第8話 ふしぎなのらねこ
世の中には、いろいろな猫がいます。
お家で飼われている猫、外で気ままに暮らす猫、カフェでのんびり生きる猫。みんな、それぞれです。猫たちは、それぞれの生活を、それぞれが謳歌しているのです。
けれど、そんなカフェの猫たちのことを、じっと見ている影もあるとかないとか。
「店員さんすみません、チュールひとつ貰えますか?」
「あ、はい。そこのガチャマシーンに百円入れてもらえれば出てきますよ」
「あ! ほんとだ! ありがとうございます」
nd店員は、ぺこりとお辞儀をすると、猫用の水を補充する作業を再開しました。
「kr店員、遅いな」
お店はあと一時間で閉店ですが、お昼すぎから外出したkr店員が戻りません。このままでは、閉め作業を、nd店員が全てすることになるかもしれません。
pnz猫がnd店員の様子を窺っていますが、nd店員は特に大変そうではないみたいです。少しほっとしている様なpnz猫を眺めながら、bya猫は大きな欠伸をしています。
それからしばらくして、最後のお客さんが帰っていきました。お会計をしている時に、htn猫が足元にスリスリしに行ったことでかなり心を奪われたのか、お客さんはまた来ますと何度も言いました。
「htn猫さん、すごいですね」
htn猫はン〜? と言うと、そのまま他所へ行ってしまいました。
「にしても、まだkr店員帰ってこない……流石にお客さんもう来ないだろうから、閉め作業始めちゃおうかな」
nd店員がそう言って、床のクリーナーを手に取った時、入口の扉が開く音がしました。
「いらっしゃ……あ、kr店員。おかえりなさ……」
kr店員の腕には、買い物袋が二つ下がっていて、赤茶色の大きい毛玉が乗っていました。
「なんですか、その毛玉」
nd店員がそう言うと、毛玉はモゴモゴと動き、顔を出しました。どうやら、猫のようです。
「ただいまnd店員。この毛玉はね、ちょっくら道端に落ちてたのを拾ってきたって感じよ」
kr店員の腕の中でうごめく毛玉を見て、お店の猫たちは飛ぶような勢いで逃げていきました。
「野良猫拾ったんですか? ここに連れてきちゃって大丈夫ですか? 感染症とか」
「ナイヨ!」
「そうですか」
「まぁその辺一応怖いからさ、今からざっと風呂入れて、一日ケースの中に入れて待ってもらって、明日朝イチでsy獣医に診てもらおうかと。んで、問題なけりゃうちで引き取ろうかなって」
「なるほど」
「ウォオン」
kr店員は毛玉みたいな猫の顔を見て、ね〜と言いました。毛玉みたいな猫は、笑っているような顔をしています。
「ところでkr店員、その毛玉猫、喋ってませんか?」
nd店員がそう言うと、毛玉猫がウォオンと声を出します。
「なぁに言ってんのnd店員。猫が喋るわけ──」
「オレtkn猫! オレtkn猫!」
「……」
kr店員とnd店員は顔を見合せます。kr店員は、お前声出したか? と言いたげにnd店員を指さしますが、nd店員は首を横に振りました。
「ウォオンハラヘッタ!」
「うわっ!!」
kr店員はtkn猫が話していることを確信して、一瞬tkn猫を落としかけましたが、何とか抱き直しました。
「kr店員、それ、猫でいいんですよね?」
「いや猫だと思うよ。しかしさぁ……」
「喋る猫ですよ。しかも野良ですよね。大丈夫ですかそれ」
nd店員がそう言うと、kr店員はnd店員にtkn猫を押し付けるような形で渡しました。
「え、ちょっと!」
「ごめんちょーっとだけその子抱っこしててくれない? sy獣医に緊急連絡入れるから」
kr店員はそう言って奥の部屋へと入っていきました。
とたん、部屋の中は静かになります。猫達はまだ各所散り散りになって隠れています。mn猫は、高い場所からtkn猫を睨みつけています。なにかしようものなら、飛びかかってきそうな形相です。
「……あなた、なんで喋れるんですか?」
「ウォオン、オレtkn猫」
「tkn猫さん、なんで……」
「ウォオン」
tkn猫は、わざとなのかそれ以上喋れないのか、あまり多くの言葉は発しませんでした。
「よぉし! sy獣医のところに駆け込む準備は出来た! 行ってくる! nd店員は、猫たちのことしてくれたら帰っていいよ!」
kr店員は奥の部屋から出てくるなりそう言って、tkn猫を優しくキャリーケースの中に入れました。
