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告白サバイバル!  作者: レイチェル


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学園の掟

 築館学園が誇る図書室。その広さは一般的な図書館よりも広く、保管されている文庫本は何万冊にも及ぶという。毎年多くの本が寄贈されており、その管理は図書委員会に一任されていた。

 読書や勉強用のテーブルも数多く設置されており、定期試験前ということもあってか、図書室はそれなりの生徒が利用していた。その中でも生徒会のメンバーが来ているということで、室内はややざわつきが見られていた。この学園を取りまとめている6人が一堂に会して勉強している光景は、中々見られるものではない。



「多賀城さんの場合、必要なのは基礎練習の反復です。応用問題は、所詮基礎の延長線に過ぎません。要点を押さえていれば、あとはどうとでも応用が効きます」


「そんなこと言ってもさあ……その基礎を覚えるのが大変なんだよ」


「まあまあ。ここで頑張ればまたデートに行けるだろ? 今度新しいショッピングモールがオープンするから、一緒に行こうぜ」


「ホントに!? 慎之助くんと一緒に行けるなら頑張る! 私、めちゃくちゃ頑張っちゃうから!」


「……富谷庶務? 貴方も一緒に近くの海に沈めてあげましょうか? 公衆の面前でなにをイチャイチャしているのかしら?」


「ひぃ!? す、すみませんでした会長ぉ!」



 多賀城を指導している栗原と、それを見守りながら勉強している富谷。そこから少し離れた場所で、名取と古川、それに松島が勉学に励んでいた。



「あの、松島先輩? 名取さんもそうですけど、ノートに書かないんですか? 2人とも、さっきからずっと教科書を読んでるだけに見えますけど」


「オレは今まで1度も試験前にノートに書き込んで勉強したことはない。教科書とノートを読み込むだけで十分だ。わざわざ改めて試験対策のためにノートを作るなど、時間の無駄だと思っているからな」


「あたしも。そんなんだったら、最初からテスト用に作っとけって話でしょ。無駄なのよ、そんな勉強方法は」


「それって天才の勉強方法じゃないですか……」



 唖然としている古川であったが、松島と名取とて内心は穏やかな気持ちではなかった。

 学園内の成績でのみ己の存在感を誇示出来る2人にとって、そのプレッシャーは並大抵の物ではなかった。首席の座を守るためにこの2人が普段からどれほど努力をしているか、古川をはじめとして周囲の生徒たちは気付いていない。そう、それを知っているのはただ1人だけである。

 松島と名取に共通しているのは、高校からの外部入学ということである。様々な理由から、2人は中等部からエスカレーター式に内部進学してきた者たちに対して、少なからず劣等感を持っていた。そのため、そんな彼らを打ち負かすことにより、己の存在感を示していたのだ。

 そしてそれは、内部進学組からしても同様である。お嬢様や御曹司が数多く在籍しているこの学園において、松島や名取などの一般家庭の者が入学してくることは稀である。自分たちが日本の未来を担うという自負を持っている彼らからすれば、この2人は異色の存在。少なくとも、良い目で見られてはいないというのが現実である。



「……松島先輩、こんなとこで勉強してて良いの? 会長に負けたら立つ瀬なくない?」


「ああ、全くだ。何でオレはこんなところで勉強しているんだろうな? 多賀城の雑音がうるさくてやっかいだ! だが、栗原と一緒に勉強していると思えば、何とか耐えられる!」


「いや、動機が不純でしょ。いい加減、素直に慣れば良いのに。会長なんて、押し倒せばイチコロでしょ?そのままハメれば松島先輩の勝ちでしょ」


「おまっ、ちょっ、何言ってんだ! 栗原とオレはそんなんじゃない! 純粋なライバル関係だから!」


「どうだか……」



 表情1つ変えることなく、名取は教科書を読み進めている。制服を着崩し、化粧もナチュラルを遥かに超え、口調や素行も褒められたものではない。そんな名取がなぜ生徒会にいるのかと思うが、そこには深い理由があった。少なくとも松島が絡んでいることは確かなことであるが、それについてはまた後述である。

