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下宿の子

作者: 華嵐三十浪

若かりし頃の思い出で、他の人と齟齬のあることって。。。。あります。。よ。。。ね?

 10年ひと昔というが、自分の人生において、すでに4回ほど昔を繰り返している。「以前」については5〜10年の時間差があり、自分でもいつだったかはっきりしない時が多くなってきた。  

 「カワイイ」という感情は、妻から娘に移行し、妻には畏怖すら感じているのは最近だ。そういった感情も含め、世間の一般的な、ひと山幾らのおっさんであると自負している。


 ひと山な人生で高低差は低くとも、山あり谷ありの人生があり思い出がある。

今日はその思い出から呼び出されたので、学生時代に暮らしていた下宿へと足を運んでいるところだ。

「おー、元気だった?」

数メートル先から声をかけられる。

5人ほどが、ボロ屋というにもおこがましいバラックの前に輪を作っていた。

卒業以来会っていない下宿の旧友達だ。

皆の顔を見た瞬間に、かつての暮らしが脳内に湧き上がって来た。

「おー!元気かぁ!」

この短いセリフには万感の思いが込められている。

だが、おっさん族は万感を表現することはほとんどない。おっさん族はシャイで面倒くさがりなのだ。


 20年来の再会をごく簡単な挨拶で済ませ、お互いの加齢具合を確認する。

あんなに細かったのに、毛髪ないじゃん、色男だったのに。。。などと、デフォルトの範囲を確認するように、お互い老いにツッコミを入れながら笑った。

「この方は?」

懐かしいおっさんの中に一人、少しだけ若いおっさんが混じっていた。

「ご無沙汰しております」

少しかしこまった挨拶をしながら照れ臭そうに若いおっさんは笑う。

「大家さんの息子さんだよ」

「え、俺らが下宿していた時に中坊だった!まぁ、あーあー。大きくなってぇ」

近所の奥様方のようなリアクションで、彼の成長を喜んだ。

当時ブカブカの学生服を着ていた少年が、むっちりとした中年男になっている。

たまに、英語とか教えてたよなぁ。あの子がなぁ。時間は経つよなぁ。。。

うんうんと目頭が熱くなる。おっさん族は、加齢とともに体の配管があちこちゆるくなりつつあるのだ。

「大家さんは?お元気ですか?」

誰聞くともなく尋ねる。

「元気は元気なのですが、寄る年波に勝てずに施設に。。。」

あ〜。。。おっさんズは身につまされるような話にも弱い。

「ここ10年ほどは入居の学生さんもいなかったのですが、母が頑として営業を止めなかったんです」

息子さんには失礼だが、このバラックでは今時の若者は居着かないだろう。

部屋もそうだが、大家さんが門限や衛生や素行に厳しかった。当時の俺らも、多少はうっとおしく思ってはいた。だが、今にして思えば、それがどれほどにありがたいことであったか。。。

