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第19話:国境の関所と、名もなき村の特効薬

お読みいただきありがとうございます!


聖騎士の追跡を逃れ、レトとアイリスが辿り着いたのは、地図にも載らない名もなき村でした。 そこで彼らを目にしたのは、聖女の「奇跡」に依存し、その供給が途絶えたことで死を待つばかりの人々の姿。


病を治すはずの薬が、実は人々を縛る鎖だった――。 優しさの仮面を被った聖女の非道な統治システムに対し、レトが「翻訳家」として提示する究極の解決策とは。 国家という巨大なプログラムに抗う、名もなき村の解放劇が始まります。

 リ・デコードの喧騒を離れ、レトとアイリスは街道を南西へと進んでいた。目指すは自由交易領へと続く国境。だが、聖騎士カインを退けたことで、王国の警戒網は一段と厳しさを増していた。街道の要所には、かつては無かった検問所が急造され、聖女の紋章を掲げた兵士たちが目を光らせている。


「……マスター。前方五百メートルに臨時の検問所を確認。照合システムには聖女エレイン直轄の『魂の指紋ソウル・プリント』スキャナーが導入されています。現在の偽装コードでは、突破率は一五パーセント以下と算出されます」


 アイリスの報告に、レトはフードを深く被り直した。カインが持っていた聖遺物は壊したが、王国そのものが「システム」である以上、一人の刺客を倒しただけでは包囲網は消えない。むしろ、自分という「バグ」を消去するための免疫反応は、より激しさを増している。


「真正面からは無理か。……アイリス、脇道に逸れよう。山越えのルートがあるはずだ」


 二人は正規の街道を捨て、獣道とも呼べない険しい山道へと足を踏み入れた。数時間の行軍の末、山の麓にひっそりと佇む、名もなき小さな村へと辿り着く。しかし、そこには山村特有の穏やかさは微塵もなかった。


 村の入り口には、枯れ果てた作物と、家々の軒先に吊るされた「魔除け」の札。そして、重苦しい咳き込む声が、冷たい風に乗って聞こえてくる。


「……何だ、ここは。リ・デコードでの流行病とは、また空気が違う」


 レトが村の中心部へ足を踏み入れると、一人の老婆が這いずるようにして出てきた。その腕には、青紫色の斑点が浮き出た子供が抱えられている。


「……旅の人……、どうか、この子に……『聖女様の粉』を……分けてはくれんか……」


 老婆の瞳は濁り、絶望に染まっていた。レトは慌てて駆け寄り、子供の容態を「翻訳眼」で確認した。その瞬間、彼の視界には不快なノイズと共に、おぞましい真実が書き出された。


【対象:個体名『不明(村の子供)』】 【状態:因果律崩壊による全身不全(通称:青斑病)】 【原因:特定の『加護』の依存症による、免疫機能の外部委託化】 【※深層要因:王国が配布する『特効薬』に含まれる、強制書き換えプログラム】


「……これは病気じゃない。アイリス、この斑点の正体はなんだ」


「解析中。……マスター、驚くべき結果が出ました。この村の人々が患っているのは自然界の病ではなく、王国が『奇跡』として配布している薬そのものが原因です。その薬には、服用者の生命維持コードを聖女のサーバーに依存させる『バックドア』が仕込まれています。供給が断たれると、身体が自己維持を放棄し、崩壊を始める仕組みです」


 レトは拳を強く握りしめた。聖女のやり方は徹底していた。地方の村々に「無料の特効薬」として依存性の高い魔法薬を配り、逆らう者の供給を止めることで、恐怖による支配を行っているのだ。この村は、何らかの理由で供給を後回しにされたか、見捨てられた「バグ」の集積場にされていた。


