庶務と書記の逢瀬
生徒会室に、爽やかなハーブティーの香りが漂っていく。多賀城が淹れたハーブティーはそれぞれのティーカップに注がれ、各々のデスクの上に置かれていた。
生徒会室には、それぞれの役職別にデスクが配置されている。生徒会室に入って左側に生徒会長用の煌びやかなデスクがあり、同じく右側には副会長用のデスクがある。その2つの間に設置されるようにして4つのデスクがあり、それぞれ書記、庶務、会計、広報用のデスクとして使われていた。そのため、普段はそこに多賀城や富谷、2年の古川や名取が座って生徒会の執務に当たっていた。
今は古川の席に松島が座り、名取の席に栗原が座っている。2人が向かい合うようにして、対面に座っていた富谷と多賀城と対峙していた。
リラックス効果があるハーブティーを口に含み、栗原は何とか自我を保っていた。それでも、目の前で目撃してしまった光景が消えるわけではなく、両手で顔を覆っていた。その代わりに、松島が2人に質問をしていく。
「……で、確認するのだが、お前たち2人は付き合っているということで良いんだよな? その、男女の付き合いということで良いんだな?」
「うん、そうだよ? 私と富谷くんは付き合ってる。ちゃんとした男女の仲としてね」
「なるほど……それはいつからだ?」
「今年に入ってからかな? だから、大体半年前くらいからかな?」
「……どうして今まで黙っていたんだ?」
「いや、だってね? わざわざ言うまでのことじゃないかなって思って。ほら、美琴ちゃんにバレたら殺されるかなって思うと、ここじゃ言い出せないでしょ?中々2人でイチャイチャする機会もないし、こういった場所でしかやれないかなって思って」
「それしたって場所を弁えなさいよ!? 貴女、TPOってものが無いの!? こんな生徒会室という神聖な領域であんなっ、あんな舌まで入れたキ、キ……なんてっ!?」
恥ずかしさからか最後まで言えてない栗原は、今度は両手で頭を抱えていた。その気持ちは松島とて同じであり、まさか生徒会の中でこのような関係が起きているとは予想だにしていなかった。
だが、少なくとも遊びで付き合っているというわけではないのは、松島でも理解出来た。それは、目の前で小さくなっている富谷を見れば明白であり、栗原に殺されるリスクを背負ってまで続ける関係性というのは、それほど覚悟が無いと出来ないことである。
それだけ、生徒会長である栗原は男女の交際関係には厳しかった。家柄もあり、栗原は母親から男女の交際については厳しく躾を受けていたのだった。
「と、とにかく! 生徒会内でこのような不純異性交遊を平然と行う人たちを認めるわけにはいきません!この件は職員会議に諮らせて頂きます!」
「ちょっ、会長!? そんな、そこまでするのか!?」
「当たり前です! ここは神聖な生徒会室ですよ!?普通の男女交際としてならまだ多めに見たかもしれませんが、このような場所であのようなキっ、キっ、キっ……なんて認めるわけにはいしません!」
「美琴ちゃん、恥ずかしくて言えてないよ? まあ、美琴ちゃんには刺激が強すぎたかもねぇ。松島くんじゃ、あんなこと出来ないだろうし」
「はっ、おまっ、何をっ!? お、オレだってその、キっ、キっ、キっ……くらいするっての!?」
「ぷぷぷ、松島くんも言えてないよ? 2人とも初心で可愛いかなぁ。ね、慎之助くん」
「生きた心地がしないから、今は普通に呼んでくれ……」
生徒会長として毅然な対応をしようとする栗原に、多賀城がいつものような軽い口調で揶揄っていく。自分の身の危機すら感じている富谷と違い、まるで何の危険性も感じていない多賀城であった。
その艶やかな唇が、先程まで富谷の唇と接しており、しかもお互いの舌を絡めてのキスとなれば、松島も頭を抱えなくなる気持ちになる。まさかこの2人がこのような関係になっていようとは、想像していないことであった。
「でもさ、美琴ちゃん。よく考えてみてね? 美琴ちゃんがまとめている生徒会でこのような不純異性交遊という名の問題が起きたとして、処分されるのは私と富谷くんだけじゃないと思うよ? その監督責任として、生徒会長と副生徒会長……つまり、美琴ちゃんと松島くんの責任問題にもなると思わない?」