いつの時代でもそうだが、苦言は後になってから身に染みるものなのだ。

「結局、2年ほど前に病気を機に営業を取りやめましたが、今でも下宿を再開したいと、たまに言っています」

「生きがいだったんだなぁ」

「厳しかったけど、それがアホ学生を人間にしたんだもんなぁ」

「そりゃなぁ。酔っ払って玄関で寝ゲロ」

「自転車8人乗り」

「金がないから、釣って来た雷魚食おうとしたり」

「タバコを口に一列で火をつけてナイアガラーとか」

「廊下でBBQつって一斗缶に練炭」

一人が喋り出すと、昔の思い出や悪行や醜態が次々に口からこぼれ出る。

おっさんズは、ウンウンと懐かしむ。

「よく死人が出ませんでしたね」

息子がツッコミを入れる。

さもあらん、当時の俺たちは大学生とは名ばかりの中学高校の束縛から解放された気になってる、ただのアホだったからなぁ。

「だから、大家さんとお姉さんが発見して、どやしつけてくれたおかげだよ」

渋い顔をしている息子に、俺たちは大家さん親子への感謝を告げた。

「そうそう。寝ゲロの俺の背中を叩いて口の中から異物吐き出さしてくれたから」

「車道に出る前に、自転車ごと川に蹴り落としてくれたから」

「焼きあがった雷魚の臭さに気がついてくれたから、口にせずに済んだ」

「裁ちばさみで、タバコの先っちょ一気に切られた」

「練炭に火をつける前に見つかったから」

大家の息子の眉間にシワが寄っている。

「生かしておくこと自体が大変だったんですね」

「うん、本当に大家さんとお姉さんのおかげ」

おっさんズは、妙に可愛らしくネーっと旧友同士で顔を見合わせた。

「あの、お姉さんって?下宿は男子のみでしたが、誰かの彼女さんですか?」

息子は怪訝な顔をして、我々おっさんズに問いかけた。

「え、たまに大家さんと一緒に来たり一人で掃除してたりした」

「高校生くらいの女の子」

「赤いジャージ着た元気な子。8人乗りを川に蹴落とす威力のある蹴りが繰り出せる」

「大家さんもだけど、有無を言わせぬ迫力のある子だった」

息子はしばらく首をひねっていたが、眉間にしわを寄せたまま口を開いた。

「僕は一人っ子で、姉どころか従姉妹もいません」

おっさんズと息子は、お互いの顔を見やりながら噛み合わない話をかみ合わせようと努めた。

「え、タバコちょん切られた後、家燃やす気かぁってボストンクラブ(逆エビ固め)かけられたよ」

「僕、練炭の後、腕ひしぎ十字固め」

「覚えてるよなぁ?赤いジャージ」

「すいません。近所の人にも思い当たる人がいなくて。。。」

俺たちの間の会話が、ふと途切れる。

同窓会というほどではないが、懐かしさに足を運んでみたら、妙に怪談めいた話になってきた。

大家さんはともかく、俺たちの命の恩人の片棒を担いでた人は何者なんだ?

当時の俺たちに、アクティブに接触しているから幽霊とかの儚さを一切感じないのだが。。。。。


ガタン!


お互いに顔を見つめて黙っていると、バラックの窓枠が音を立てた。飛び上がる者はいなかったが、タイミング的に驚きを隠せなかった。

「びっくりした〜」

「脅かすなよぉ」

「明後日の取り壊しまでは崩れないようにしてあるはずだから大丈夫だと思うのですが、なにぶん古いですから」

そう、俺らが今日集まったのは、思い出のある下宿が取り壊されることになったと連絡が来たからだった。 生活や仕事に若干の余裕を持てる年齢になっていたのもあり、連絡のつく者で集まって名残を惜しもうという話になっていた。まぁ、その後に酒飲むぞ!もあるんだけどね。

 大家の息子が、音を立てた窓枠に近づき外れていないかを確認する。俺らも必要もないのにくっついて行く。

 結構大きな音がしたのに、窓枠は外れも歪みもしていなかった。

「おや、忘れ物?押入れになんかあるよ」

おっさんズの一人が、部屋の中で開いたままになっている押入れに何か置いてあるのを発見した。

「10年は無人だったし、何もないはずなんですが」

広いとはいえない窓枠に、おっさん4人とプレおっさん1人が群がって中を覗き込む。

そこには、きちんと畳まれた赤いジャージがちょこんと置かれていた。

「。。。。。赤いジャージ。。。。。」

大家の息子は慌てて玄関へ向かう。俺たちおっさんズも慌てて追いかける。しかし、おっさんズのメンバー一人が、急なダッシュに耐えきれなかったようで、ふくらはぎで破滅の音をさせる者がいた。

「お、俺に構わず!先にイケェ!!!」

「少年誌かぁ!!」

肉離れで悶え苦しむ旧友を振り捨てて、大家の息子を追いかけて玄関へと急いだ。

 南京錠やら戸板を外すのに手間取ったが、すぐに中へ入ることができた。ん10年ぶりに足を踏み入れた下宿は、当時とは違い乾燥した埃の匂いがした。

 大家の息子が一番先に部屋へと駆け込んだが、開いたままの押入れがあるだけで、赤いジャージどころか他の忘れ物の影すらなかった。

「皆さん見ましたよね。。。。」

「うん」

「見た見た」

「うん、赤ジャージ」

皆、一様に興奮していたが、それを遮るように外で肉離れがレスキューの声を上げていた。

「で、出ましょうか」

「そだね」

「うんうん」

「出よっか」

大家の息子は我に返ったように薄ら笑いを浮かべ、他のおっさんズも薄笑いに倣って同じ顔をした。

 下宿に駆け込んだ時とは、逆にノロノログズグスと外に出て、さもメンドくさそうに肉離れをレスキューする。肉離れが真相を聞きたがったが、すぐに話をする気にはなれずその場を離れることにした。

 大家の息子は、外してしまった南京錠や戸板を元に戻すと、その場に残ったのでその日はそこで解散となった。その後、おっさんズは肉離れメンバーを騎馬戦のように担ぎ上げて、駅前まで無用の凱旋をすることとなった。しっかりと駅前で酒を飲みながら、赤ジャージの件を話し合うが結論には至らなかった。


 後日、息子から連絡が来た。下宿は無事に解体工事が終わり、新しい土地活用を模索中とのことだった。母である大家さんに、赤ジャージのことを聞いてみたらしいが、なぜか安堵したような顔をしてお務めが終わられたんだね。と言われたという。それ以上のことは話してくれなかったらしい。

 とりあえず、赤いジャージの子の正体はよくわからないが、俺たちアホ学生を守り生かし社会へ適応する人間にしてくれた。それは、深く深く感謝するべきだと素直に思う。


お楽しいいただければ幸いです。

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