栗原美琴の策略
「ぐっ、ダメだ……このままでは死人が出るぞこのゲーム! 次で最後にしようぜ!?」
「さんせー……このままだとマジ死ぬし」
「確かに、部活も行かないといけないから、次で最後にしようか!」
「いや、それはお前が原因なんだぞ……」
多賀城による被害者の会と言うべきか、被害を被っていない古川以外の4人は、既に疲労困憊の表情を浮かべていた。しかし、時刻は既に4時を回っており、部活の県大会を控えていたバドミントンの主力メンバーとしては、あまりここで油を売っているのも問題であった。
しかし、ここまで運に恵まれずに自分のターンが巡って来なかった栗原に、ある秘策が浮かんでいた!
(分かる……分かるわ! いくら多賀城さんがクジをシャッフルしたとて、私の動体視力には敵わない! バドミントンで培った能力が、まさかこんなところで役に立つとはね! ふふふ……副会長、次で仕留めてみせるわ!)
(会長のやつ、さては何か狙ってるな……? おそらく、クジのシャッフルの法則に気が付いたとか……?」
クジを引く前から、2人の高度な心の読み合いが始まっていた!
栗原の動体視力と記憶力を持ってすれば、低速でシャッフルされる割箸の場所を覚えることは容易である! それに加え、1本1本に僅かなマーキングを施していた影響で、栗原が今までに引いた2本のクジには、栗原にしか分からないレベルの細工が施されていた! あとは自分が王様を引き当て、松島が引いた番号を記憶しておくだけ! 栗原の顔に、勝者の笑みが浮かんでいた!
しかしここで、松島のセコいかつ、栗原に最も有効な技が炸裂した!
「おーっとぉ!? クジがバラバラになっちまったなぁ!? いやぁ、わりぃわりぃ」
「っ!?」
「もー、松島くんダメですよぉ? 気持ちは分かるけど、焦っても王様は引き当てられませんよ? はい、もう1度やり直しますからねぇ」
強制シャッフル! 松島は他の誰よりも先に筒に手を伸ばし、勢い良く筒を倒していた! 6本の割箸が放り出され、多賀城が立っていた足下に転がっていく!
それだけではない! 多賀城が拾う瞬間に、自らの体を栗原と多賀城の間に入れることで、栗原の視界を完全に遮っていく! これで、栗原には自分が今までに引いた2本のクジ以外の見分けが付かなくなってしまった!
松島を睨み付ける栗原。勝ち誇ったかのように唇の端を吊り上げる松島。フェアな勝負とはかけ離れた結果、何とも低レベルな争いへと発展していた!
(どうだ、会長? これでクジの見分けは付かなくなった! 会長であるお前が王様を引き当てられる確率は6分の1! そして更に、オレが引き当てた番号を狙い撃つとなれば、相当に確率は下がっていく! 残念だったな、会長っ!)
(なるほど……私の作戦を読んで、ワザとクジをバラバラにしたということですか。確かに、これでランダム性は増しましたが……私の策がこれだけだとお思いで?)
(っ……会長のあの不敵な笑み、まさかまだっ!?
他の4人には見えない2人の読み合いをしているうちに、多賀城が運命の掛け声を発していく。その瞬間、松島は誰よりも早く筒に手を伸ばしていた!
そして……
「あっ、今回は美琴ちゃんが王様ですよ! やぁん、会長の命令だなんてドキドキするぅ」
「ぐっ……!?」
「はぁ、助かった……ようやくマトモな命令をしてくれる人が現れたわ」
「ですね……助かりましたよ、本当に」
安堵の表情を浮かべる名取と古川の1年生コンビ。しかし、それとはあまりにも対照的に、松島の背中には冷たい汗が噴き出していた! そして、勝ち誇ったかのように余裕の笑みを浮かべる栗原! 王冠マークが付いた割箸を掲げる様は、正に生徒会長! この学園を統率する、揺るぎないリーダーとしての威厳そのものであった!
「で、美琴ちゃんの命令は?」
「多賀城さん……このゲーム、命令を実行する対象に、王様が含まれていても良いのよね?」
「ふぇ? まあ、誰かが王様に何かをする的な命令でもOKだけど?」
「そう……じゃあ、3番が王様に愛の告白でもしてもらおうかしら?」
『!!?』
最後の命令、それは栗原美琴によって仕組まれていた巧妙な罠っ! 今までの2回のゲームは全て捨てゲーム! 栗原にしか分からない高度なイカサマによって、どれだけシャッフルしてもクジの判別が付くようになっていた!
