煩悩合戦
「じゃあ、松島先輩。僕と富谷先輩は先に部活に行ってますね」
「ああ。オレもこの仕事が終わったらすぐに行く」
「県大会も近いから、気合い入れていかないとな」
「もちろんだ。今年は全国大会で優勝するのが目標だ。さっさと終わらせていくから、アップしとけよ」
庶務の富谷と会計の古川が松島に声をかけ、生徒会室を出て部活動の場所である体育館へと向かう。この3人は同じバドミントン部に所属しており、松島が部長を務めていた。
ついでに言えば、今この場にいない書記の多賀城と広報の名取、そしてこの場で圧倒的な存在感を示していた生徒会長の栗原も同じバドミントン部に所属しており、更に言えば栗原が部長を務めていた。
つまり、今の生徒会はバドミントン部のメンバーで構成されていると言って差し支えない状態なのである。
「……今年は全国大会でどこまで行けそうなんですか? 去年はベスト8で不覚を取ったようですが」
「今年は去年よりも戦力が充実している。富谷と古川の2人がいればダブルスの勝利は固い。そして、オレがシングルスで勝利を納めれば、団体戦の勝利は約束されたも同然だ」
「そうですか。県大会で足を掬われないように願っています」
生徒会室で黙々と作業をしていた2人。その中で、ふと栗原の方が口を開く。しかし、松島からの返事に視線を上げることなく、ただ淡々と作業を続けながら返事をしていた。
「そっちこそ、油断していると県予選で痛い目を見るぞ。舐めてかからないことだな」
「そのような心配は無用です。私が団体戦に出場しなくとも、多賀城さんと名取さんだけで団体戦は勝てるでしょう。わざわざ私が出る必要もありません」
まるで愚問とでも言わんばかりに、栗原は松島の杞憂を切り捨てる。
栗原の言葉に嘘偽りはなく、実際に築館学園バドミントン部は、全国大会出場の常連校であった。その中でも女子バドミントン部は毎年インターハイ上位に食い込んでおり、昨年も栗原や多賀城らの力によって準優勝を成し遂げていた。
一見すると、不穏な雰囲気が漂っているように感じられる生徒会室。しかし、実際のところ2人の脳内では全く真逆の思考が繰り広げられていた。
(副会長、まさか私のこと心配してくれているの!?それって、私のことが好きってことじゃないから!?ああもう、好きなら好きって素直に言ってくれたら良いのに! 貴方が好きって言ってくれたら、私はいつだってOKなんだから!)
(会長のやつ、まさかオレのことを心配してくれてるのか? それって、オレのことが好きってことで良いんだよな!? それならそうと言ってくれれば良いのによ! お前が好きって言えば、オレはいつだってOKなのに!」
2人っきりの生徒会室では、こうして煩悩の塊合戦が繰り広げられていた。




