妖しい声
「あぁ、栗原会長よ! 今日も素敵だわっ!」
「本当にそうね! そして、その横を歩く松島副会長の凛々しい顔! 正に会長の隣を歩くに相応しいお方だわ!」
放課後の廊下。職員室から生徒会室までの道のりを歩く2人に、拍手喝采の声が浴びせられている。この2人にはいつものことであったが、今日はどこか栗原の様子が違うことに、松島は気が付いていた。
表情こそいつもと変わらぬ凛々しさを秘めていたが、歩調が軽く、どことなく機嫌が良いように感じられる。それは、いつも近くで栗原を見ていた松島だからこそ感じることの出来る変化であった。
「何だか今日は、周りの声がいつもより騒がしい気がしますね」
「そうだな。いつも会長やオレを見て騒いでいるやつらがいるが、今日はいつにも増してギャラリーが多いな」
「ふふ、まるで噂でもされているみたいですね。私たちが付き合っているのではないかと」
「伝統あるこの学園にいるエリートでも、そういうことには関心が高いみたいだな。ましてや会長の恋路なのだから、気にもなるのだろう」
あくまでも冷静に振る舞う松島であったが、栗原の口から放たれる軽いジャブに、いつ核心を突かれるのかと警戒していた。
おそらく、周りの生徒たちにも栗原の微妙な変化に気が付いている者がいるのかもしれない。現に、松島から見た栗原は、いつにも増して輝いて見えた。
「生徒会長の恋路……ですか。それは、副会長である貴方も気になるのですか?」
「それは興味津々だな。普段は誰も寄せ付けないと言われている高嶺の花の生徒会長が、どのような恋愛をするのかということについて、個人的に非常に興味がある」
「まあ、意外です。てっきり、松島副会長は私のことなど意にも介してないと思っていましたわ」
「っ……その様子だと、今現在特定の男と付き合っているようには見えないがな」
「っ……!」
他の生徒たちの声や気配が消え、2人は生徒会室へと繋がる廊下を並んで歩く。今日も今日とて、2人は素直になることが出来ない結果、腹の探り合いを続けていた。
(私に彼氏がいないですって? そんなの作ろうと思えばすぐに作れるわよ! だけど、私は貴方のことが好きなのよ!? だけれど、このまま私から告白するのは負けた気分になるじゃない? さっきからそう言ってるのに、さっさと告白してきなさいよ!)
(あー、言いてぇ! さっさと好きだと言って楽になりてぇ! でも、ここでオレが告白するのは何だか違げぇ! 確かにオレは会長のことが好きだ。だが、このまま素直に告白したらそれこそ会長の思う壺だ! だけど、可愛いんだよもう! 今日もめちゃくちゃ良い匂いするし、そこら辺の女子とは異次元のレベルなんだぞ!?)
2人の脳内でも腹の探り合いが続く中、そのまま生徒会室へと到着し、松島が荘厳に装飾されていた扉に手を掛ける。しかし、松島の手がそのまま動くことがなかったため、横にいた栗原が首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや……中に誰かいる」
「誰かって、生徒会のメンバーか顧問教師のいずれかではありませんか? 皆それぞれ鍵を所持しているのですから」
「そうなんだが……何か様子がおかしいぞ」
不審に思った2人は、そのまま扉越しな会話を聞くべく、扉に耳を押し付ける。すると、中の会話が小さくではあるが、確かに聞こえてきた。
「もう、こんなところ美琴ちゃんや松島くんに見つかったらどうするの?」
「大丈夫だって。あの2人、生徒会予算会議に出席してしばらく戻らないから」
「でも、もしも万が一他の人に、んむぅっ!?」
「深雪っ……」
「んっ、はぁっ、あむぅっ……!?」
『っ!?』
生徒会室の中から聞こえてきた卑猥な声に、栗原と松島は思わずお互いの顔を凝視する。勘違いかと思い、分厚く頑丈なドアに耳を押し付けるが、中から聞こえて来るのは何かが擦れるような音と、若い女の妖艶な息づかいであった。
「んんっ、はぁっ、んんぅっ!?」
「っ、はぁっ……!」
室内で何が起きているのか理解出来ていない2人であったが、少なくとも健全な行為ではないことは理解出来ていた。
そういった行為に疎い2人は、ドアの前で混乱したかのように慌てていた。
「なっ、ななななっ、何が起きているの!? こんなっ、こんな神聖な場所で何をっ!?」
「なっ、何かの間違いだろ! 多賀城がそんな、男を引き連れて生徒会室で卑猥な行為だなんて!」
「で、でも、相手の男の人は富谷庶務ではないですか!? あの声、絶対富谷庶務よっ!?」
「まっ、まさか!? あいつに限ってそんなことは!?」
「確かめましょう! 今すぐにっ!」
「ああ、おいっ! 会長っ!?」
松島の制止を振り切り、冷静さを欠いていた栗原は扉に手を掛けて一気に開いていく!
そして、中にいた人物と外にいた2人の視線が交差した瞬間、生徒会室に一瞬の静寂が訪れた!
「なっ……なっ……!?」
「っ……!?」
「か、会長っ……!? それに、松島もっ……!?」
「あ、あはははは……」
扉を開けた2人の視界に飛び込んで来たのは、備品であったソファーに座り、お互いの唇を啄み合っていた2人であった。1人はもちろん、書記の多賀城深雪。もう1人は栗原の予想通り、庶務の富谷慎之助であった!
2人の姿を見て、富谷は顔を真っ青にして狼狽えている。多賀城の方はバツが悪そうに苦笑いを浮かべていた。そして、顔を真っ赤にしていた栗原は我を失っていた。
「なななな、何をしているのですか貴方たちは!? いくら盛りたい年頃とはいえ、見境なく男女で卑猥な行為をするなんてっ!? しかも、栄光ある築館学園の生徒会の一員でもあるメンバーが、このような破廉恥な行為を神聖な生徒会室で行っているなんて!?」
「まあまあ、美琴ちゃん落ち着いて、ね? これには色々理由があって、別に私たちは見境なく盛っていたわけじゃ……」
「ふぅん、じゃあ何だと言うのですか? 貴方たち2人は、まさか健全なお付き合いをしているとでも言うのですか?」
「うん、そうだよ? 私と富谷くんは、付き合ってるよ?」
「そうですよね。まさか付き合ってもない2人が生徒会室でキスだなんて…………え?」
「多賀城……今、何て言った?」
聞き間違いかと思い、松島は栗原と顔を見合わせる。顔面蒼白な富谷に対して、多賀城は満面の笑みで答えていた。
「だからね、私と富谷くんは付き合ってるよ?」




