【30秒で読める怪談】ゆかりちゃん
ゆかりちゃんは小学2年生の女の子。
シングルマザーのお母さんと二人暮らし。
お母さんはタクシーの運転手をして、生活費を得ています。
タクシードライバーは、休日や深夜に仕事することがあったり、十数時間の長時間勤務があったりと、時間が不規則。
ゆかりちゃんと一緒に過ごす時間をなかなかとれません。
でも母親としての勤めはしっかり果たそうと、仕事でアパートにいないときも、できるだけ自分の手で作ったご飯を用意して、出勤するようにしていました。
お母さんの気持ちが伝わったのか、ゆかりちゃんは不満を言うこともなく、テーブルにあるスパゲッティや、冷蔵庫に入っているシューマイをレンジでチン。
残さず食べて、元気に小学校へ向かったものです。
まだ小学2年生なのに、しっかりしている。
2人が暮らすアパートの、他の住人たちも、そう感じている人が多かったようです。
たまにゆかりちゃんがお母さんに怒られて、ワンワン泣く声がアパート中に響き渡っても、みんな「あらあら」と笑って理解して、文句を言う人など1人もいませんでした。
他にも例えば、ゆかりちゃんが万が一、鍵をなくした場合にそなえて、玄関のすぐ外に隠した予備の鍵。
ベゴニアの鉢植えの下にあるのをみんな知っていましたが、知らんぷりしてあげていました。
住人がみんないい人だからこそ、お母さんも安心して仕事へ行けたのかもしれません。
しかし、悲劇は突然おとずれます。
お母さんがタクシーを運転中に、対向車線から来たトラックと正面衝突し、亡くなってしまったのです。
ほぼ36時間ぶっ続けで運転していたトラック運転手の、重大な過失による事故でした。
お母さんに死なれてしまったゆかりちゃん。
たった1人残されたゆかりちゃんを心配して、アパートの住人たちは夜も眠れないほどでした。
警察の人か市役所の人かが、ゆかりちゃんの部屋に出入りしたのには気づいたものの、他人が首を突っ込んでいいのかわからず。
彼らが次に彼女を見たのは、お葬式のときでした。
たぶん親戚なのでしょう、ゆかりちゃんの横には中年女性がいます。
どこかぶすっとした印象。
住人が小耳にはさんだところでは、亡くなったお母さんの姉、ゆかりちゃんの伯母に当たるそう。
おそらくゆかりちゃんは、伯母さんにひきとられることになったのでしょう。
大事にしてもらえればいいが。
そう願わずにはいられません。
参列者の1番前に座っているゆかりちゃん。
泣くこともなく、うつむいています。
死んだお母さんは今頃、天国からゆかりちゃんを見ているのでしょうか。
心配で心配で、たまらないに違いありません。
ゆかりちゃんは、お棺の蓋が閉まるときも、お母さんが火葬されるときも、黙ってうつむいたままでした。
伯母さんが気をつかって、お棺の蓋が閉められるときに彼女の背中を押し、お母さんに別れの挨拶するよう注意したほどです。
2日後。
ゆかりちゃんが、お母さんと一緒に住んでいたアパートを出ていく日。
アパートにいた数人の住人が、戻ってきたゆかりちゃんに声をかけました。
「元気でね」
「いつでも会いに来て」
「これ、少ないけど」
ポチ袋に入れた千円札を渡す人もいました。
黙って受けとるゆかりちゃん。
部屋の中では、お葬式の見た伯母さんが片付けをしています。
旦那さんでしょうか、中年男性がダンボールを外へ運び出します。
片付けがすっかり終わって、出発するというとき。
しっかり者のゆかりちゃんは、玄関前のベゴニアの鉢植えがそのままになっていることに気づいたようでした。
これも持っていっていいか、というふうに伯母さんの顔を見たのですが、伯母さんはダメだと首を横に振ります。
ゆかりちゃんは悲しそうに鉢植えの下に手を入れます。
鍵はまだありました。
でも、いつもと何かが違っているようでした。
鍵に小さなキーホルダーが付いています。
ゆかりちゃんは不思議そうにキーホルダーを手にとります。
前に住人が見かけたときにも、何も付いていなかった気が。
そばにいた住人がのぞくと、そのキーホルダーには、ゆかりちゃんとお母さんが2人で撮った写真がプリントされていました。
2人とも笑顔です。
きっとお母さんが、どこかのタイミングで鍵にキーホルダーを付けたのでしょう。
ゆかりちゃんが嗚咽し始めました。
我慢していた大粒の涙が流れ出します。
まわりの住人たちも、感情をおさえることができませんでした。
伯母さんに引きとられた彼女は、その後、どうなったのか?
連絡がないのでわかりません。
住人たちはゆかりちゃんの幸せを、ただただ願うばかりです……