その命令に、生徒会室は今日1番の緊張感に包まれる! そして、安堵の表情を浮かべた者が4名いる中、栗原の不敵な笑みを向けられていた1名だけが、敗者の顔をしていたのだった!
「……まさか、副会長が3番ですか?」
「ウソ……マジで?」
「その顔……マジだな」
「うわぁぁぁ! 告白ですよ告白! 松島くんから美琴ちゃんに、愛の告白ですよぉぉぉぉ!」
(くっ……やってくれたな会長ぉぉぉぉっ!)
沈黙は肯定! 松島が睨み付けた先には、王者としての風格に包まれていた栗原がいた!
王様ゲームにおいて、王の命令は絶対である! この場において、命令に背くことは何人たりもの不可能! つまり、松島に逃げ場無しなのであった!
「さあ、副会長……王様に愛の告白は?」
「ぐっ……!」
「い、いよいよっ、いよいよ2人の恋路に進展が!?」
「こうでもしないと進まない2人、やれやれだよなぁ……」
「会長、めちゃくちゃ堂々としてるけど、めちゃくちゃ職権濫用してない?」
「ま、まあ、会長がそうなるのは副会長が相手のときだけですから……」
力無い歩みで栗原の前に向かう松島。公開処刑とでも言わんばかりの横暴じみた命令だったが、他の4人には既に2人の心の内が透け透けであった!
お互いに好意を抱いていることを隠していたつもりの2人であったが、他のメンバーにはバレバレであった! むしろ、どうやればこの恋路にケリがつくのかどうか、やきもきした日々を過ごしていたのだ! そう、まだ気が付いていないのはこの2人だけ。これは、ただの疑似告白ではないということを、4人は分かっていたのだった!
「っ、会長……!」
「……副会長」
(ええい、罰は罰だ! これくらい、さっきのポッキーゲームと比べれば何でもねぇ! さっさと告白じみた戯言を述べて終わりにするぞ!)
(副会長、とてもカッコ良い……その真剣な眼差しに射抜かれたら、私は、私は……!)
真剣な表情で栗原に向き直る松島。その眼差しに、思わず栗原の頬が緩んでいく! 顔は赤面し、まるでいつもの威厳を放つ栗原美琴とは別人の顔である! それは正に、恋する1人の女であり、首を長くして待ち望んでいた展開であった!
今の2人には、もはや周りのメンバーの顔も視線も気にならない! 極度の緊張からか、お互いの胸の鼓動が聞こえてしまうのではないかと思うくらいの錯覚に捕らわれていた!
生徒会室に一瞬の静けさが広まった後、覚悟を決めた松島の一世一代の疑似告白が始まる!
「っ、会長……オレは、お前のことが好きだ」
「はぅっ……!」
「その真剣な表情でいつも生徒のことを考え行動している。部活でも、バドミントン部の部長として周りを牽引し、今年も全国大会へ導くことだろう。いつも凛々しくて、それでいて時折見せる可愛げのあるところが……オレは好きだ」
「あっ、あぁっ……あぁぁ……!」
「あっ、美琴ちゃん!? おーい、美琴ちゃーん!」
想像以上の威力を誇っていた松島からの疑似告白に、栗原の脳内は瞬く間にバーストした!
頭から煙が噴き出した栗原は、そのまま電池が切れたかのように床に倒れ込む! 慌てて多賀城が駆け寄って声を掛けたが、栗原はまるで反応が無く気絶していた!
「ありゃあ、これはダメだねぇ……松島くん、何したのよ?」
「おっ、オレかっ!?」
「いやぁ、松島……良いもの見せてもらったぜ」
「副会長……男らしい告白でしたよ!」
「案外どストレートな告白じゃん。会長にはクリティカルじゃない?」
「お前ら、他人事だと思ってなぁ!? ああもう、さっさと部活行くぞ!」
気絶している栗原を置いて、恥ずかしさからこの場にいられなくなった松島は、赤面したまま生徒会を飛び出した。
しかし、この松島の疑似告白は、栗原が密かに隠し持っていたボイスレコーダーによって録音されており、未来永劫語り継がれることになるのだった。




