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第11話:逆翻訳の極意、見えない壁を撃ち抜け

お読みいただきありがとうございます!


ただの「書き換え」では通用しない、聖女の卑劣な「固定プロテクト」。 それに立ち向かうため、レトは新たな技術「逆翻訳リバース・エンジニアリング」の習得に挑みます。


なぜ隠れ里の長エルダは、レトにここまで肩入れするのか。 千年の時を超えて託される「重すぎる願い」と共に、レトの力が新たな次元へと進化します!

 隠れ里『ログ・ハイド』の夜は、凍てつくような静寂に支配されていた。広場に据えられた大きな石盤の前に、レトは立っていた。その表面には、エルダによって「固定」された、高度なプロテクト言語が明滅している。


「いいか、若造。聖女が行ったのは、いわば『物語の強制終了』じゃ。彼女は事実を消したのではない。事実の上に、誰にも動かせぬ『解釈の重石』を乗せたのよ」


 エルダは古びた杖で石盤を叩く。そのたびに、レトの視界には赤い警告色が走り、網膜が焼けるような痛みが走る。


「……それが、さっき言っていた『文脈の固定』か。どんなに真実を叫んでも、それが『狂人の妄想』というラベルを貼られて固定されていれば、誰にも届かない」


「左様。ならば、お主が学ぶべきは『翻訳』の先――『逆翻訳リバース・エンジニアリング』じゃ。相手が組み上げた論理の糸口を見つけ、結び目を一つずつ解き、定義そのものを瓦解させる技術。……やってみせよ。その石盤に刻まれた『火を点けてはならぬ』という固定定義を、お主の力で打ち破ってみろ」


 レトは深呼吸をし、石盤に右手をかざした。視界が「翻訳モード」に切り替わる。だが、今までとは違う。文字列がまるで鋼鉄の鎖のように幾重にも絡み合い、レトの干渉を拒絶していた。


【対象:概念石盤】 【固定定義:発火現象の完全拒絶(管理者:ELDA)】 【※警告:直接的な書き換えを検知。反発ダメージが発生します】


「くっ……あ、あああああ!」


 レトの指先から火花が散り、激痛が走る。まるで、巨大な城壁を素手で殴っているような絶望感。


「甘いわ! 力でこじ開けようとするのは、あの勇者シグルドと同じ。お主は『翻訳家』であろうが。文脈を読め。なぜその鎖がそこにあるのか、その『起承転結』を解剖しろと言っておるのじゃ!」


 エルダの罵声が飛ぶ。レトは痛みに耐えながら、歯を食いしばって文字列の「奥」を見つめた。隣ではアイリスが、無機質な瞳でレトの状態をモニターしている。


「……マスター。バイタルに乱れあり。ですが、対象オブジェクトの深層に、微細な『論理の矛盾パラドックス』を検知しました。……エルダ氏は、あえて崩し代を作っています」


「……矛盾、だと?」


 レトはアイリスの助言を頼りに、鎖の繋ぎ目を凝視した。エルダが仕組んだ定義は『発火を禁ずる』というもの。だが、その根底にある「熱の発生」までは禁じていない。


「……そうか。火を作るんじゃない。『冷たさを否定』すればいいんだ」


 レトは思考を切り替えた。燃やそうとするのではなく、この石盤が持っている「熱を奪う性質」そのものを、逆方向から翻訳する。


「翻訳――逆転定義。冷気の否定……温度上昇の再定義リライト!」


 文字列が青から白熱した白へと変わる。ガチリ、と頭の中で何かが外れる音がした。次の瞬間、凍てついていた石盤の表面から、猛烈な勢いで紅蓮の炎が噴き出した。


「……はぁ、はぁ……。やった、のか?」


「ふむ。筋は悪くないの。……だが、これでうぬぼれるなよ」


 エルダは炎を杖の一振りで消すと、冷徹な瞳でレトを見据えた。


「お主は疑問に思っておるはずじゃ。なぜ、縁もゆかりもない老いぼれが、ここまで手厚く教えるのかとな」


 レトは沈黙した。確かに、その疑問は心の隅に澱のように溜まっていた。


「……俺を利用して、教会に復讐でもしたいのか?」


「復讐? そんな安い感情ではない。……我ら『ハイド一族』は、千年前、最初の聖女によって『バグ』として歴史から消された。我らの存在そのものが、今の偽りの世界にとっては『あってはならないエラー』なのじゃよ」


 エルダは自嘲気味に笑い、遠い空を見上げた。


「わしらは、自分たちが『正しく存在していた』という証明が欲しいだけなのじゃ。お主が真実を訳し切り、この世界のバグをすべて消し去った時……ようやくわしらは、安らかに『消える』ことができる。……お主に託すのは、我ら一族の永きにわたる『葬送』の準備よ」


 その言葉には、千年の重みがあった。単なる協力者ではない。レトに知恵を授けることは、彼女たちにとっての悲願であり、唯一の救済なのだ。


「……分かった。あんたたちの千年の重み、俺が預かるよ」


 レトが力強く頷いたその時、アイリスが急激に立ち上がり、村の入り口へと視線を向けた。


「マスター、警告。……山脈の結界が突破されました。高魔力反応、一名。および、追跡用の魔導猟犬ハウンドが多数。……この魔力波長は、勇者パーティ第三席。魔術師カティアです」


 村の空気が一変する。ついに、王国の魔の手がこの隠れ里にまで届いた。


「修行の成果を試すには、絶好の機会じゃな。……行け、レト。お主の『逆翻訳』で、あの傲慢な魔術師の鼻柱を折ってこい」


 レトはアイリスと共に、村を包む吹雪の中へと足を踏み出した。

第11話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、新スキル「逆翻訳」の理論と、エルダ一族の悲哀に満ちた過去に焦点を当てて描写いたしました。 「自分たちの存在を正しく消してほしい」というエルダの願いは、偽りの歴史に塗りつぶされた者たちの、最後にして最大の抵抗なのかもしれません。


そして、ついに現れた勇者パーティの次なる刺客、魔術師カティア。 理屈と数式で魔法を操る彼女に対し、事象の根源を解体するレトの「逆翻訳」はどこまで通用するのか。

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