栗原美琴は好かれたい
「会長、先ほどの部活会議で申し出があった予算案だ。目を通しておいてくれ」
「分かりました。そこに置いておいてください」
私立、築館学園の生徒会室。そこに凛々しい男女の声が反響していた。
女の方は、この学園の3年生徒会長である栗原美琴。世界中で有名な栗原財閥の令嬢であり、高貴な跡取りたちが集うこの学園において、一際存在感を放っている天才美少女である。
男の方は、この学園の3年副生徒会長である松島尚人。中高一貫校であるこの学園において、高校進学時に外部から入学してきた、異色の経歴の持ち主であった。
この2人は、勉学や部活、はたまた生徒会活動においても他の追随を許さぬ程の抜きん出た才能を持っている。そして、お互いに譲らぬプライドを持っており、本日も生徒会室にはただならぬ雰囲気が漂っていた。
目の前の書類の確認に集中していた栗原は、松島の声に視線を上げることなく、声のみで反応する。松島も栗原の返事を待つ前に副会長専用のデスクへと戻っていき、生徒会室内は緊迫した雰囲気に包まれていた。
「やれやれ……あの2人は相変わらずだねぇ」
生徒会3年書記担当、多賀城深雪が小さくため息をつく。
「ずっと付き合ってるこっちの身にもなって欲しいもんだ。まあ、いつものことだけどな」
生徒会3年庶務担当、富谷慎之助が苦笑いを浮かべる。
「あの2人、どっちか告白するだけで良いんですよね?」
生徒会2年会計担当、古川優が首を傾げる。
「てか、どっからどう見ても両想いなのに、何やってんの? 意味不明過ぎない?」
生徒会2年広報担当、名取理沙が切り捨てる。
栗原や松島とは別に4人専用の大きなデスクに座っていた生徒会役員たちは、目の前で繰り広げられている茶番に付き合わさせる日々が続いていた! 本人たちはさておき、周囲からすればさっさと付き合えと思っているメンバーたちなのである!
(何やら私語が聞こえますが、今はそんなことを気にかけている場合ではありませんわ。さっさと仕事を済ませて、部活へも顔を出さないといけない)
表情を変えることなく、栗原は黙々と書類に目を通し、生徒会長の認印を押していくことを続けていく。
しかし、その中で一瞬。ほんの一瞬である。栗原は、副生徒会長のデスクでこちらに対面するように座っていた松島に視線を移す。そして、誰にも悟られないよう、作業を続けながら心の声を漏らしていく。
(でも……今日も副会長はカッコいい! キリッとした声に、射抜かれてしまうような視線……ああ、この気持ちは一体どうしたら良いの!? でも、この気持ちは副会長に知られる訳にはいかないわ! もしこの気持ちを知られてしまったら、どんなことをされてしまうか分からないもの! もしも副会長が私と付き合いたいって言うのなら、そのときは考えてあげても良いわ!)
とまあ、このような様子で煩悩の塊っぷりを発揮している栗原であるが、それは対する松島の方も例外ではなかった。
副会長専用のデスクで、栗原と同じように山積みになっていた書類に目を通していた松島。一見、凛々しい表情で黙々と作業をしているように見えているが、果たして内面はそれどころではなかった。
(うぉぉぉぉっ! 会長に話しかけちまった! 不自然じゃなかったよな!? いつも通りにやれてたよな!? めちゃくちゃ緊張したけど、大丈夫だったよな!?)
こちらも例外なく、他の生徒会メンバーに聞こえるように、心の声が漏れていく。
(今日の会長もめちゃくちゃ可愛いよなぁ!? 何であんなに可愛いんだ!? あれは可愛いの権化なのか? 今すぐにでも告白したいところだが……それはオレのプライドが許さん! 確かに会長は美人で可愛いが、オレから告白するのは何か悔しいよな!? もし会長がオレに付き合って欲しいって言うのなら、考えてやらなくもないけどな!)
『はぁ…………』
素直になれない2人に、他の4人のメンバーのため息が同時に漏れていく。
これは、そんな2人に生徒会メンバーが振り回されていく話……ではなく、生徒会メンバーに見守られながら、男女としての距離を詰めていく2人のお話である。




