2人はライバル関係
「ふぅっ!」
「っ……はぁっ!」
「ぐっ……らぁっ!」
「やぁぁっ!」
男女のバドミントン部が活動している体育館のとあるコートでは、鬼気迫る戦いが繰り広げられていた。もちろん、その戦いは栗原と松島の間で起こっていることである。
「まーたあの2人、別世界の戦いをしてるよなぁ」
「今までの対決の成績は、お互いに250勝250敗……1年のときからずば抜けてた2人だけど、まさかここまで互角だったとはねぇ」
2人の鬼気迫る声と、激しいラリーの応酬が聞こえていく中、他の部員たちは手を止めてその戦いに魅入っていた。
お互いに全国大会でも活躍している2人の実力は、多賀城の言う通り互角であった。入学して以来、2人は事あるごとに競い、今まで数え切れない程の戦いをしてきたのである。そして今や、それは意地と意地の張り合いと化し、どちらが根負けするかという、正に恋愛さながらの様相を呈していた。
「部長のパワーに、会長は寸分の狂いも無いテクニックで渡り合ってる……この2人、ホントに何者なんだろう?」
「マジありえないよね。この2人、ウチらとレベルが違いすぎるでしょ?」
後輩である古川と名取が感嘆の息を漏らす中、周りの部員たちの応援も熱を帯びていく。
「うぉぉぉっ! 流石だぜ部長ぉぉ!」
「きゃあぁぁぁぁ! 会長素敵ぃぃ!」
松島が強烈なスマッシュを決めれば、男子部員たちが歓声を上げる。そして、栗原がライン上に落とすショットを決めれば、女子部員たちが歓声を上げる。そんな2人の勝負は、あっという間に20-20となっていた!
(オレは、会長に負けるわけにはいかねぇ! 男が女に負けるなんて、そんなことはあってはならねぇ! そして、オレに負けた会長が愛の告白をしてくるまでがシナリオ! これこそ、オレが今まで思い描いていた最高の展開だっ!)
(私はっ……私は負けるわけにはいかない! 副会長に勝って、必ず副会長から告白させてみせる! それこそが、私が今まで思い描いていた最高のシナリオよっ!)
「すごい……全然シャトルが落ちる気配がしません」
「バドミントンの試合は21点先取でセットを取る。だけどこれはあくまでもエキシビジョンマッチだから、1セットのみの勝負。それでいて20-20になれば本来は2点差が付くまでのデュースだけど、この場においてそのルールも無し。つまり、次の得点を取った方が勝ちってことよ!」
最後の1点を巡る攻防は、今日1番の長いラリーとなった。松島のパワー溢れるスマッシュを、栗原が何とかコースへと返す。両者ミスをすることなく、ただひらすらにシャトルが宙を舞っていた。
「っ……!」
(浮いたっ……!)
その瞬間、今まで何度も松島のスマッシュを返してきた栗原の表情が歪み、返されたシャトルは大きくネット際に浮いてしまう。
「松島先輩、チャンスですっ!」
「決めろ、松島あぁぁぁっ!」
「美琴ちゃん……っ!」
「決まりね」
その戦いを見守っていた生徒会メンバーをはじめ、誰もが松島の勝利を確信した。そして、それは当の本人たちも勝負が付いたことを悟っていた。
あとはネット際に浮いたシャトルを叩いて栗原のコートに叩き落とせば、松島の勝ちである。
(もらったぜ、会長ぉっ!)
(やられたっ……!)
敗北を悟った栗原は、思わず目を瞑る。
しかし次の瞬間、勝負は意外な形で決着を迎えていた。
「えっ……!?」
「なっ……!?」
「ど、どうしたんですか副会長!?」
ネット際で浮いたシャトルは叩かれることなく、そのまま松島の顔の横を通過していく。そして、そのまま松島のコートの中心付近に、乾いた音を立ててシャトルが着地した。
その場の誰もが、松島に異変が起きたのではないかと推測した。しかし、松島はただコートに立っているだけであり、その視線の先には目を見開いて驚いていた栗原の姿があった。
そして、松島は持っていたラケットをコートに置くと、そのまま栗原の元へと歩み寄っていく。
「な、何ですか? こんなことをして、私に勝ちを譲ったつもりですか?」
「いいから来い。話はそれからだ」
「ちょっ、何ですか急に!?」
松島は栗原の手を取ると、そのまま体育館の外へ向かって歩き出す。その行動に、栗原を含めたその場の全員が理解出来ていなかった。
栗原の右手からラケットがこぼれ落ち、そのままコートに落ちていく。その左手は、しっかりと松島に握られていた。
「どうした松島? 何かあったのか?」
「すぐに戻る! お前たちは練習を続けていてくれ! 女子部も……多賀城! 頼む」
「ははーん、なるほどねぇ……さすが松島くん。美琴ちゃんのそんなところにまで気付くとはねぇ」
松島は副部長であった富谷と多賀城に声をかけ、残りの練習の指揮を託していく。松島の意図を理解したのか、多賀城は不敵な笑みを浮かべて松島を送り出していた。
「はいはい、じゃあみんな! ボーっとしてないで、練習再開しますよー! 大会近いから、気合い入れてねー!」
結局、松島の行動の意味を理解出来ないまま、他の部員たちは多賀城の声がけで練習へと戻っていった。