「じゃあ、あとよろしく!」
kr店員はそう言うと、慌ただしく出ていきました。
店内が静寂を取り戻した頃、元からいた猫達が、ソロソロと出てきました。
「あぁ、みんな出てきたんですね。大丈夫ですよ」
nd店員が、一応全員居るか指差し確認をしていきます。少しずつ、各々の定位置に帰って行きましたが、一匹だけ足りません。
「ty猫、いないな……あ」
nd店員が、棚の隙間に目を向けると、挟まって動けなくなっているty猫がいました。ほっぺたがモチっとなっていて、身動きが取れないようです。
「勢い余って入ったはいいけど、抜け出せなくなったんですね? ほら」
nd店員が棚を少しズラすと、ty猫は何事もなかったかのような顔をして、トテトテと水を飲みに行きました。
「さて、じゃあ片付けして帰りますかね」
nd店員は、少し不慣れではありながらも、器用に締めの作業をこなし、作業を終えると、猫一匹一匹に挨拶をしたり、背中を撫でたりして帰っていきました。
一方、少し時は遡り、kr店員はsy獣医の病院にtkn猫を連れ込みました。
「野良猫拾ったって? そんな急いで診ないかんほど体調悪そうには見えんけど?」
「いや、体調悪くはないと思うんだけどさ……ねぇ? tkn猫?」
「ウォオン」
tkn猫は、返事をするかのように鳴きます。
「へぇ、変な鳴き声の猫やね。めずらし」
「オレtkn猫」
「ん?」
「オレtkn猫! オレtkn猫!」
kr店員は、どうしたらいい? と言いたげな笑みを浮かべてsy獣医を見ます。sy獣医は、何故かちょっと嬉しそうです。
「喋る猫!? ウケるちょっと隅から隅まで調べていい!?」
「むしろ、お願いします」
「ワァシラナイテンジョー!」
それから三、四時間かけて、sy獣医はtkn猫を調べ尽くしました。
「ごめん遅くなったわ。結果伝えるよkr店員」
「うす……」
一時の沈黙、部屋の中にある時計のカチカチという音だけが聞こえ、緊張感が高まります。
「tkn猫は──」
次の日、猫カフェ実家は臨時休業になっていました。kr店員は、nd店員にバイトお休みでいいよと伝えたのですが、nd店員は猫たちのことが気がかりだと言って、お店に向かいました。
「こんにちは、kr店員、猫たちは……」
「ウォオン、ムスメダ、ムスメダ」
「ミッ……ミッ……」
nd店員の目に飛び込んできたのは、pnz猫がいつもいる穴の中に、手を突っ込んでいるtkn猫の姿です。そのtkn猫を、後ろからprm猫が、tkn猫をペシペシと叩いています。
「よぉnd店員、来てくれたんだね」
「猫たちが心配で……けど、なんか心配なさそうですね」
「そうだね。意外とみんなと打ち解けてるよ」
「ところで、tkn猫って結局なんなんですか? 本当に猫なんですか?」
そういうと、kr店員が少しニヤッとしました。
「あぁ、それはねぇ……」
ちょっともったいぶった言い方をしていると、kr店員の足をprm猫がガブリシャスしに来ました。さっさと話せと言っているようです。
「わかったわかった! tkn猫はね、ただ人間の言葉を話せる猫だったよ」
nd店員は、それを聞いて首を傾げます。
「それ、ただの猫なんですか?」
「うん。sy獣医がね、体の構造から脳波から、全て調べてくれたんだけど、何ら普通の猫と変わりないらしい。インコに言葉を仕込む感じで、前の飼い主が死ぬほど頑張って話せるようにしたんじゃないかって言ってた」
二人がもう一度tkn猫を見ます。相変わらずpnz猫にちょっかいをかけているので、今度はmn猫からしっぽをカミカミされていました。
「まぁ、基本はウォオンしか言わないし、難しい言葉は話せないっぽいよ。こっちの言葉を理解してるかも微妙なラインだね」
「そうですか」
tkn猫は、pnz猫にちょっかいかけるのをやめ、窓辺に向かいます。ちょうど外を通った散歩中の犬をじっと見ながら、日向ぼっこをしているようです。
「まぁ、不思議な野良猫だけどさ、猫なら、うちで面倒見てもいいかなって思うんだけど、どう?」
「まぁ……野良猫の保護をするのも猫カフェの仕事みたいなもんですからね……kr店員がいいならいいと思いますよ」
tkn猫は、外の犬からワンワンと吠えられても、笑っているような顔をしてずっと外を見ています。
不思議な仲間が増え、猫カフェ実家は、より賑やかになりました。