多賀城の提案
「今日は部活が終わったら花火をするよっ!」
インターハイを数日後に控えたある日、夏休み中のバドミントンは大会を前にした最後の追い込みをしていた。
そんな中、休憩中に多賀城が突如として松島や栗原たちに呼びかける。またもや突拍子もない提案に、栗原や松島は軽いため息をつく。
「あのなぁ、多賀城……気持ちは分からなくもないが、もうすぐインターハイだろ? 花火なんて、インターハイが終わった後からでも出来るだろう?」
「だって、この街の夏祭りってインターハイの後でしょ? それに、去年だって松島くんたちがベスト8で負けたりするから、花火しようって気分にもならなかったでしょ? 私たちは準優勝したけどさ!」
「うぐっ! た、確かにっ……」
苦言を呈した松島だったが、悪気の無い多賀城の発言にぐうの音も出ない。松島にとっては不覚であったが、多賀城の言う通りでもあった。
例年、この町の夏祭りは夏休みの終わり間際に開催される。お盆前に行われるインターハイで無様な負け方をしたりすると、とてもではないが夏祭りどころではないというのは、松島も身を以って痛感していた。
「心配するな、深雪。確かに俺たちは去年、不覚を取ったかもしれない。だが、今年は違う。松島も俺も去年よりパワーアップしたし、古川も同じだ。この3人がいれば、優勝は間違いない!」
「慎之助くん! やっぱり私の慎之助くんはカッコ良い! 絶対優勝してね!? 私のために!」
「おう、任せとけ! それで、今日の花火もやろうぜ!」
「ホントに!? 実はもう買ってあるんだよ! みんなでいっぱい花火しよ! 今日は夜まで学校の敷地内を使って良いって、おじいちゃんから許可もらったから!」
「職権濫用じゃないんですか、それは……」
「無理よ、無理。今のこの人たちに何言っても無駄よ。頭の中、お花畑になってるもの」
人前で隠すこともなくイチャイチャしている多賀城と富谷に、名取と古川もため息をつく。そんな中、松島は栗原に声をかけていた。
「会長、手首は大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。万が一のことがあると困るから、練習ではセーブしていますが」
「そうか。なら心配要らないな。最後のインターハイ、優勝しないわけにはいかないからな」
「……そうね。優勝が絶対だわ」
「……気負ってないか?」
「な、何ですか急に? 私がプレッシャーに負けるとでも思っているんですか?」
「まさか。これでも心配してるんだよ。最近の会長、練習中も鬼気迫る勢いだが、どこか気持ちが別なところにあるような気がしてな」
「なっ……何をするんですか!? 私は子どもではありませんよ!?」
栗原の心の内を見透かしていたのか、松島は栗原の頭を優しく撫でていた。もちろん、松島も最後のインターハイを前にして少なからず気持ちが昂っていたため、普段であれば決してこのようなことをしたりはしない。そう、今の松島は最高に調子が良かったのだ!
不意に松島に頭を撫でられた栗原は、不覚にも頬を赤らめる。他の部員たちが見ていなかったのが幸いであるが、自分の気持ちを知ってか知らずかの松島の行動に、栗原はやきもきした気持ちになっていく。
「大体、副会長こそ油断したりしてると去年みたいになりますよ? 一緒に優勝するぞって言ってたのに、ベスト8で負けて意気消沈してたのは誰ですか?」
「あ、あれはだなっ! 相手が悪かったと言うか、単純にオレの力不足だった! でも、今年は違う。富谷と古川、それにみんなの力があれば絶対に勝てる!」
「そんなこと言って、去年みたいに夏祭りどころでなく落ち込んでいたのはどこの誰ですか? せっかく多賀城さんが企画していた夏祭りの計画も、副会長のせいで水に流れたんですからね」
「ぐっ、覚えていないて良いことばかり覚えているな……」
「当然です。貴方を誰よりも近くで見てきたのを誰だと思っているんですか?」
「それは……栗原美琴だろ」
「御名答。私の期待を裏切らないようにしてくださいね、副会長。とりあえず、白石に連絡して花火の手配をしてもらいます。負けたときの保険になりますから」
「そんなこと言って、本当は自分が楽しみにしてるんじゃないのか? 花火するの」
「そ、そんなことありません! 別に私は、多賀城さんの提案を無下に断りたくないだけです! さあ、練習再開しますよ。大会は近いのですから、1分たりとも無駄にしてはいけません」
照れ隠しをするように、栗原は部員たちに声をかけていく。栗原の一声で体育館の空気が再び引き締まり、部員たちの大きな声が響いていく。
そんな中、松島の頭の中には1つの疑問があった。やはり、栗原美琴の様子がいつもとどこか違うということである。
しかし、具体的に何が違うのかと言うと、松島には指摘することが出来ない。ただ、今まで栗原を見てきた中での経験というべきか、松島にしか感じられない僅かな変化であったため、多賀城をはじめとした他の部員たちが気付くことはなかった。




