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ネオンに蝕まれた街、そして始まりのゴミ

初投稿です。多くは語りません。

サイバーパンクなハードボイルド小説を書きたかったんです。

ネオンが雨に滲む。

2088年のネオ・アメリカンシティ、かつて栄華を誇ったその名残は、今や巨大な広告ホログラムと、

コーポタウンの鈍く光る超高層ビル群が、常に薄汚れたもやと酸性雨の空を押しのけるように

聳え立つことだけだった。

その光は、ダウンタウンや、さらにその外れに広がるクレイヴタウンと呼ばれるスラムには届かない。

ここには、街が吐き出した廃棄物の山と、その隙間で息づく者たちだけが存在する。


腐敗したプラスチックと化学薬品の混ざった独特の甘ったるい臭い。

それはクレイヴタウンの空気そのものだ。

産廃の山の影で、ぼろきれをまとった影が蠢いている。

ゴミ漁りか、それともただ息絶えるのを待つ者か。

ネオンサインの漏れた光が、錆びた鉄骨や割れたコンクリートの塊に不気味な影を落とす。


その廃墟とゴミの風景の中を、一人の男が歩いていた。

背広…と呼ぶにはあまりに擦り切れた合成皮革のコートをひっかけ、襟元はきちんと閉じている。

歩き方は、かつて訓練された名残を感じさせる、無駄のない、警戒を含んだリズムだ。

顔はやつれているが、目…特に左目は異様に鋭い。

それは生身の右目とは明らかに質の違う、冷たい青い光を微弱に放つサイバネティック・アイだった。

ケン。かつてはこの街の秩序を守る側にいた男。

今は「なんでも屋」と名乗り、ダウンタウンとクレイヴタウンの狭間で、

金になることなら大抵引き受ける。


「…ケンさん?」


産廃の山陰から、震えた声がした。

痩せこけた少年、多分14、5歳だろう。

衣服は泥と油でまみれ、目だけが怯えと切実な何かを訴えている。


「言っておくが、慈善事業はやってない」ケンの声は低く、ざらついている。

煙草の吸いすぎと、叫びすぎた過去の名残だ。


「違います…お金…あります、少しだけ」

少年は震える手で、クレジットチップがほんの少し光る薄っぺらいカードを差し出した。

明らかに最低限の生活すら危うい額だ。


「妹が…妹がいなくなりました。三日前…クレイヴタウンの西端の、あの古い排水処理施設の近くで…」


ケンの眉が微かに動いた。

排水処理施設。それは事実上、企業連盟の管理下にある区画のすぐ外れだ。

表向きは閉鎖されているが、怪しい噂は絶えない。

特に最近、ダウンタウンやクレイヴタウンから若者が、

特に健康そうな子供が消えるという話がちらほらと…。


「警察には?」

「行きました!でも…」


少年の目に怒りと絶望が浮かぶ。


「コーポタウンの警備会社の人が来て…妹は浮浪者だから、どこかへ勝手に流れただけだって。捜索も打ち切られました…」


企業連盟の警備会社…。

ケンの左目のサイバネティック・レンズが微かに焦点を変え、少年の表情の細かい震えを分析する。

嘘ではない。

そしてその言葉が、ケンの胸の奥深くにある、冷たく固まった何かを抉った。

同僚の恋人…エレナが消えた時も、警察上層部は「証拠不十分」で動かなかった。

結局彼女の遺体が見つかった時、事件は企業系列の暴力団の仕業だと分かったのに、

連中は証拠隠滅で無罪放免…。

あの時の無力感と怒りが、古傷のように疼く。


「…その排水施設か」


ケンの声は相変わらず平坦だが、サイバネティック・アイの青い光がほんの少し強く輝いた。


「場所は知ってる。お前の出せる額は前金だ。見つけたら…追加の話だ」


少年の目に一瞬の希望が灯ったが、すぐにまた不安に覆われた。


「でも…そこは危ないって…企業の人が…」


「こっちの都合だ」


ケンは少年の手からクレジットチップを取ると、コートの内ポケットにしまった。


