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第14話:解読不能の依頼、錆びついた真実

お読みいただきありがとうございます!


新天地での初仕事は、街を覆う不快な異臭の調査。 華やかな勇者たちの物語には決して登場しない、泥臭く、しかし誰かがやらなければならない「地下の後始末」にレトが挑みます。


なぜ彼は、世界から疎まれてもなお「翻訳」を続けるのか。 汚水にまみれた地下水道で、レトの静かな決意と、この世界に隠された「意図的な悪意」が明らかになります!

 交易都市『リ・デコード』の地下に広がる大水道。そこは、街の繁栄を支える動脈であるはずが、今は腐った卵のような異臭と、視界を遮るほど濃い「紫色の霧」に包まれていた。


「……マスター。大気中の魔力濃度が限界値を超えています。この霧は自然発生したものではなく、高密度の『未定義データ』が物理現象として漏れ出したものです。長時間の滞在は、精神汚染の危険を伴います」


 アイリスが瞳を不気味に発光させ、霧の奥を指し示す。レトは口元を布で覆い、手にした魔導ランタンの明かりを頼りに、ぬめる石壁を伝って歩を進めた。


「……未定義データ。つまり、この世界が『処理しきれなかったゴミ』か」


 レトはふと、エリュシオンの街で荷物持ちをしていた頃を思い出した。勇者たちが倒した魔物の死骸、彼らが使い捨てた武具、そして彼らが「救った」はずの後に残る、瓦礫の山。誰もが輝かしい勝利だけを見て、その後始末には目も向けなかった。


「アイリス。俺はさ、勇者パーティにいた時、いつも思ってたんだ。……世界を救うってのは、魔王を倒すことだけなのかって」


「……マスター。私のデータベースに、その問いに対する明確な解答は存在しません」


「そうだよな。でも、このスキルを手に入れて分かった。……この世界は、英雄たちの派手な活躍の裏で、小さなエラーやバグを積み重ねて、悲鳴を上げている。それを『なかったこと』にして進むのが今の聖女のやり方なら……俺は、その一つ一つを拾い上げて、正しく書き換えたいんだ」


 レトの言葉に呼応するように、視界に浮かぶ文字列が激しく波打つ。


【対象:地下水道・中央処理槽】 【エラー内容:廃棄概念の蓄積によるオーバーフロー】 【※深層要因:一千年前の『翻訳ミス』が、現在もリピート処理されています】


 通路の突き当り、巨大な水門の前に、その「原因」はあった。そこには、かつての王国が設置したであろう、古びた魔導装置が設置されていた。装置の中心には透明な魔石が埋め込まれているが、その内部には黒いノイズが走り、周囲に汚染された魔力を撒き散らしている。


「これだ。……『清浄なる水の循環』という定義が、どこかで『腐敗の循環』に読み違えられている」


 レトは装置に手を伸ばした。その瞬間、装置から放たれた紫色の雷撃がレトの腕を焼く。


「……っ!?」


「警告! 強力な拒絶反応を確認。マスター、この装置には『歴史の確定』という強力な呪いが付与されています。下手に触れれば、マスターの存在定義そのものが消失します!」


 アイリスが割って入ろうとするが、レトはその制止を振り切った。激痛の中で、レトは装置の裏側に隠された「声」を聞いた気がした。それは、一千年前、この装置を設計し、名もなき街の平和を願った技術者の、純粋な祈りの残滓だった。


「……あんたの願いは、こんな異臭を放つことじゃなかったはずだ」


 レトは歯を食いしばり、痛みを無視して脳内の「翻訳回路」をフル稼働させる。視界が真っ白に染まる。膨大な情報の濁流。聖女エレインが隠した「都合の悪い真実」の断片が、この汚水溜まりの中にまで捨てられていた。


「見つけた。……この『一文字』だ」


 清浄(Pure)を意味する術式の末尾に、意図的に付け加えられた『否定(Not)』の接尾辞。それはバグなどではない。誰かが、この街の地下をわざと汚染し、地上での「浄化魔法」というビジネスを成立させるために仕組んだ、作為的な翻訳ミス(悪意)だった。


「翻訳――再定義。否定の切除、および本来の文脈への復元リストア!」


 レトの咆哮と共に、装置から放たれていた紫色の霧が、一気に白銀の光へと反転した。濁っていた水が瞬く間に澄み渡り、石壁にこびりついていた汚泥が、剥がれ落ちるように消えていく。


 数分後。静寂が戻った地下水道で、レトは荒い息を吐きながら床に膝をついた。アイリスがそっとその肩を支える。


「……マスター。地下水道全域の浄化を確認。異臭の発生源は消失しました。……お見事です」


「……はは。世界を救うにしては、随分と泥臭い仕事だな」


「ですが、この『デバッグ』により、地上の住民約一万二千名の健康状態が改善されると推測されます。……勇者の剣よりも、多くの命を救った可能性があります」


 レトはアイリスの言葉に、少しだけ救われたような気がした。自分が信じる道。それは、英雄たちの物語からこぼれ落ちた、小さな「真実」を拾い上げること。地下から地上へ戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。広場の噴水の水が、何年かぶりに透き通った輝きを取り戻し、街の人々が歓声を上げている。


 その光景を遠くから見つめていた受付嬢セラが、驚きと感心の混じった表情でレトに駆け寄ってきた。


「……信じられない。あんなに誰も手が付けられなかった依頼を、たった一晩で……。レト君、あなた一体何者なの?」


「ただの翻訳家ですよ、セラさん」


 レトはそう言って微笑んだが、その視線は街のさらに奥、王都の方角へと向けられていた。この浄化は、いずれ聖女の耳にも入るだろう。自分が動けば動くほど、世界という巨大なシステムとの摩擦は強くなる。だが、レトの心に迷いはなかった。


「……次は、何が俺を待っているんだ?」


 レトの新たな冒険。それは、世界の「汚点」を一つずつ消し去り、本当の美しさを取り戻すための長い旅路。リ・デコードの街に、新たな「伝説」の種が蒔かれた瞬間だった。

第14話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、レトのヒーロー像を象徴する回となりました。 魔王を倒すような派手な活躍ではなく、人々の日常を蝕む「小さなバグ」を一つずつ潰していく。そんな地道な作業が、実は一万人以上の命を救っているという事実は、彼にしか成し得ない「救済」の形です。


また、浄化の裏に隠されていた「ビジネスのための意図的な汚染」という人間のエゴ。 聖女が統治する世界の、歪んだ「正義」の一端が見えたエピソードでもありました。


次回は、街の職人が抱える悩みにフォーカスします。 「レトの信念がかっこいい!」「アイリスとのコンビネーションが深まっている」と感じていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】や【評価★】で応援いただけると、執筆の大きな力になります!

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