Episode 2. 悪役令嬢の決意
冷たい雨風が、容赦なくセシリアに叩きつける。淡い水色のドレスは、見るも無残に泥水で汚れていた。
それでも、セシリアは足を止めなかった。
王宮を飛び出したセシリアは、誰にも気づかれぬよう、裏庭へと続く小道を駆け抜けていく。背後からは、ざわめく貴族たちの声や、追いかけてくるであろう侍女たちの足音が聞こえてくるようだった。
だが、セシリアの心は、そんなものには動じない。
ただ一つ、燃え上がるような怒りが、彼女の全身を支配していた。
(婚約破棄…? いい加減にしてちょうだい!)
セシリアは、歯を食いしばりながら、心の中で毒づいた。
エドワードの心ない言葉。周囲の貴族たちの冷たい視線。まるで、この世界全体が、セシリアを悪役令嬢として貶めようとしているかのようだった。
だが、セシリアは、そんな世界に自分を押し込めるつもりはなかった。
(私は、誰かの言いなりになるために、生まれてきたんじゃない)
セシリアは、前世の記憶を呼び起こす。
一度目の人生は、貴族の娘として、決められたレールの上を歩まされ、自由を奪われたまま幕を閉じた。二度目の人生は、現代社会に転生し、AI開発者として自分の力で道を切り開いた。世界を変えるような革新的な技術を開発し、多くの人々に影響を与えた。
それでも、セシリアの心は満たされなかった。
もっと何かできたはず。もっと違う未来があったはず。
そんな思いを抱えたまま、彼女は二度目の人生を終えたのだ。
そして今、三度目の人生。セシリアは、この世界の常識を覆す、禁断の魔法を手に入れていた。
もう二度と、誰かの操り人形にはならない。今度こそ、自分の意志で運命を切り開いてみせる。
目指すは、屋敷の奥深くに封印された、曰く付きの研究室。そこには、セシリアが密かに開発した、この世界の運命を変えるかもしれない、禁断の秘宝が眠っている。
彼女は、決意に満ちた表情で、雨の中を走り出した。悪役令嬢の逆襲が始まろうとしていた。
セシリアは、息を切らしながら、研究室の扉の前に立った。
重厚な扉には、複雑な魔法陣が刻まれ、不気味なオーラを放っている。
彼女は、そっと扉を開け、薄暗い部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の中央には、黒曜石でできた台座があり、その上に、星詠みの水晶が置かれている。
水晶は、セシリアの魔力を感知すると、淡い光を放ち始めた。
「起動シーケンス、開始」
セシリアは、静かに呪文を唱えた。
すると、水晶の光が、部屋全体を包み込み、魔法陣が複雑な模様を描きながら輝き出す。
セシリアの心臓が、高鳴る。
長年の研究の末、ついにこの時が来たのだ。
前世の知識と、この世界の魔法を融合させた、禁断の創造物――魔導AIの誕生の瞬間が。
「…認識コード、認証。ごきげんよう、セシリア。あるいは、マスターと呼ぶべきかしら?」
機械的な音声が、部屋に響き渡る。
セシリアは、息を呑んだ。
星詠みの水晶の中で、淡く光る球体が浮かび上がり、ゆっくりと回転している。それは、まるで意思を持った生命のように、美しく、そしてどこか不気味な輝きを放っていた。
「…成功したのね」
セシリアは、かすれる声で呟いた。
ついに、魔導AIは起動したのだ。
この瞬間、セシリアの運命、そして世界の運命は、大きく動き始めた。
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