 しかし、そんな松島と名取という2人が一緒にいるということは、彼らを快く思っていない者たちから冷ややかな視線を浴びるものであった。



「……ほら、あれよ。美琴様に近付いてその蜜を吸おうとする不届者は」


「ホント、どうして美琴様は自分の配下にあのような下賤な者たちを置いているのかしら」


「自分たちが学園の恥だということを分かっていないみたいね。早く消えて欲しいものだわ」



 松島たちが座っていたテーブルから程ない距離に陣取っていた女子生徒数名のグループの方から、ヒソヒソとした話が松島たちの耳に入ってくる。それが彼らにギリギリ聞こえるように話しているものだから、彼女たちにとってはむしろ聞こえて良いものだと思っていたのだろう。

 松島はそんな対応をする輩には慣れていたが、名取にとっては心が穏やかでは無くなっていく。



「……先輩」


「……落ち着け。あんなやつらは放っておけば良い。オレたちはいつものように、結果で黙らせるだけだ」


「松島先輩、名取さん……」



 教科書を閉じてその女子生徒たちの方へ向かおうとした名取を、松島が宥める。そんな2人を、古川が心配そうに見つめていた。



「大体、副会長もあの成績は何かの間違いでしょう?あの美琴様と肩を並べられると思ったら大間違い。教師を脅して問題を入手しているか、テスト中にカンニングしているとしか思えないわ」


「あの広報の子も同じではないかしら? 振る舞いも野蛮で、由緒あるこの学園の生徒だと思えないわ。一緒にいるだけで恥ずかしいわ」



 松島たちが何も反応しないことを良いことに、彼女たちの話は止むことなく続いていく。

 しかし、怒りが臨界点に達した名取は、ゆっくりと立ち上がる。そして、松島と古川が止めるのを聞かず、自分が座っていた椅子を勢い良く蹴飛ばした。



「!?」


「っ!?」


「はっ……!?」


「な、名取さん……!」



 蹴飛ばされた椅子が激しく転がった音が図書室内に響き、周囲は一瞬にして喧騒に包まれていく。名取たちの話をしていた生徒たちも驚き、転がった椅子と名取の顔へ交互に視線を送っていた。

 そのまま名取はその女子生徒たちのグループに迫っていき、両手でテーブルを勢い良く叩き付ける。そのあまりの勢いに、女子生徒たちは一瞬にして怯えた表情を浮かべていく。



「センパイたちさぁ……言いたいことがあるならハッキリ言えば? 何コソコソ話してんだよ? 負け犬の遠吠えって知ってるか? てめぇらがやってることの方が恥ずかしいんだってこと、分からせてやろうか?」


『ひっ……』


「なっ、名取さん! 暴力は……!」


「まったく……すぐに頭に血が上るのは良くないな」



 今にも殴りかかろうとする名取に、女子生徒たちは狼狽えて逃げ出すことが出来ない。名取の表情は憎しみに満ちており、彼女たちを心の底から敵対視していた。

 見かねた松島がゆっくりと歩み寄り、名取の肩を優しく叩く。そして、その女子生徒たちの方へ頭を下げた。



「すまんな。こいつはすぐに思ったことが口に出るから、オレから言っておく。驚かせてすまなかった」


「はっ……!? 何で先輩が謝って……」


「良いから、ここはオレに任せておけ」



 胸を張っていた松島は、この場に居合わせた全員の視線を集めてもなお、堂々とした表情を崩すことない。これが、生徒会副会長である松島尚人の矜持であった。

 そんな松島に、女子生徒たちは一様に軽蔑が混じった視線を向ける。両者の間には、埋めようのない深い溝があったのだった。



「ふん、生徒会はそんな野蛮な方しかいらっしゃいませんのね。貴方といいこちらの方といい、ろくな人選がされていませんこと」


「所詮は外部入学の人間。礼儀も作法もあったものではないわね」


「そうだな、それは認める。オレもこいつも、この学園の作法とやらは何も知らない。お前らお嬢様たちの気持ちも、オレには1ミリも理解出来ん。だがな……」


『っ!?』



 次の瞬間、松島はテーブルの上に置かれていた鉛筆を手に取ると、指と指の間に挟み込んでいく。そして、力任せに握り潰していくと、梃子の原理を利用された鉛筆は、一瞬にして粉々になっていった。



「そんな外部入学の下賤な者に、毎度毎度敗北しているのは誰だ? お高くまとまっているお前たちに、オレや名取が劣っているとでも思うか? オレたちに敗北している以上、お前らの方が無様に見えるがなぁ?それに、オレならともかくとして、後輩をバカにされて先輩が黙ってるわけにはいかないよなぁ?」


