5-5「虚無の彼方に」
至る所に散乱する鉛筆、ボールペン、万年筆。
積み上がる原稿用紙の山。
畳や襖には、まるで血痕のようにインクが飛び散っている。
転げ回り、奇声を発し、発狂する子供たち。
ブツブツと部屋の隅で呟き続ける子供たち。
紙を顔面に押し付けられ、泡を吹き失神する子供たち。
「書け! 書け! 読め! 読め!」
大人たちの怒号が日夜飛び交う。
そんな狂気漂う空間で淡々と文字を書き続ける子供たち。
朝起きて、食事を取るのに1万文字書かされた。
昼過ぎて、食事を取るのに5万文字書かされた。
夜になり、食事を取るのに10万文字書かされた。
365日、来る日まで何年も繰り返す。
休暇はない。
課題の本や資料を読み、あらゆる小説を書き続ける。
書かなければ出られない、部屋がある。
読まなければ出られない、部屋がある。
覚えなければ出られない、部屋がある。
出来なければ壊れるだけ。待ち受けるのは廃棄処分。
少年少女たちは、来る日も来る日もただ、繰り返す。
入れ替わる少年少女たちのペースは早い。
だが、生き残る少年少女たちの数は異常に少ない。
たとえ生き残ったとして、その先に光など見えない。
灰色の日々は、やがて色褪せ、虚無の彼方に心を失う。
そんな場所に一人の少年が新入りとしてやって来た。
少年は周囲の環境に言葉を失い、筆を握る。その腕は震えていた。
生き残りの少年少女たちは「ああ、また廃棄処分か」そう思った。それ以外は何も思わなかった。
少年は何度も鞭で叩かれ、殴り、蹴られた。その度に少年は泣いた。
三ヶ月が経ち少年は無表情になって、随分と痩せ細っていた。
だが少年の筆は速く、正確になっていた。
生き残りの少年少女たちはその姿に瞠目した。
何故か。
少年は口端を釣り上げて静かに笑い文字を紡いでいる。
何が、少年をそうさせるのか。
人間というのは本当に分からない。
閉鎖環境下での抑圧。
即興執筆と強制読書による負荷。
生存を賭けた極限状態。
能力――『共感覚』――の覚醒。
純真無垢な心に乱気流が蠢き、精神に不調和を引き起こす。
まだ学院が存在しなかった頃、特殊な感覚を持ち合わせる小説家が世界でも稀に存在したとか。
ある者には文章や数字、人の感情に色が視えた。
ある者には文章や数字、人の感情に匂いや味を覚えた。
ある者には瞬間的に物語の全てが見通せた。
ある者には段階的に物語の声が聞こえた。
ある者には文章を間違えることが出来なかった。
ある者には文章の真意や隠された裏の意味などを見抜けた。
ある者には尋常ではない集中力により、倒れるまで書けた。
少年の心は一度粉々に破壊された。
溢れ出る涙は既に枯れ果てた。
地獄に踏み込んだ少年の心には無限の虚無が広がっている。
誰もがその深淵世界の先に――星の雨が降っていることを知らない。
彗星が輝いていることを知らない。
三人揃えば何だって出来る。何だって乗り越えられる。
何だって書ける。何者にもなれる。きっと。
少年は来る日も来る日も、飽きずに何度も、流星群の夢を見ていたのかもしれない。