「はぁぁっ!? なっ、何を言ってるの!? 私がどうして貴女たちの失態で処分されなくてはならないのよ!? 私には関係の無いことじゃない!」
「いや、会長……この学園の理事長は多賀城の祖父だ……! 孫が処分されるのを、みすみすと見過ごす訳がない! 仮に職員会議でこの2人が処分されることが決まっても、あの理事長なら勝手な理由をつけてオレたちを処分してもおかしくない!」
「なっ、まさか……!? 貴女っ、そこまで計算してっ!?」
「まさかぁ? お爺ちゃんは何の関係もないよ? ただ、この学園の理事長をしているだけで、勝手な理由で美琴ちゃんを処分するわけないよぉ? それは2人の被害妄想だよぉ?」
「くっ、この娘っ……こんな可愛い顔してやってることが腹黒じゃない!?」
飄々と微笑む多賀城に、栗原と松島はその裏に隠された作戦を深読みしていく。
今更であるが、この学園の理事長は多賀城深雪の祖父であり、その影響力は絶大である。多数の寄付金を納めており、その発言で全ての事柄が決められるといっても過言ではない。この学園では校長という名のポジションこそあれど、所詮は飾りに過ぎないものであった。全てが理事会という名の会議で決められる事項であり、そこには栗原の母も所属していた。
「バックアップがあまりにも強力過ぎる……! おい、富谷! お前はそれで良いのか!? こんなこと、真面目なお前が許すはずが!」
「いや、だってさ……深雪って可愛いだろ? つい、こういうことだってしたくなるって言うか……な?」
「もうぅ、慎之助くんだって名前で呼んでるじゃん? でも、そういうところが好きなのよ! もう!」
「な? じゃねぇよ! お前、オレが知らない間に彼女なんか作りやがって! しかも同じ生徒会で、しかも同じ部活だぞ!? もしもケンカしたり別れたりしたら気まず過ぎるだろうが!? 大体、お前たちの関係性を知ってしまったら、オレも会長もやりづらくなるだろうが!? 古川や名取にはどう説明するんだよ!? 確かに多賀城は可愛いかもしれんが、お前が彼女を作るのを認めた覚えはねぇ!」
「もう、ジェラシー全開の松島くんも可愛いなぁ。でも、そこまで生徒会の規則を厳しくしちゃったら、美琴ちゃんと松島くんはどうするのかなぁ?」
「なっ、何よ? 私と副会長が何か?」
あくまでも強気な姿勢を崩さない栗原に、多賀城はゆっくりと近づいていく。そして、不敵な笑みを浮かべながら栗原の耳元でそっと囁いていく。
「私たちを処分しちゃったら、美琴ちゃんこそ松島くんとの関係性を進展させることも難しくなっちゃうよね? まさか、あの生徒会長が校内で恋愛なんてするはずかない……そう思われても仕方がないことだと思わない?」
「なっ……!」
「私は美琴ちゃんの味方だよ? 今までも、これからもずっと。松島くんとのこと……応援してるんだけどなぁ?」
「そっ、そんなんじゃないわよ! 私と副会長は!?」
「オレがどうかしたのか? 2人でコソコソ話して、どうしたんだ?」
栗原は顔を真っ赤にして、勢い良く立ち上がる。そして、目で殺すとでも言わんばかりに、多賀城のことを睨み付けていく。しかし、今の多賀城にはそれすら可愛く見えていたのか、栗原の肩を優しく叩いていた。
腹黒さという意味では、栗原よりも多賀城の方がずっと上手だったのかもしれない。
「……仕方ないわ。ここで貴女たちを処分しても、空席となった書記と庶務の代わりを務められる人材なんていない。2度とここでこのような卑猥な行為をはたらかないと約束出来るのであれば……処分は保留にします」
「おい、良いのか? 多賀城なら、また隙を見てやりかねないぞ? 富谷も、多賀城の前ならこんなにポンコツになるのなんて知らなかったし」
「貴方のせいよ、副会長!? 貴女がいなければ、私はこの2人を迷わず処分していたのに! 貴方がいるから、私はこの2人を処分出来ないの! 分かる!? 少しは分かりなさいよ!」
「いや、全然分からないんだけど!? おい、多賀城! 笑ってないで説明しろ!」
八つ当たりとも言える栗原の罵声の意図を、松島は理解出来ないでいた。そんな2人を、多賀城は微笑ましそうに見つめていた。
多賀城深雪……下手すると、栗原を敵に回す以上に、敵に回してはいけない人物なのかもしれない。




