3-2「体育」
体育館の二面コートには、男女に別れて楽しそうにバスケをする生徒たちの姿がある。男子コートの勝俣は、チームを率先していた。
ドンドンとドリブルで床を叩く音が鳴り、バッシュのようなキレのある音は鳴らないが、ステップを踏む音とパスを促す声が混ざり合う。
綾人と嵐は、コートの外側で試合を眺めている。床下の小窓から、午後の春風が吹いてきて、観戦するにはちょうど心地いい。
この日の午後は、五組との合同体育だった。と言っても、ただ毎回決められたスポーツを自分たちで好きに遊ぶだけである。
言ってしまえば出席するだけで単位が貰える、ボーナス授業の一つであった。
季節によっては、マラソンなどもあるので、その時だけは多くの生徒が欠席するとか。
ではなぜこのような小説家養成学校に、体育などの授業があるのか、それは主に生徒たちの運動不足解消の為である。
全生徒が物書きという特殊な環境下なので、つい引きこもりがちになるのはこの学院ならではの特徴なのだが、心と体の結びつきはとても密接なのである。
小説家にとって脳みそは商売道具ともいうが、それは第一として、書くという行為は気力を消耗させるのと同時に、とても体力を使う。
これは実際書いてみないと中々伝わりにくいものなのだが、年中小説を書くには相当な体力と集中力が必要で、脳みそばかりに頼りすぎると、集中力が何処かのタイミングでぷつんと切れてしまう。
その時は何も考えずに散歩にでも出掛けると良い。年中足元に血が溜まりがちな連中は、とにかく体を動かすことが必要なのである。
学院のカリキュラムは、今後も専業の小説家でやっていきたい若者に向けて作られている。なので体を動かすルーティンを、なるべく若い頃から身につけておくことを癖付ける為の授業の一環でもある。
「勝俣君って運動神経抜群なんだね」
体育座りをしている嵐が呟く。
「みたいだな」
片膝を立て、後方に腕を預けて座る綾人。
ホイッスルが鳴り、坂上先生が「交代。次」と言った。
汗だくになった勝俣が、綾人たちのも元にやってくる。勝俣は体操着のシャツを捲りあげ、小窓から吹き付ける微風に上半身を晒している。
「あぁ。涼しぃ」
一息ついた勝俣は、女子コートの方ばかりを見て、鼻の下を伸ばしていた。
「おい、お前らも見てみろよ。早川さんもだけどよ、あの五組の子も中々良いよなあ」
勝俣が指を向けて言った方を綾人は見る。
たったいま、茉希歩にボールを奪われた女子にレンズが自動的にフォーカスされ、一般的なステータス情報が見える。
【十一期生・一年五組・星野詩音『アマチュア』】
「やっぱイイよなぁ。体操着って」
勝俣の語尾も頬も気持ち悪いくらい緩みきっている。
星野は運動が苦手なのか、顔を真っ赤にさせて、コートを走っていた。
そんな三人の目の前に、一人の男子生徒がやって来る。
勝俣はそれでも何とか女子のバスケを見ようと、必死に姿勢を横にずらそうとする。
「あ、あのさ君たち」
男子生徒は声をかけてきた。
嵐が「栗谷君?」と声をかける。
同じクラスの栗谷公彦は、「座っていい?」と嵐の横をさす。嵐は頷いた。
「なんだぁ栗谷。お前も女子のバスケが見れる特等席をご所望でぇ?」
「そんなんじゃないよ。それより君たちに一つ聞いておきたくて」
「どうしたの?」
「この前の告発文さ、あれ本当のことなの? 野崎さんがN・Kだってやつ」
嵐は綾人と目配せをしたが、生真面目そうな眼鏡をかけた栗谷を見直して否定した。既に興味を失くしたのか、勝俣は女子コートをかじりつくように見ている。
「そっか。そうだよね。ごめんね、ちょっとあれから班員のみんなも心配しちゃってたから」
「なんかごめんね」
「いいや、こっちこそなんかごめん。ある意味、雷電君やB班は一番の被害者なんだから謝らないでよ」
「そういえば栗谷君は、C班の班長なんだよね?」
「そうだよ」
「調子はどう?」
「うーん、まだ班員が各々どうやって動くのが適切なのか僕も考えているんだけど、何しろ小説を五人で作った経験なんてなくてさ……」
嵐は軽く笑って「僕たちも似たような感じだよ」と言った。
「でもさ、この必修試験自体が雷電君は変だと思わない?」
「え?」
「どうして僕たちは、クラス内で退学者が出るほど競い合わなければいけないのかなって」
「確かに。どうしてなんだろ」
「僕さ文学倶楽部っていう研究会に所属しているんだけど、そこの先輩がとても気になることを言っていたのを耳にしたことがあってね。先輩が言うには、二年に進級した時には、まるまる一クラス分が無くなってたって……」
「まるまる一クラス分が無くなる!?」
思わず声のボリュームを上げてしまった嵐は、慌てて口元を抑える。
「それくらいの退学者が一年間で出るってことなんだって。まあ今回の前期必修試験だけでも、確かに一組二人ずづだから、最低でも十二人は退学になることを考えると十分あり得ることかもしれないんだけど。正直怖いよね」
嵐はそこで、告発文の影響の大きさをもう一度認識しはじめた。
「あのさ栗谷君、よかったら連絡先交換しとかない? 同じ班長同士、悩みも似てるだろうから」
二人共スマホを取り出して、連絡先を交換する。
「是非。あのさ雷電君」
「うん?」
「もし僕の勘違いだったら申し訳ないんだけどその、雷電君のお家ってあの雷電天魔さんの?」
「……そうだよ。もしかして栗谷君、本格とか好きなの?」
「やっぱり!」
思わず栗谷は、顔を綻ばせた。
「僕、昔から大ファンなんだよ! もしかして雷電快晴ってお兄さん?」
「う、うん。そうだけど……」
「うわぁ凄いなぁ。僕、やっぱりこの学院入れて良かったよ!」
「そ、そうかな……」
どうしたものかと困惑気味の嵐は、自分のことのように恥ずかしさがこみ上げてくる。
「夢みたいだ。だってあの雷電流だよ!?」
「そんな、大袈裟だよ。雷電なんてもう古い人間しか読まなくなって随分と長いんだし」
二人の楽し気な光景を見た勝俣が、不思議そうに近寄ってくる。
「おいおいお前ら、まだスマホなんか使ってんのかよ」
「もしかして栗谷君もレンズ苦手?」
「昔から眼鏡だったから」
栗谷は苦笑いをする。
「分かる。もしかして本読む時も紙派?」
嵐が興奮気味に言う。
「うん。小さい時からずっと紙で小説を読むのが普通だったから」
嵐はたまらず手を差し出す。二人は深い握手を交わした。
「けっ、眼鏡二人が揃って友情成立ってか」