「……俺たちが救わなきゃならないのは、この子だけじゃない。この『歪んだ救済』そのものだ」


「マスター。しかし、依存したコードを無理やり切り離せば、患者の生命維持が即座に停止する危険があります。これは高度な『論理の外科手術』を要します」


「やってやる。……エルダに教わった『逆翻訳』を、今度は人を活かすために使うんだ」


 レトは村の広場に患者を集めるよう老婆に頼んだ。怪しみ、怯える村人たち。だが、レトの瞳に宿る真剣な光に、彼らは最後の一筋の希望を託した。


 十数人の患者が横たわる広場。レトは中央に立ち、アイリスと感覚を同期させた。


「翻訳――深層アクセス。住民全員の生命維持系統を、外部サーバーから切り離し、個別の『独立定義』へ書き換え開始!」


 レトの指先から、数万の文字列が糸のように伸び、患者一人一人の身体へと潜り込んでいく。聖女が仕掛けた「依存の鎖」が、レトの脳内で鋭い警報音を鳴らす。


『警告:管理権限への不当な干渉を検知。違反者に「存在消去」の制裁を実行します』


 聖女のシステムからの直接攻撃。レトの脳を焼くような激痛が走る。鼻から血が滴り、意識が遠のきかける。


「……負けるか。誰かの命を『人質』にするようなやり方を……俺は、絶対に認めない!」


 レトは痛みを力に変え、脳内の翻訳言語を限界まで加速させた。


「逆翻訳――依存の否定! 生命は、誰かの許可で維持されるものじゃない。……『個の自律』を、ここに再定義する!」


 爆発的な光が村を包み込んだ。患者たちの身体から、青紫色の斑点が、煤が剥がれ落ちるように消えていく。それまで聞こえていた苦しげな咳が止まり、静寂が訪れた。


 数秒後、一人の少年が力強く目を開け、母親の首に抱きついた。


「……お母さん? 体が、すごく軽いよ」


 奇跡のような光景。だが、それは聖女が与える偽物の奇跡ではなく、人間が本来持っている「自律した力」をレトが取り戻した結果だった。


「……マスター。村人全員のパッチ適用、完了。聖女のシステムからの切り離しに成功しました。これにより、彼らは二度と王国の『薬』を必要としません」


 レトはふらつきながら、アイリスの肩を借りて立ち上がった。村人たちが涙を流し、名もなき「聖者」に跪こうとする。しかし、レトはそれを制し、ただ穏やかに微笑んだ。


「……感謝なら、自分たちの身体に言ってください。あんたたちは、自分の力で治ったんだ」


 村を救ったことで、レトの心には一つの確信が生まれていた。聖女エレインの支配は、盤石に見えて、その実「依存」という脆い地盤の上に立っている。その依存を一つずつ解いていけば、いつか世界は、彼女の物語から脱却できるはずだ。


 村を出ようとするレトの背中に、老婆が声をかけた。


「旅のお方……。国境の関所をお通りなら、この古いメダルをお持ちください。かつて、この村を訪れた『先代の騎士』様が残されたものです。きっと、お力になるはず」


 受け取ったメダルには、今の王国では見ることのない、古風な天秤と剣の意匠が刻まれていた。アイリスがそれをスキャンし、驚いたように呟く。


「……マスター。このメダル、内部に高度な『管理バイパス・コード』が隠匿されています。……これがあれば、あの検問所を無傷で突破可能です」


「……情けは人のためならず、か。行こう、アイリス。王国の外側に、何があるのか確かめなきゃな」


 一人の少年を救った手が、今、国境という高い壁を穿とうとしていた。  レトとアイリスの旅は、いよいよ王国の支配圏を脱し、世界の真実が眠る「未開の深層」へと足を踏み入れていく。

第19話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、聖女エレインがどのようにして民衆の心を掌握しているのか、その一端を描きました。「無料で薬を配る」という善行の裏に、自分なしでは生きられないようにする「依存のバグ」を仕込む……。物理的な暴力よりも根が深い、精神的な支配の恐ろしさを感じていただければ幸いです。


それに対し、レトが選んだのは「依存」を断ち切り、人間本来の「自律」を取り戻させることでした。 誰かに生かされるのではなく、自分の足で立つ。それはレト自身が「無能な荷物持ち」から脱却したプロセスとも重なっています。


村人から託された謎のメダルが、今後の逃亡劇にどう関わってくるのか。 「聖女のやり方がエグすぎる!」「レトの『自律』の定義が熱い」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価★】で応援いただけると、執筆の大きな力になります!

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