「家に帰れ。何かあれば連絡する」


少年が産廃の影に消えるのを確認すると、

ケンはコートの襟を立て、雨が強くなってきた闇の中へと歩き出した。


目的地はクレイヴタウンの西端。ネオンに照らされない、真の闇が支配する区域へ。


目的地に近づくにつれ、街の喧騒は完全に消え、

雨音と、巨大な排水管から濁った水が流れ落ちる轟音だけが響く。

放棄された処理施設は、まるで巨大な金属の亡霊のようにそびえ立っていた。

その裏手、立ち入り禁止のフェンス(もちろん何カ所も破られていた)の向こうに、

ケンは気配を感じた。

人の気配…いや、複数の気配だ。

しかも、訓練された動きの気配がする。


フェンスの隙間から中を覗く。

崩れかけた施設の壁際、防水シートで覆われた何かが積まれている。

そして、数人の男たちが、小型のハンドリフトでそれをトラックに積み込もうとしている。

彼らの腕章には、あの忌々しい企業連盟の傘下にある

警備会社「セキュリテック・グローバル」のロゴがひときわ大きくプリントされていた。

彼らが扱っている荷物…シートの隙間からちらりと見えたのは、医療用の冷凍保存コンテナだった。


ただの産廃処理じゃない…。

ケンの直感が警鐘を鳴らす。

エレナの事件の時のように、表には絶対に出てこない闇の臭いがプンプンする。


慎重に距離を取り、廃墟の影に身を潜めながら、携帯型のスキャナーを取り出す。

サイバネティック・アイと連動させ、遠くからでも荷物の微弱な電子タグを読み取ろうとする。

スクリーンに文字が浮かび上がる。


識別コード: G-Project / Specimen Transport / Bio-Hazard Level 3

最終目的地: コーポタウン・セクター7 / ジェノサイエンス・ラボラトリー


ジェノサイエンス…遺伝子操作で悪名高い企業連盟の中核バイオ企業の一つだ。

バイオハザードレベル3? こんな管理放棄区域で?


その時だ。

トラックの陰から、一人の小さな人影がよろめきながら現れた。

先ほどの少年の妹か? いや…様子がおかしい。

目は虚ろで、よだれを垂らし、まるで操り人形のように不自然に痙攣している。

彼女を連れ出そうとした警備員の一人が、躊躇いもなく彼女の腕を掴み、

冷凍コンテナの方へ引きずっていこうとする。


「やめろ!」


ケンの声が、雨と轟音を突き破って響いたのは、ほとんど反射的な行動だった。

かつて警官だった彼の、守るべきものを守りたいという本能が、

深い傷とシニシズムの層を突き破った瞬間だった。


警備員たちが一斉に振り向く。

目にはプロの冷酷さと、邪魔者を始末するという意志が光っている。

彼らの手が、腰のホルスターにある、企業制式の大型ハンドガンに滑った。


ケンは素早く廃墟のコンクリート柱の陰に飛び込む。

次の瞬間、彼のいた場所を高威力のビームが灼く。

コンクリートの破片が飛び散る。


「クソッ…」


ケンはコートの下から、

彼が警察を辞めた時から肌身離さず持ち続けている旧式だが信頼性の高い実弾式ハンドガンを引き抜いた。サイバネティック・アイが敵の位置と遮蔽物を分析し、視界にオーバーレイ表示する。


ネオンに照らされない闇の中、雨に煙る廃墟で、

元警官のなんでも屋と、企業の私兵たちの死闘が、静かに、そして激しく始まろうとしていた。

その先には、少年の妹の奇妙な状態と、「G-プロジェクト」という不気味な文字。

ケンは知っていた。

これは、単なる行方不明者の捜索などでは済まない、

この腐りきった街の根深い闇に足を踏み入れたのだということを。

そして、その闇は、エレナを奪った者たちの闇と、

どこかで繋がっているかもしれないという危険な予感が、

胸の奥を冷たく貫いた。

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