いたします」
彼女はスカートの裾を掴み、優雅に一礼した。その動作は完璧すぎて、どこか現実離れしている。
「アイリス……。君は、一体……」
「私は世界の歪みを正し、システムの正常化を補助する存在です。……ですが、マスター。再会を祝す前に、一つ忠告を」
アイリスの視線が、レトの背後の暗闇へと向けられる。そこには、先ほど扉が壊された騒音を聞きつけた、塔の魔物たちが集まってきていた。
ランクBの魔獣、シャドウウルフ。勇者パーティが難なく蹴散らしていた相手だが、装備も武器も失った今のレトにとっては、死神に等しい存在だ。
「マ、まずい……! アイリス、下がってろ!」
レトが彼女を庇うように前に出るが、アイリスは表情一つ変えない。
「問題ありません。マスターには、既に『書き換え』の権限があります。……あの個体の『ステータス』を、マスターの望むように翻訳してください」
「翻訳……? あんなバケモノをどうやって!」
迫りくる魔獣の爪。レトの視界に、再びプレートが浮かび上がる。
【個体名:シャドウウルフ】 【属性:影・攻撃特化】 【現在の定義:殺戮者】
レトは無意識に、その『殺戮者』という三文字を、頭の中で別の言葉に置き換えた。今の自分にとって、最も無害で、最もありえない言葉へ。
「翻訳――定義変更! お前は……ただの『子犬』だ!」
瞬間。 飛びかかってきた魔獣の体が、空中で光に包まれた。ドサリ、と床に着地したのは、漆黒の巨大な狼ではない。ふわふわの毛並みを持った、手のひらサイズの小さな子犬だった。
「……キャン?」
キョトンとした顔で首をかしげる子犬。 レトは呆然とその場に立ち尽くした。
「……嘘だろ。本当に書き換わったのか?」
「はい。マスターが世界の理を正しく翻訳した結果です」
アイリスが静かに隣に並び、レトを見上げた。
「おめでとうございます、マスター。これであなたは、この不完全な世界の『唯一の修正者』となりました」
勇者に捨てられ、すべてを失ったはずの場所。そこは、世界最強の力と、最強の相棒を手に入れる始まりの場所へと変わっていた。
第2話をご覧いただき、ありがとうございました!
最強の相棒(?)アイリス、そして常識外れの書き換え能力。 ここからレトの逆転劇が加速していきます。
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