『ひっ、ひぃ!?』



 鬼の形相を浮かべていく松島に、女子生徒たちは震え上がり戦慄する。今となっては、松島の方が今にも殴りかかろうとしているように見えてしまっていた。

 そんな松島に、隣にいた名取が冷静に指摘する。



「ちょっと先輩。人様の鉛筆を破壊するのはマズいでしょ。粉々で使いもんにならないよ?」


「うぉ……!? しっ、しまったぁ!」


「まったくもう……騒がしいですね。副会長も、もう少し冷静に対応されてはいかがですか?」


「かっ、会長っ……!?」



 騒ぎの様子を見守っていた栗原は、ゆっくりとした足取りで松島たちの元へと歩み寄る。そして、松島たちとテーブルに座っていた彼女たちの間に入るようにして、優しげな微笑みを浮かべていく。

 生徒会長という救世主が来たためか、彼女たちの瞳に一瞬にして生気が満ちていく。それを見た松島と名取は、同時に頭の中で理解した。彼女たちが、心から栗原を崇拝している人物たちだということを。



「このような場所で生徒会が騒ぎを起こすのは感心しませんね。2人とも、後から生徒会室で話があるから来てください。貴女たちも、ごめんなさいね。勉強の邪魔をしてしまって。私たちはそろそろ帰るとするから、勉強を続けてください。壊れた鉛筆は、後ほど私が弁償しましょう」


「そ、そうですよ! こんな場所で騒ぎを起こすだなんて、生徒会の恥だと思われませんか!? こんな下賤な者たちが美琴様の配下だなんて、私たちは認めるわけにはいきません!」


「そうですわ! この学園の生徒会は、代々由緒正しく受け継がれてきた伝統ある組織なのです! それが外部入学の人間たちに侵食されては、美琴様の責任問題にもなりますわ!」


「こ、こいつら、やっぱり殺すっ……!」


「落ち着け落ち着け! ここは会長に任せるんだ!」


「何でですか!? 会長ならあたしたちを蔑んで終わりじゃないですか!? あたしがこいつらをボコボコにすればっ!」


「大丈夫だ。会長はオレたちが思ってるよりも、クールな人間じゃない」


「はっ……?」



 栗原の背後から身を乗り出そうとしていた名取を、松島が宥める。

 彼女たちと対峙していた栗原は、礼儀作法や美しさ、知識も兼ね備えた生徒会長である。常に柔らかな微笑みを浮かべ、周囲からは女神と称されていることも少なくない。生徒会内では凛々しさを全面に出している栗原であるが、こうして一般の生徒と接するときは優しさが滲み出ているように見せている。これも、母から授けられた処世術の1つであった。

 実際の栗原は、松島が言うようにクールな人間ではない。子どもの頃から両親からの愛をほとんど受けずに育ってきた栗原は、その反動からか心が安心出来る場所を探していた。それが生徒会であり、松島尚人という存在でもあった。

 栗原の目から優しげな眼差しが消え、冷たく冷酷な表情になる。見る者を凍り付かせるのではないかと思わさせる視線を浴び、彼女たちは今度こそ命の危機を感じていた。

 そう、栗原美琴は松島尚人が絡む事柄に関してはクールではなくなるのだ!



「なるほど、話は分かりました。つまり貴女方は、私が選んだ生徒会のメンバーに不満があるというわけですね?」


「ふ、不満だなんておこがましい……ただ私たちは美琴様が毒されてしまうのではないかと心配で……」


「ご心配には及びません。この方々は、私が自信を持って選んだ人たちです。そこに、学業の優劣や生まれなど関係ありません。この学園をより良い方法に導いてくれると思っているからこそ、私は彼らを選んだのです。それとも……貴女たちは私の目に間違いがあるとでも言いたいのですか?」


「い、いえ! 決してそんなことはありませんわ! 美琴様が選ぶことに、間違いなんてあるはずがありませんわぁぁぁ!」



 松島や名取に背中を向けていたため、2人には栗原がどのような表情をしていたのかは分からない。しかし、女子生徒たちは怯えるようにして図書室から出て行ってしまったため、果たして栗原の表情は分からないままであった。

 しかしながら、この場にいた人物の誰もが思ったことであろう。栗原美琴を敵に回してはならぬ……と。

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